黄金の誓い | ナノ
#黄金の誓い


「…月日の流れって、あっという間だよな…。」

學園の屋上から、高層ビルが立ち並ぶ狭い空を見上げて、流れていく雲を目で追いながら、壇燈治はポツリと呟いた。

「…そうだな、一週間後に卒業式か…。短い間だったけど、俺にしてみれば、みんなと…とても長い時間を共に過ごしていた様な気がする。」

壇の隣で、壁に寄りかかりながら空を見上げる草凪晃輝は、自分がこの學園にやって来たときのこと、友人達とひたむきに駆け抜けた日々を、しみじみと思いだした。
封札師認定試験を終えてすぐに、新米封札師として任務を遂行するため、鴉乃杜學園へやって来た。
成り行き上、學園の奇妙な噂を解決すべく、同級生と共に焼却炉に潜り、札に憑かれた彼らを助けたくて、囁く声に頷き、力を欲した。
思えば、《呪言花札》の《執行者》になって、色々なことがあった。
泣いたり、怒ったりもしたが、それ以上に、たくさんの楽しいこと、嬉しいことがあった。
いろんな人々と出会い、支えられて、今の自分がここにある。

「なァ、燈治…」

「何だ?」

晃輝は、壁に寄りかかるのをやめて、壇の方を向いた。
口元は笑っているが、目は笑ってない。
真剣な眼差しで真っ直ぐに壇を見つめ、ギュッと拳を固めた。

「お前とは、体育とかで勝負をしたことがあるが、コイツで勝負したことがなかったよな。」

シュッ―…

晃輝の拳が風をきる。

バシッ―…

壇は、その拳を掌で受け止めてニヤリと笑った。

「そういえばそうだったな。…最終戦といくか?」

「あァ…、手加減は一切無しだ。全力で勝負だッ!!」

「おうッ!!」

二人は向き合い、身構えて距離をとると、しばしにらみ合いをしていたが、先に壇が動いた。
間合いをつめ、勢いよく踏み込んで、ビュッと、鋭い拳が風をきる。

「当たるかよッ!」

晃輝は、すんでのところで壇の拳をかわした。
が、間髪入れずに打ちこんできた壇のもう片方の拳が、晃輝の横っ面にめりこんだ。

「うがッ…」

「ヘッ、外すかよ!」

壇は、得意気ににやりと笑って言った。
晃輝は、少しよろめいて後ろに下がりながらも、朦朧とする頭をブンブンと振って立った。
どうやら今ので、唇と口の中を切ったらしい。口内にじわりと生暖かいものがにじんできた。
唇から流れる血を拭って、にやりと笑うと、

「さすがだな。…今度はこっちから行くぜ!!」

ダンッと、力強く踏み込んで、渾身の一撃を繰り出す晃輝。
壇はとっさに腕でガードをしたが、じいんと殴られた腕が痺れてきた。
痺れでガードが下がった隙を狙い、彼の左頬に素早く次の一撃を叩き込む晃輝。

「うぐッ…」

壇は、足を踏ん張り、倒れそうになるのをこらえると、殴られて赤く腫れた頬をさすり、ツーっと垂れる鼻血を手の甲で拭って笑った。

「…ヘヘッ、そうこないとな…。」

壇は体勢を整えると、ぐっと拳を固め、再び晃輝に向かって走り出した。

「行くぜ、晃輝ッ!!」

「おう、燈治ッ!負けねェッ!!」

晃輝も壇に向かって走り出すと、壇の大振りの拳を身を屈めてかわし、鋭い拳を放つ。
壇は体をひねって、晃輝の拳をかわすと、再び体勢を立て直して力一杯拳を放った。

「それはッ、こっちの台詞だッ!!」


***


「…ェゼェ…ッ、この勝負引き分け…か?」

晃輝は片膝をついて、肩で息をしながら、制服の袖で腫れぼったい頬を伝う血と汗を拭って言った。

「…そう…だな…。」

疲れはてた壇は、ふらふらとおぼつかない足取りで、その場に崩れるように膝をつき、そのまま仰向けに寝転んだ。
胸一杯に空気を吸い込み、腫れた重いまぶたをうっすらと開けて、黄金色に染まった夕暮れの空を見つめながら、フッと笑みを浮かべて言った。

