「あら新左エ門様、いらっしゃいまし」
甘味処、おしるこアンアン。
以前ドクタケが学園長を狙った時に手を貸した店だ。
賭博と酒乱な夫のせいで金に困り、協力したのだと後(のち)に知った。
「トコロテンひとつ」
「はい、ただ今」
この店で唯一甘くないそれを頼んで小夜の背中を眺めた。
いい女だと誰もが思うだろう。
どうしてあんなロクでもない亭主に連れ添っているのか少々理解に苦しむ。
「お待たせしました」
「かたじけない」
「ここに座っても?」
「構わんが」
空が茜から藍色へと見事な濃淡を描く時刻、小夜はのれんを仕舞って隣に座った。
「よかったら晩御飯も食べていってくれませんか?今夜も一人分、余ってしまいそうなんです」
「亭主は?」
「知りません。花街か博打か……何にしろロクなことしていないのは間違いないと思いますけど」
いつもの事だとコロコロ笑ってこっちの顔色を伺ってくる。
「馬鹿な女だと思ってます?」
「いや……」
思わず目をそらしてしまったから嘘だとバレているのだろうが小夜はそんな事、気にしない。
「変ですよね。うちの父親にそっくりなんです。父なんて大っ嫌いだったのにどうして似た男に惚れちゃったのかしら」
「さぁ……」
「新左エ門様みたいなカタイ男と一緒になりたかったな……」
きっと父親に似ているから惹かれたんだろう。
もっと父親に愛されたかった、可愛がられたかった。そんな思いを似た男に見出して必死になっているのだ。
あの亭主が酒や女や賭博を止めて、精一杯自分を見てくれたら……父親の事も許せる。きっとそんな心理。本人がどこまで自分で気づいているかはわからんが。
何にしろ不憫な女だ。
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