はじまりのものがたり | ナノ
#1はじまりのものがたり


…なんだろう…

 ―…シアの勇者たちに勝利を…―

かすかに…

 ―…に任せてくれ…―

こえが…

 ―…キオンに選ばれた勇者だもんな…―

きこえる…。

 ―…はははっ、きみは…―

…それは…

 ―…大丈夫だ…―

なんだか…

 ―…私にもっと力があれば…―

なつかしいこえで…

 ―…きみと一緒に…―

これは…おれのこえ…?

 ―…オンッ!あぶな…―

…この…

 ―…ッ!!ラ…―

ひつうな…

 ―…ラセットッ…―

さけびごえは…

 ―…ラセットーーーッ!!!…―

だれだったのだろう………。






…ふと目を開けてみると、その視界はいつもとは違っていて、冷たい石畳の上に、俺はうつ伏せになって寝ていた。
いつもひとりでいた池から、どうしてこんなところにいるのだろう?
いつもの場所に帰ろう…。

俺は立ち上がると、またしても、いつもとは違う視界が見えた。
その辺の葉っぱの上に飛びうつったときよりも、ずっとずっと高い視界。
よくよく見てみれば、俺の手は、いつもの緑色の手じゃなくて…まるで人間のような…
足だって人間のようで…?

「にん…げん…!?」

「…気がついたようじゃな」

声のする方を見ると、そこには真っ白い長い髪、口元にも真っ白い髭をはやしていて、その瞳には、深い知識と優しげな光をたたえたおじいさんがいた。

「あの、あなたは…?」

俺が尋ねると、そのおじいさんは少し困ったような顔をして呟いた。

「うーむ…、魔法が強すぎて、一時的な記憶障害を起こしているのかもしれないのう…。わしはこの神殿に住んでいるラドゥじゃよ。」

「ラドゥ、どうして俺は人間の姿に…?」

「おまえさんたちは、何かの呪いにかかり、かえるの姿になっていたのだ。」

「おまえさん…たち?」

俺は周りを見渡すと、近くにもう一人、石畳の上でうつ伏せになって眠っている少女の姿があった。

「う…ん…」

少女のまぶたがかすかに動き、うっすらと開く。

「………?」

少女は、まだ寝ぼけた様子で、身を起こし、辺りを見回して、自分自身の体を見る。

「?あ…れ…、わたし…にんげん…??」

どうやら、彼女も俺と同じく、今の自分の置かれている状況に戸惑っているようだ。

「うむ、二人とも気がついたようじゃな。どうじゃ、何か思い出したりは…?」

「…思い出す…。」

何だろう…。さっき聞こえたなつかしいあの声は、俺が持っている記憶の断片だったのだろうか…?
悲痛な叫び声が今も耳に残っている…。

「…セット…、俺の名はラセット…だと思う。だが…あとは何も…。」

何も思い出せない…。
少女の方はどうなのだろうか。少女に視線を移すと、彼女は大切そうに手にした懐中時計を見つめていた。

「わたしも…何も…。ただ、持っているこの懐中時計にはティール…って刻まれているの。…これがわたしの名前…なのかしら?」

ティールがそう言うと、ラドゥは神妙な顔で答えた。

「そうか…。おまえさんたちにかけられた呪いはとても強いものじゃ。わしの魔法でも少しの間しか人間に変えてやれん…。」

「少しの間とは…?」

「うむ…、わしの魔法は一年で消えるじゃろう。その間に、おまえさんたちは、おまえさんたちの力で呪いを解かねばならん…。」

「一年間で…呪いを解く…か。」

「ねえ、おじいさん…わたしたちが呪いをかけられているということはわかったわ。…けれど、肝心の呪いの正体はわからない。なにか、それがわかる方法ってないのかしら?」

確かにティールの言う通りだ。この呪いのために姿をかえるに変えられ、記憶を失った。呪いを解くための手がかりは無いに等しい。
ティールの質問に、ラドゥは口元の髭を撫でながら答えた。

「ふむ…呪いの正体を知る方法に…心当たりはある。しかし、まだその時ではないのじゃ。…まずはこの森を抜けてコロナの街に行くがよい。そこでおのれを鍛え、協力してくれる友を探し、呪いに打ち勝つ力をつけるのじゃ。」

そう言うと、ラドゥはいくらかのお金と装備品を貸してくれた。

「では、また会おう。何かあったらここへ来なさい。」

「ありがとう、おじいさん!」

見送るラドゥに、元気良く手を振るティール。その横で俺はぺこりと深く一礼をした。
ラドゥの神殿を後にして、俺たちはコロナの街を目指すことにした。



***



太陽が西に傾きはじめた頃、俺たちはなんとか森を抜けると、目の前に、街を囲むように作られた立派な石造りの壁が見えた。その壁の外にまで、人々の賑わう声が聞こえてくる。

「ここがコロナの街なんだね!ラセットさん、早く早く!!」

「あ、あぁ」

街を目指して駆け出すティールの後を追うように、俺も急いで走り出す。
立派な外壁の門をくぐると、きれいに整備された石畳の道、立ち並ぶ店、行き交う人々の姿があった。
俺たちは大きな道に沿ってそのまま真っ直ぐに、街の中央を目指して歩いていくと、広場に出た。
人の良さそうな住人に、冒険者の集まる酒場は何処かと聞いてみると、その人は親切に酒場まで案内してくれた。
二人でその人にお礼を言い、早速酒場へ入ってみると…

