厄日 | ナノ
#厄日


どんよりとした雲が空を覆い、しとしとと雨が降っている。
この悪い天気にあやかってか、今日は厄日だ。
朝から全くついていない。
道を歩いていると、ガラの悪い連中に呼び止められた。
そいつらは、その顔が気にくわないだのなんだのと、くだらない難癖をつけてきた。
俺にしてみれば、お前らは自分の顔を鏡で見たことがあるのかと聞いてみたいもんだ。
少なくとも、お前らの方が気にくわない顔立ちだと思うぞ。
連中はそろって俺に殴りかかってきたが、そんななまっちょろい拳を食らうわけがないだろう。
見切って蹴りをお見舞いしてやった。
無駄なことに体力を使ってしまったと思いながら再び歩きだすと、今度は道から子供が突然飛び出してきてぶつかった。
その時、子供が持っていた飲みかけのコーラをかぶった。
その子供は急いでいて、前方不注意だったようだ。
まぁ、悪意があってやったわけではないのだから、今後は気をつけろと注意して歩き出した。
コーラの甘ったるい匂いに包まれ、服に染みたコーラのせいで、体がベタベタする。不快だ。早くアパートに帰って着替えよう。
急ぎ足で歩いていると、今度は猛スピードで走ってきたトラックに、おもいっきり水溜まりの泥水をかけられた。
トラックは気づいた様子もなく、そのまま走り去っていった…。
…通行人がいるんだから、徐行して走れよッ!!
雨避けのために傘をさしているのに、ずぶ濡れになっている俺は一体何なのだろう。
これだけ濡れてれば、もはやどうでもいい。
外にいるとろくなめにあわない。
早く帰ろう。
傘を閉じて走りだし、なんとかアパートの玄関までたどり着いた。
玄関の扉に手紙が挟まっている。
俺はそれを手に取った。
わざわざ筆で書いてある。
お世辞にも達筆とは言えない見覚えのある字で、中身を見てみると…

『皆守甲太郎殿。本日酉の刻、天香學園敷地内、某遺跡内にて待つ。』

と書かれていた。酉の刻ってことは…午後6時くらいか?
宛先人は不明だが、こういうふざけたことをやる奴は見当がついている。

「…そーちゃんだな。普通にメール使えばいいだろーが…。」

手紙を折りたたみ、ズボンのポケットに突っ込んで、アパートの鍵を取りだしドアを開けた。
まだ指定の時間まで余裕がある。
このずぶ濡れ状態を何とかするべく、先ずは風呂にでも入ることにするか。


***


コーラのベタベタも、かけられた泥水も洗い流してさっぱりした。
このままうとうとと眠れたら幸せだろうと思いつつ、俺は再び外に出て、手紙で指定された場所へ向かうことにした。

「…この學園の門を潜ることはもうないだろうと思っていたが…。」

卒業生として改めてこの學園に足を踏み入れてみて、學園内をとりまく空気が、在学中だったころのそれよりもずっと軽やかで明るく感じるのは気のせいではないだろう。
親友が吹きこんだ新しい風によって、この學園も変わったのだろう。

