4月29日 | ナノ
#4月29日


4月29日…今日は国民の祝日だ。
せっかくの休みなのだから有意義に過ごそう。
…有意義に過ごすといっても、別に外出したりするわけではない。
休日だからと出掛けても、どうせどこもかしこも人混みだ。
わざわざ人混みの中を歩いたって、無駄に疲れるだけだ。
せっかくの休日に、そんな無駄な労力を使うくらいなら、家でのんびり過ごしている方がずっとマシだと思う。
休日はゆっくり休むためにある。
心ゆくまで眠ることが、俺にとっての有意義な時間の使い方だ。
俺は目を閉じて、二度寝をしようと布団を被った。
うつらうつらと心地よい眠りの世界へいざなわれようとしているその時、夢の世界から現実世界へ引き戻す携帯電話の着信音が鳴った。

チャラッチャラッチャラッチャラ〜♪

「………。」

電話をかけている奴は…多分あのおめでたい女だろう。
たしか去年の4月29日にも、あいつから電話がかかってきた。
仕方なく俺はベットから出て、携帯電話を手にした。
通話ボタンを押す。

「…はい。」

『おっはよーッ、皆守クン!』

受話器から元気な声が聞こえる。
予想通り、八千穂からの電話だったな。

「…何だ、朝っぱらから騒々しいやつだな。」

『えへへッ…皆守クン、今日は何の日でしょう?』

「みどりの日だ。」

『…あっているけど、ほらッ、他になにかあるでしょ?』

八千穂の奴が欲している答えはわかっているが、あえて忘れたふりをしてみる。

「…何だろうな、あ、植村直己が北極点についた日か?」

『何それ。もーッ!あたしの誕生日だよ〜!!忘れちゃったの?』

覚えているさ。
きっと、二十歳になるんだよ〜…とか言うんだろ。

『あたしも二十歳になるんだよ!もうお酒も飲める大人なんだよ〜!!』

二十歳になれば皆に平等に与えられる《大人の特権》。
飲酒喫煙…他に、選挙権だのと色々厄介なものも与えられるだけで、そんなことで大人になるわけではないだろ。
大人なんか言っているが、お前の中身はまるで変わりないじゃないか。
底抜けに元気で明るくて、お節介で口うるさい…。

『だからね、皆守クン、一緒に飲みに行こうよッ!!』

「はあ?」

『だから、飲みに行こうよ!あたしのお誕生会♪』

「…遠慮する。」

『えーッ、何で〜?』

「重要な用がある。」

そうだ、二度寝するという重要な用だ!それに休みの日に人混みを歩く外出は極力避けたい。

『どうせ二度寝でもするんでしょ、不健康優良児クン?』

「ッ!?ゴホッゴホッ…」

『あははッ、図星でしょ?』

「誰が不健康優良児だッ!」

『はいはい。あたしお好み焼きが食べたいなぁ〜。夕方6時にカリヨン橋で待ち合わせしよッ!』

「おい、八千穂…」

『じゃあ、待ってるからね〜!』

プッ…ツーツーツー…

本当にあいつは変わりない。
あの頃と同じで、一方的に約束をとりつけては、俺の生活のペースを乱していく。
携帯の時計を見ると朝の10時過ぎだ。
とりあえず待ち合わせの夕方6時まで時間はあるのだから、当初の二度寝の予定を実行することにするか…。
俺は携帯をその辺に放って再びベットに潜り込んだ。
…そうだ、何かプレゼントを買えばいいのだろうか?
去年は即席で手持ちのカレー粉を贈ったら少し困ったような顔をしていた。…まったく、カレー粉の価値がわからない女だ。

『もっと気の利いたものをプレゼントしろよ。』

と、そーちゃんに言われたが、そーちゃんはそーちゃんでわけのわからない変な民族の人形を贈っていた。

「気の利いたもの…か。」

今も忙しく《秘宝》を求め、世界各地の遺跡を探索している親友の言葉を思い出して、俺はベットから出た。
二度寝は中止だ。
洗面所で歯をみがいて顔を洗い、外出着に着替えて外へ出た。