「また、依頼がないのかよ。平和すぎるのも、どうだかなぁ…。」

赤い髪の男が、酒場のカウンターに座り、なにやら不満を漏らしていた。

「まあ、何はともあれ、平和が一番だろう?」

不満を漏らしている男に、マスターは苦笑いしながら諭すように話した。
入り口でその様子をぼけっと突っ立って見ている俺たち二人に気がついたのか、マスターは、カウンターにいる赤い髪の男をどかして、こっちに来るよう手招きした。

「あんたら、冒険者だろ?このコロナの街は初めてかい?」

マスターは、俺たち二人に氷の入った水をさし出しながら、気さくに話しかけてきた。

「ええ、そうです。」

「この街にやって来る冒険者は、みんな、この酒場に泊まるんだ。あんたらもゆっくりしていくといいぜ。二階の手前の部屋が空いている。ちょうど二人部屋だから、好きに使ってくれ。」

俺は思わず、飲みかけの水を吹き出しそうになった。

「ふ、二人部屋ですか!?…あの、個別にしてほしいのですが…空き部屋はありませんか?」

同じような境遇で、成り行き上一緒に酒場まで来たが、見ず知らずの少女と相部屋なんて、出来るわけがない。ティールだって困るだろう。

「ん?あんたたち、兄妹じゃあないのかい?」

「違いますよ!」

「こりゃあ失礼した!すまないが空き部屋はその部屋だけなんだ。明日になれば空きができるんだがな…」

「そうですか…。だったら、ティールが泊まるといい」

「えっ?それじゃあ、ラセットさんはどうするんですか!」

「俺は、野宿でもするから…」

「そ、そんなのダメですよ!わたしは相部屋なんて気にしませんから、野宿なんてやめてください!!」

「しかし…」

「…話中悪いが、ちょっといいか?」

先ほどの赤い髪の男が、話に割って入ってきた。

「ティールにラセットってんだな?オレはアルター。街で一番腕が立つ男だぜ。」

アルターはティールの方を見て、自分の胸をドンと叩きながら言った。

「あんたみたいに、可愛い女の子のためなら、いくらでも力になってやるぜ!この酒場にいるから、いつでも呼べよな。」

「はい、ありがとうございます、アルターさん!」

笑顔で素直に返事するティールに、頬を赤く染めたアルターは、俺の方に向き直った。

「…それで話なんだが、鍛冶屋のロッドが、住み込みで働ける助手を探しているらしいんだが…ラセット…おまえ、この話に乗らないか?力仕事とか大丈夫か?」

鍛冶屋か…。そんなに悪い話でもなさそうだ。住み込みで働けるのなら好都合だろう。

「…あぁ、よろしく頼むよ、アルター。」

「おっし!これで話はまとまったな!!宿にはティールが泊まって、ラセットは鍛冶屋だ!マスター!オレ、ラセットを鍛冶屋まで連れていってくるぜ!マーロのヤツが来たら、今日の冒険は中止だって伝えておいてくれ。」

言うことを言って、さっさと出入り口に向かうアルターを追って席を立つ。

「それじゃあ、そういうことだから…。ティール、今日はありがとう。俺は鍛冶屋にいると思うから、何かあれば相談に乗るよ。」

「はい、今日はどうもありがとうございました。お互い、早く呪いが解けるように頑張りましょうね!」

「マスターも、ありがとうございました。」

「いやいや、お役に立てなくて申し訳ない。」

「ラセットー、もう行くぞ〜?」

「わ、わかった!」

俺は二人に挨拶をして、急いでアルターの元に駆け寄った。

「二人とも、おやすみなさい。」

ティールは、アルターと俺に、笑顔で手を振った。

「「お休み」」

手を振り返し、酒場を出ると、辺りはうっすらと夕闇に包まれていた。

「なぁ、ラセット…」

「何だ?」

鍛冶屋までの道の途中、アルターは、ふと足を止めると、真剣な顔をして、俺に質問をしてきた。

「ティールって可愛いよな…。…モロ好みなんだけどさ…その、恋人とか…いるのか?」

「………い、いないんじゃないか…?(記憶喪失だし…俺もだけど…)」

「…ラセットとは、なにも関係ないんだよな?」

「勿論。」

俺の言葉を聞いて、アルターは頬の筋肉を緩ませると、握った拳を頭上に掲げて、いきなり叫びだした。

「よっしゃああーーッ!気合いが入ってきたぜっーーー!!!」

「アルター、うるさいぞ!」

道行く子供に注意されるアルター…。
彼についていって、本当に良いものなのだろうか…?
多少不安を感じながら、鍛冶屋への道を再び歩き出した。
これから一年…俺たちは無事に呪いを解くことができるのだろうか?
いや、解かなくてはならないんだ!
おのれを鍛えながら、この呪いに絶対に打ち勝ってみせる!!


長いようで短い一年は、まだ始まったばかりだ…。



あとがき
な、長くなってしまった(汗)。とりあえず、主人公たちがこれからコロナの街で生活を始めるにあたっての前置きみたいなものです。若干オリジナル要素が入っていますが、世界観を壊さないように努めたつもりですが、おきに召しませんでしたらスミマセン。
各ストーリー(オリジナル要素は混じると思いますが)に沿った小説を書こうか、単にほのぼのな日常路線で書こうか…考え中ですが、気の向くままやるかと思います(^-^;

2009年2月11日 風の字

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