「…晃輝、お前…なかなかやるな…。」

「…燈治も、さすがだ。」

晃輝も、壇の健闘を称えると、ごろりとその場に仰向けに寝転んだ。

「何時でも、安心して俺の背を預けられた燈治の拳は…こんなにも力強かったんだな。…ありがとう…な。」

晃輝は、一緒に闘った日々を思い出して、目から涙が溢れてきた。涙が入り交じった声を聞いて、壇は痛みをこらえながら半身を起こし、晃輝の方を見た。

「…晃輝、お前泣いているのか?」

晃輝は、袖でゴシゴシと涙を拭って言った。

「…違う。目から汗が出てきたんだ!」

「ヘッ…、なに長英みてェなこと言ってんだよ…。」

『ありがとう』と言う晃輝の言葉に、壇も胸に込み上げてくるものがあった。
封札師の様な特殊な力を持たない自分でも、一生懸命に拳を振るって、親友の力になれたのかと思うと、とても誇らしい。
鼻水をすすりながら、目尻にたまった涙を袖でぬぐった。
鼻水をすする音を聞いて、晃輝も痛みをこらえて半身を起こし、壇の方を見た。

「燈治だって泣いてるじゃないか。」

「ズズッ…、馬鹿野郎、これは汗が目にしみたんだよ!」

「…仕方ない、そういうことにしといてやるよ。」

二人、ボロボロになった顔を見合わせ、それにしてもひでェ面だと、互いの顔を指差して笑いあった。

「…なァ、晃輝、覚えているか?」

「…ん?」

「ここで、終業式に俺が言ったこと。」

「あぁ。」

『俺にはお前みたいな特別な力もなけりゃ、人をまとめる人望もねェ。けどな、だからこそ──俺の、この腕一本で、お前と並び立てるような人間になりてェんだ。』

「…あのときの思いは、今も変わらねェ。札憑きの力を失った今じゃあ、全く特別な力もねェ…。」

壇は、所々内出血した痛々しい顔を、クシャッと歪めて笑うと、利き手で拳を握り、晃輝の前に突きだして言った。

「だけど、絶対にお前のところまで追い付いてみせる。──俺の、この腕一本でなッ!」

晃輝も、ボロボロの顔を歪めて笑うと、拳を突きだし、コツンと軽く壇の拳に合わせた。

「あぁ、待っているさ、相棒ッ!」

互いに視線を交わして、満足気に笑みを浮かべると、拳を下ろした。

「ヘヘッ…、お前と勝負したら、腹が減ってきたぜ…。」

「俺もだ。」

「…何時ものとこに…行くか?」

「あぁ!」

二人は、互いを支えながら、ヨロヨロと立ち上がると、肩を組んで屋上の扉を目指して歩き出した。

「でもよ、カレー食ったら、きっと、口の中しみるよな…?」

「…ま、消毒みたいなもんでいいんじゃないか?」

それもそうかと笑って、二人は、黄金色の屋上を後にした。




黄金色の夕日をバックに、拳で語り合う男たち!
やはり友情を語るなら、拳を交えたいなぁと。
自分の中の勝手なエピローグ(笑)
壇の『前に言ったこと』の台詞は、十話の屋上を参照しました。
あの台詞、じーんと来るんです。相棒よッ!!(涙)
壇は《拳で語る》わりに、主人公とは拳で語っていないので、語らせてみました。
主人公は札の力を使わない、自分の拳のみでの闘いなので、勝負の結果は、あえて引き分けにしました。
殴りあいの描写はうまくないですけども…(^_^;)
格闘がメインじゃないので、適当にケンカシーンを省略してしまいました。
一応熱い王道少年漫画チックなものを目指してみたつもりですが…
ぬるいかな…(汗)

2010年6月6日 風の字

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