たまたま仕事の帰りに見つけたポスターは古いフランス映画のリバイバルだった。
彫りの深い美男美女のキスをアーティスティックにコラージュしたそのポスターに惹かれて、フラフラと映画館に入ってしまった。
明日は休日、週末の夜の映画館なのに人影は3つほど。
カップルらしき二人連れともう一人は初老の男性がいるだけで、どちらも端の方に座っていた。
あたしも何となく後ろのはしっこに決めて席に着く。
携帯の電源を落として、シートに体を委ねると手持ちぶさたで意味もなく周りを見渡した。
携帯がない時代、こういう一人の時間をどう過ごしていたんだろう。落ち着かないあたしをさらにソワソワさせたのは一人のサラリーマン風の男性。
これだけガラガラなのにまっすぐこっちに向かってやってくる。
夜、人気(ひとけ)のない映画館……ふらりと入ったのはうかつだったかも知れない。
あたしの不安は的中してその人は右隣の席にやってきた。
やだ……もしかして痴漢?
なんか怖い……
そうだ、飲み物を買いに行くフリをして席を外そう。
そう思って立ち上がろうとした瞬間、突然手首を掴まれた。
「きゃ……!」
心臓が跳ね上がって、その男を見ると、
「もう始まる」
あたしの憧れの人、照星さんだった。
大人しく座り直すとあたしの手首は解放された。ちょっぴり残念。……じゃなくて緊張する。
一度、成り行きで体を重ねて以来まともに顔を合わせていなかった。
行為の最中に好きだと言ってはくれたが、それを素直に受け止められる程幸せな恋愛ばかりしてきた訳じゃない。
恋をすればその分だけ臆病になっていくような気がする。照星さんに対しても「あたしの事、好きですか?」って何度も聞こうとしたけどできなかった。
連絡先は一応知っている。
初対面の時に頂戴した名刺に携帯の番号を走り書きしてくれた。印刷された番号とは違うボールペンの文字を何度も指で撫でて……
これってプライベートの番号なのかな?とか、女の子にはこうやって仕事とは別の携帯を教える習慣があるのかな……けっこう女慣れしてる?なんて悩んだりして。
何度も電話してみようと試みたけどいつも発信ボタンが押せなかった。
廊下で見かけても隠れてしまったり、気付いていないフリをしたり……なんとなく避けていたのに、いきなり隣だなんて心臓がもたないよ。
気が付けば喉がカラカラだった。
「や、やっぱり飲み物買ってきます」
「これでよかったらどうぞ」
差し出してくれたドリンクをすみませんと受け取ってストローをくわえた。お茶かコーヒーかと思っていたのに味はオレンジジュースだ。
意外……
それを照星さんに返すと彼もストローをくわえて……間接キスだ、なんてしょうもない事で顔が熱くなった。
きっと暗い映画館でなきゃ笑われていただろう。
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