「墓地なんて久しぶりだな。」

俺はロープをつたって降りていった。

「よっと。」

大広間に降り立つと、人影が見える。

「ヘイ!らっしゃいッ!!」

その第一声を聞いて、俺はコケた。

「そーちゃん、何だその挨拶はッ!?」

まるで寿司職人のような掛け声だ…と思っていたが、大広間に何故か寿司屋のカウンターのような設備がある。
しかもそーちゃんの格好も寿司職人の様な格好だ。

「へへッ、こ〜ちゃん!今日の俺は《宝探し屋》じゃなくて、《トロ職人》なんだぜッ!」

「何が《トロ職人》だよ…。何なんだこの設備。阿門が許したのか?」

そういって俺はカウンターに腰かけた。

「もちろん、会長の了解済み、お墨付きだ!はいよッ、あがり一丁ッ!!」

そーちゃんは威勢のいい声で、俺にお茶を出した。それを一口含んでみる。湯加減も丁度良いし、苦味が残らない。

「なかなかうまいな。」

「おうともよッ!今日はこ〜ちゃんに極上の寿司をご馳走してやろう!」

「なッ、寿司だと!?まさか食材はここで調達してんじゃないだろうな…。」

不安な顔をしている俺に、そーちゃんは笑って言った。

「残念、大間産のマグロの握りだ!故郷の叔父さんのつてをたよって、譲ってもらったんだぜ。」

手際よくマグロのトロを切り、酢飯を握り、切身をそれに重ねてぎゅっと握ると、俺の目の前にトンとおいた。

「はいよ、一丁あがりッ!」

「…こ、これが…正真正銘、大間産のトロッ!?」

脂がのって薄ピンク色に輝く切身。小皿に少量の醤油を垂らし、握りにつけて口に運んだ。
口の中にはトロと酢飯が織り成す絶妙なハーモニーが…広がるわけもなく…、俺は口内に広がるこの表現しがたい意味不明な味を噴き出した。

「ブッーーーッ!!…何だよこれッ!!?」

俺は慌ててお茶を飲んで口直しをした。
丁度正面に立っていたそーちゃんは、俺が噴き出した飯粒を顔にはりつけていた。

「…やっぱり不味かったか。」

はりついた飯を拭いながら、そーちゃんはポツリと言った。

「やっぱりって、何作ったんだよ!?」

「握りの練習に、トトとたいちゃんに付き合ってもらったんだ。あいつらあんまりにもうまそうに食うから、ついつい調子に乗って寿司を作りすぎてな…酢とわさびがなくなっちまったんで、かわりに中国酒とチョコレートを使ってみた。」

それを聞いて俺は愕然とした。

「な、何でそんな組み合わせになるんだ。素材が泣いているぞ?調達しに行けよッ!!」

「できるなら、あまりロープの上り下りはしたくないんだが…そうだな。食堂から頂戴してくるから、口直ししてちょっくら待っていてくれ。」

もう一杯俺にお茶をだすと、そーちゃんは入り口のロープに駆け寄りひらりと身軽に飛びついて、

「た…高い…い、いや、大丈夫だッ!俺はやれるッ!!男は来た道を振り返ってはいけない、そうだ、下を見るなッ!!!」

…と、ブツブツ呪文を唱えるように自分を励まして上っていった。…《宝探し屋》のくせに高所恐怖症とは困ったものだ。こんな所を会場にしなければいいだろうに。

…数分して、そーちゃんは酢とわさびを手にして戻ってきた。
今度こそ極上の寿司を握ってやると宣言し、炊いてあった飯に酢をまぶして酢飯を作り、トロを切って、握った酢飯の上にわさびを少々。切身をあわせて握り、俺の目の前にトンと置いた。

「ヘイ、一丁あがりッ!」

「んじゃ、今度こそ…。」

俺は握りを手にして、醤油を少々つけ、口に運んだ。先ほどの変なものとはまるで違う。

「これは…うまいッ!」

「だろッ?なんたって《トロ職人》だからなッ!!」

「あぁ、敬意を表して《トロ職人》と呼んでやるよ…。しかしそーちゃん、何でいきなりこんなことやってるんだ?」

俺の質問に、そーちゃんはキョトンとした顔をして俺を見た。

「あれ、今日はこ〜ちゃんの誕生日だろ。違ったっけ…?」

朝っぱらからろくなめにあっていない俺は、俺自身の誕生日なんて忘れていた。

「いや、誕生日だ…。」

「だろ?良かった、間違えたのかと思ったぜ。お誕生日おめでとうッ!!」

「ありがとうな。」

「へへッ、どういたしまして。…人伝に聞いた話だけどさ、誕生日は母さんに感謝する日なんだとさ。生んでくれてありがとうってさ…。」

「そうなのか?」

「あぁ。まぁ、俺の場合は両親亡くしてるから、感謝の言葉を伝えられないがな。」

「…そーちゃん。」

「ゲッ、悪い、今の話無しで!…ともかく俺が言いたいのは、生きてまた会えてありがとう…と言うか、嬉しいと言うか…、とにかく生きているって素晴らしいってことなんだよッ!」

