はさむ=幸せ?(下) | ナノ
#はさむ=幸せ?(下)
「アイヨー!お待たされー!!」
注文してしばらくすると、カルパタルは、出来上がったカレーをそれぞれに配っていった。
「うわぁ、いい匂いで美味しそう。」
もうお腹ペコペコだよと、スプーンを片手に笑顔の武藤の横で、自分の皿の中をまじまじと見つめる雉明。
「これが、カレーというものなのか。」
雉明の向かい側に座る晃輝のカレーは、とても色鮮やかで、それは食欲をそそるどころか、減退していくようなものであった。
「俺も、今日は普通のにしておけばよかった…。」
しょんぼりしている晃輝の隣で、燈治はぱちぱちと瞬きをしていた。
「…お前のカレー、すっげえ刺激臭で目が痛ェんだけど…。マジで食えんのか?それ…。」
一部不安はあるものの、スプーンを手にすると、みんなでいただきますと言って、カレーを口に運んだ。
真剣な表情でモグモグと口を動かす雉明に、晃輝が話しかけた。
「零、カレーを食ってみてどうだ?本で読んだように、究極料理か?」
雉明は、ゆっくりよく噛んで味わい、ゴクンと飲み込むと、少し考えてからこたえた。
「…そうかもしれない。はじめに口に入れたときは、ただ…辛いと思った。…でも、野菜と肉の旨味が香辛料と混ざりあっていて、…とても美味しいと思う。」
雉明は笑みを浮かべて、癖になる辛さだと言いながら、再びカレーを口に運んでいく。
「ヘヘッ、よくわかってるじゃねェか。ホント、癖になる辛さだよなッ!」
壇は、雉明の感想に同意すると、額にうっすらと汗を浮かべながら、ガツガツとすごい勢いでカレーをかきこむ。
その様子を、雉明は目を丸くしてみていた。
「壇、きみは本当にカレーが好きなんだな。」
「あァ、俺には究極料理だからなッ!」
ニッと笑って、再びカレーをかきこむと、あっという間に壇の皿は空になった。
雉明は、ゆっくりと味わいながら、今度は隣の席に目をやると、武藤が大きな口を開けて、幸せそうにカレーを頬張っている。
「武藤も、カレーが好きなんだな。本当に、美味しそうに食べている。」
「うん、ここのカレーは美味しいし、お腹も空いていたし…。今日はみんなと一緒に食べてるから、いつも以上に美味しいよッ!」
武藤は、自分の口の回りについたカレーをペロリとすると、えへへと笑ってみせた。
「そうか…みんなと一緒だから…。おれも、わかるような気がする…。」
武藤の言葉に頷き、雉明は目を細めた。
焼きそばパンを、初めて食べた時に感じた幸せとはまた違う幸せがある。
《心》が、何か温かなもので満たされて、ポカポカする。
それはきっと、大切な人達と一緒に、たわいもない話をしながら、楽しく食べるということが、ささやかだけれども、この上ない幸せなことだからなのだろう。
相変わらず上手に話せていないかもしれないけれど、もう少し、みんなとたわいのない話を続けてみたくて、雉明は、ふと頭に浮かんだことを話してみた。
「…焼きそばパンは、パンに焼きそばをはさんで食べるだろう?」
「あぁ。」
いまだ皿に半分残っている《お勧めできないカレー》と格闘しながら、晃輝は、雉明の言葉に耳を傾けて頷いた。
「…カレーにも、カレールーをパン生地で包んで揚げる、カレーパンがある。」
「雉明、カレーパンもお勧めだぞ。」
水を飲みながら、壇がそう言うと、今度食べてみようと思うと返事をして、雉明はさらに話を続けた。
「おれは、焼きそばパンを初めて食べた時、焼きそばをパンではさんで食べることが、こんなに美味しいものなのかと、幸せを感じたんだ。だから、もしもカレーパンにも同じことが言えるのなら…」
「うん?」
ぱくりとカレーを頬張りながら、武藤は、不思議そうに首をかしげて、雉明を見た。
「…焼きそばも、カレーも、一緒にパンにはさんで食べてみたら、もっと幸せな気持ちになれるのだろうか?」
雉明の話を聞いて、ぎょっとした壇は、水を変な具合に飲み込んだらしい。
ゲホゲホと咳き込んだ。
「…パンに、焼きそばとカレーを一緒に…」
武藤は、うーんと唸りながら、なんと答えたらよいのか、真剣に悩んでいる。
「だったら、実際に試してみるか?」
そう言うなり、一気にカレーをガツガツとかきこみ、皿を空にした晃輝は、ガサガサと制服のポケットから焼きそばパンを取り出した。
「ゲホッ…こ、晃輝、なんで焼きそばパン持って歩いてるんだよ。」