「気の利いたものといっても…何が良いんだろうな…。」

俺は寝癖のついた頭をポリポリと掻きながら、街へ繰り出すことにした。


***


午後6時、待ち合わせ場所に向かうと、人混みの中から元気なお団子頭がブンブンと手を振って大声で呼びかけてきた。

「皆守クーンッ!」

買ったプレゼントを背中の方に隠し持って、急いで八千穂の元へ向かう。

「おい、大声で呼ぶなよ、恥ずかしいだろうが。」

「えへへッ、ごめんね、つい嬉しくて…。」

「ッたく、おめでたい女だぜ。…ほらよ、誕生日おめでとう。」

俺は背中の方に隠し持っていたプレゼントを八千穂の目の前に差し出した。

「うわあ…可愛いひまわりの花束だぁ!ありがとう、皆守クンッ!!ドライフラワーにしよっと♪」

そんなふうに素直に喜んでもらえるなら、悪い気はしない。二度寝をやめて選んだかいがあるってもんだ。
あまりかさばらないようにと、花屋に注文してつくってもらったひまわりのミニブーケを、八千穂は満面の笑みを浮かべとても嬉しそうに見ている。
それはまるで…ひまわりの花のような眩しい笑顔で、何となく気恥ずかしくなった俺は視線をはずした。

「せっかくきれいな花束だから、写真に撮っておきたいなぁ…。あッ、すみません、写真お願いしたいんですけど!」

八千穂は、ちょうど側を通った通行人に携帯電話を渡して、花束が見えるように撮影してほしいと頼んだ。
こういうことに関しては、なんとも行動の早いやつだ。

「皆守クンも一緒だからね!」

「ッ!お前だけ写ればいいだろ。」

慌てて八千穂の側から離れると、八千穂は俺があけた距離を詰めて、腕を引っ張った。

「だめだよ、花束くれたの皆守クンだもん。あ、準備OKです!お願いしまーす♪」

「よくない。俺を除外して撮影してくれ!」

「いいえ、バッチリ入れてくださ〜い!」

「はずせッ!」

「入るのッ!」

「いやだッ!!」

「いいのッ!!」

じたばたしている俺たちに、撮影を頼まれた通行人が笑いながら一言。

「君たち、仲が良いね。」

「はァ?」

「えッ?」

いきなり何を言っているんだとあっけにとられていると、

カシャッ―…

その一言に動きが止まった所をタイミングよく撮られてしまった。

「こんなんでどうだろう?」

通行人は携帯電話を八千穂に渡した。

「は、はいッ!」

「それじゃあ、私はこれで失礼するよ。」

にこやかに笑いながら去り行く通行人にお礼を告げて、人混みに消えていくその背中を見送った。

「どんな風に写してくれたんだ?」

多分変な顔をして写っているような気がするが…、とりあえず聞いてみる。

「はい」

八千穂に携帯を渡されて写した画像を覗いてみると、思っていた通り二人とも不意打ちをくらったようななんとも間抜けな顔をして写っている。

「………。」

「なんか変な顔だけど…良い記念だよねッ!さっきの人が言っていたけど、あたしたちって、仲良さそうに見えるのかなぁ…?そうだったら、とっても嬉しいなって思って…、えへへッ。」

「そうだな。」

俺は、ふっと笑みを浮かべてぽつりと答え、八千穂に携帯を返した。
こんなことは二年前の自分なら絶対に言わなかっただろうと思う。
我ながらずいぶんとあの頃に比べて心境が変わったものだ。

「…えッ!皆守クン…今なんて…?」

俺の返答に驚いた八千穂にしつこく聞かれるのは面倒だから、適当に話を変えておくか。

「…さて、さっさとお好み焼き屋に行くぞ。」

「あッ、そうだね!あたしもうお腹ペコペコだよ。今日は飲んで食べて飲みまくるよ〜ッ!!」

「…食べるのは良いが、あんまり飲みすぎるなよ。酔った勢いで、店内でスマッシュして暴れられても困るからな。」

「もう、それってどんな酒癖?それにあたしラケットとボール持ってきてないし。」

「あくまで可能性の話だ。」

やたらと初めての飲酒をしたがって浮かれている八千穂に釘をさして、俺達はお好み焼き屋を目指し歩き出した。

「皆守クン、お酒に酔ってスマッシュしてもきっと大丈夫だよ!」

「何で。」

「皆守クンに狙い定めるから。周りのお客さんに迷惑はかけません!」

俺の横でカラカラと笑いながら言う八千穂。
…実際にそんなことになったら、俺の身がもたないんだが…。
少し不安になった俺は、とりあえず平穏無事にこの日を乗りきれますようにと、居るのか居ないのかわからないどこぞの神に祈りながら歩みを進めた。




あとがき
やっちー!誕生日おめでとう!(遅ッ)
これは卒業して二年後、2006年が舞台となってます。(多分2006年で二十歳だと思うのですが…。)
本当は花束を買うまでの皆守の話と、この話の続きがあるのですが、そのうちにでもやりたいと思います。
2009年5月7日 風の字

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