『痴漢電車』全6ページ
その日は特別な朝だった。
やっと決まった就職先、そう書くといくつもの難関を乗り越えて採用されたみたいに聞こえるが、実際はこの学園と出会うまでが長かっただけだ。
中途採用の話を聞きつけ、手紙を出すと後は簡単な面接のみで即採用。
事情は聞かなかったが、就職浪人だった私は素直にありがたいと喜んだのだった。
七清華(しちせいが)学院。
大正時代から続く地元でも有名な名門男子校だ。
校舎は新しく建て替えられてはいるが風格のあるレンガ調は昔の面影を感じさせる。
私がこんな所で教職に就けるなんて夢にも思わなかった。
想定外の幸運だったがこの学園に恥じない教師になろうと志を新たにしたのだった。
初出勤は余裕を持って家を出たつもりなのにすでに電車は通勤・通学ラッシュ。学園までは7駅だが急行を使えば一駅の所にある。
ドア付近に、と言うよりはドアにもたれ掛かるようにして外を眺めた。見慣れた風景が今日はなんだか違って見える。
期待と緊張。世界がキラキラしてる。
私の新しい門出を祝うように流れるような滑り出しで電車は走りだしたのだった。
そう、滑り出しは好調だったのに。
事態は急転。私の大切なお尻は誰かに撫でられている。
当たったフリを装おうとかそんな小賢しさは微塵もないのか、手のひら全体を使って私のお尻をゆっくりと撫で回している。
心の中で「やめて下さい」って言う準備をした。
私なら言える。ちょっとの勇気くらい出せるわ。大人なんだし。
まったく一体どんなヤツなのか、そう思ってその手の主を確認しようと首を僅かにひねった。
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