「ん?非常食。カレー食って足りなかったら、食おうと思っていた。」
焼きそばパンを袋から出すと、壇が、マジで試すのか?普通止めないか?と言ってきたが、晃輝は止めるつもりはないらしい。
自分の席を立つと、カウンターへ向かい、申し訳なさそうにして、カルパタルに、カレールーをパンにはさんでほしいと頼んだ。
「…カレーの新境地を切り開こうとするチャレンジ精神、カルさんも負けていられないネ!」
妙なことに対抗心を燃やすカルパタルから、ルーをはさんでもらった焼きそばパンを受け取って、席に戻ると、怪訝な顔をした壇が言った。
「…おい、本当にそれ、食ってみるのか?」
晃輝は、勿論だと返事をすると、具をこぼさないように気を付けて、パンを半分に分けた。
「…俺、思うんだ。持っている情報や知識から、その結果を予測するってのも大切だと思う。…だけど、それが悪いことでなければ、予測するだけじゃなくて、実際に体験してみた方が良いんじゃないかって。」
晃輝は、分けたパンの片方を雉明に手渡して、言葉を続けた。
「…実際に体験して、《心》で感じる。それが大事なんじゃないかって、そう思うようになった。…何かに迷ったり、悩んだりしているなら、一緒に考えるし、何かを試してみたいなら、一緒に試してみるさ。感じる《心》は違うから、答えは違うかもしれないけどな!」
初めて出会った頃と比べると、表情も、言葉も、《心》も、ずっとずっと豊かになってきた零。
それならば、ただ《情報》を得るのではなく、色々なことを体験して、考えて、自分の《心》で感じてほしい。
それがきっと、彼の《心》を、より豊かなものにしてくれると思う。
晃輝は、そんなことを思いながら、雉明に笑いかけて話すと、雉明は、ありがとうと笑みをかえした。
「それじゃあ、試してみるか。」
「あぁ。」
カレー入りの焼きそばパンを食べてみようとする二人に、武藤が止めに入った。
「ま、待って、あたしも、一緒に食べるよ!」
武藤に続いて、苦笑いをしながら壇が言った。
「道理は通った…かもな。味の保証はないが…、俺にも分けてくれよ。どんなものか、味わってみるのも良いかもな。」
「おう!貴重な体験かもしれないぞ?」
「二人とも、ありがとう。」
晃輝と雉明は、それぞれのパンを半分に分けると、壇と武藤に手渡した。
パクッと、みんな一緒にパンを口に入れる。
モグモグと口を動かしながら、みんなで顔を見あわせた。
「おッ、俺は、なかなかいけるかもしれないな!」
うまいうまいと、美味しそうに食べて話す晃輝の隣で、
「俺は…やっぱり、普通にカレーを食いてェかな。食えないことはないんだけどさ…。」
壇は、あまり口にあわなかったようで、少し顔をしかめて、口のまわりについたカレーを手で拭った。
壇の向かい側の武藤は、可もなく不可もなく…?といった様子で、
「…うーん、カレーのルーをはさめるよりは、カレーソースで作った焼きそばをはさめる方が良いのかなぁ…?」
どのように調理すれば、もっと美味しくなるだろうかと、頭を悩ませている。
同じものを食べたのに、人によって、こんなにも感じ方が違う。
答えは一つではない。
だからこそ、人は…《心》は面白いのかもしれない。
三人を見回して、そんなことを思う雉明に、晃輝が聞いた。
「零は、予想通りの結果だったか?」
雉明は、目を丸くしたあと、少し困ったように笑って、首を横に振った。
「予想していたものとは、まるで違った。…だけど、だからこそ、面白いとも思う。」
次こそは、焼きそばパンにはさんで食べて、もっと幸せを感じられるものを見つけると真剣に話す雉明に、その時はまた付き合うぞと破顔する晃輝。
普通に食っておけと、ゲンナリした様子で言い放つ壇。
あたしも何か探してみるねと、真剣にこたえる武藤。
それぞれのあまりに違う反応が可笑しくて、雉明は思わず笑みをこぼした。
本当に長かった(>_<)
ようやく終了です。
時期は三学期です。
ただ単に、やきそばパン+カレーをやりたかっただけなんです。
味はカレーが勝ちそうですよね、多分。
主人公は、好き嫌いがないので、食えるものならなんでも良いのかもしれない(笑)。
あと、うちの主人公は、零と白に対しては保護者ですから(笑)、子の成長を願う親のようなもんです。
2010年5月27日 風の字