「俺のことは忘れて」

アイツは一言そう言うと、通り名と同じく白の陣羽織を靡かせながら振り向きもせずに行ってしまった


「ばっっっかじゃないの、あのハゲ。精神的ハゲ」

忘れろ、と言われましても困ったもので。あっちもこっちもそっちもどっちも、辺りに視線を向ける度アンタがその気もなく残していった痕跡ばかりが目についてどうしようもないんですよ。おわかりいただけますかねえホント
例えをあげるならそう…お気に入りの湯呑みとか、いつも座ってた座布団とか、昼寝してた縁側とか、匂いやぬくもりがまだ微かに残ってる着物とか、表情とか声とか感触とか全部全部。そうやってこれでもかと痕跡を残していったくせに、忘れろなんて無茶苦茶言うな。どうせならそれら全てと私の頭にこびりついて離れないこの記憶ごと跡形もなく消し去ってから行けよ馬鹿め、詰めが甘いわ

きっと優しいアンタのことだから私を気遣って故の言葉だったんだろうけど。ていうかそう思わせて欲しいんだけど、まあそれはともかく。
そんなことで私が「はいそうですか」と素直に忘れるなんて思ってんなら、見当外れもいいところ。言っておくけどアンタがなんと言おうとも、なにをしようとも、絶対に忘れてなんかやるもんか。だからアンタも観念して、寧ろそのツルツルの脳みそにしっかり刻み込んでおくがいいわ。私というしつこい女の存在を。それから、此処にもひとつアンタの帰る場所があるんだってことをね。
もしもうっかり忘れたりなんかしたら、天誅よ。天誅



お生憎様



090812 白夜叉

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