「…そうだな。」

あの時は、この遺跡と共に地中に消えてしまおうと思っていた。
そんな俺にも誕生日が来て、一つ年を重ねたわけだ。
生きていることに感謝する。
出会った人々、友に感謝する。
誕生日はそんな日なのかもしれない。
誕生日の意味を再確認している俺に、そーちゃんは笑顔で鍋を差し出した。

「そうそう、カレーパーティやろうぜ!」

「何だ、カレーもあるのか?」

そーちゃんは首を横に振って鍋のふたを開けた。

「空だよ。だってこ〜ちゃんが作るんだからな!」

「はぁ?」

「みんなにさ、カレーパーティの招待状を出したんだよ。『こ〜ちゃんの作るカレーを堪能しよう!』って!」

「な、何だとッ?!」

「だからみんなが集まる前に作ってしまおうぜ。野菜とかは切ってあるから、あとは香辛料の調合だ。頼むぜ、カレー大総統ッ!!」

「誰がカレー大総統だッ!仕方ないな…。」

俺とそーちゃんが話をしていると、

「あ、あの、今晩は…二人とも…。」

いつの間にやって来たのか、背後に取手が突っ立っていた。

「取手!」

「かまっち!」

「…やあ、二人とも元気そうで良かったよ…。皆守君、お誕生日おめでとう…。」

「ああ、ありがとう。」

「かまっちにはピアノ演奏をお願いしているんだ。」

ピアノって…わざわざここに運び込んだのかよ!?

「僕の曲でよかったら喜んで…。」

取手はピアノの方へ向かい椅子に座ると、指ならしに即興の曲を弾き始めた。
取手らしい優しい柔らかい曲調だ。

「ほらほら、みんなが来ちゃうから、こ〜ちゃん、カレーよろしくッ!」

ピアノの横で、そーちゃんがサックスを吹き始めた。
上手いのか下手なのか、音楽が苦手な俺にはイマイチわからないが、そーちゃんらしい情熱的な音色だろう。

「わかったよ。」

調理場に移動して、揃えられている香辛料を数種類選んでいると、何やら女のでかい声が聞こえてきた。

「誰か〜ッ、この荷物下で受け取ってくれないかな〜?」

俺は入り口のロープのそばに行き、言った。

「受け取ってやる、下ろせ。」

ロープにくくられた箱が見える。上からゆっくり下ろされてきたそれを受けとった。

「何だこれは?」

俺はずっしりと重みのある箱を抱えてそれを見ていると、上から八千穂が下りてきた。

「こんばんは〜ッ!皆守クン、ありがとう、助かったよッ!」

「よぉ、八千穂。ところでこの箱は何だ?」

俺の質問に八千穂は答えた。

「あたしの手作りケーキだよ♪お誕生日おめでとう、皆守クン!」

「八千穂の…手作りケーキ…!?」

その言葉を聞いて、そーちゃんも取手も、ピタリと演奏をやめた。

「よ、良かったな、こ〜ちゃん!主役は君だ!!俺の分のケーキあげるよ。」

「…ぼ、僕も。皆守君の誕生日だし…。」

お、お前ら、俺にケーキを押し付ける気かよ!!?

「そんな遠慮しなくても、五個も作ってきたから、みんなで食べれるよ♪」

笑顔で話す八千穂の言葉に、そーちゃんも取手もただ固まっていた。
俺一人に押し付けられなくて残念だったなッ!

「一つ聞いていいか、八千穂…。」

「何?」

「味見はしたか?」

「ううん、急いでいたから…。でもね、大丈夫だよ!!」

「「「………」」」

俺たち三人は、不安でいっぱいになって口を閉ざした。
つい先程、生きていることに感謝したばかりなのに、八千穂の未知なるケーキに挑むために、覚悟を決めないといけないとは、…やっぱり今日は厄日なのだろうか…?
ただただ、八千穂のケーキが成功していることを願うのみだ。
あとがき
皆守お誕生日おめでとうな話でございます。
長すぎです。まとまりきれてなくてごめんなさい。
4月のお誕生日おめでとうな人々の絵は、根性がないのでやめました。(^-^;


2009年4月12日 風の字

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