涙は誰が為に
『――お前ら、こんな世界で満足か?俺は……嫌だね』
よく知った声が聴こえたような気がした顔を上げた。
視界に映るのは雲ひとつない空。一面の蒼。澄み渡った色はどこか、泣きたくなるような蒼だった。
「あれ?わたし…どうして…」
空を見上げていると瞳から涙が溢れてきた。とめどなく零れ落ちる涙の珠を拭うことなく、魅入られたようにただ黙って、空をみつめ続ける。
蒼穹の蒼に、どうしようもなく胸が痛むのは何故か。
「そうして立ち尽くしたままでは風邪をひくぞ」
「グラ…いえ、エーカー上級大尉」
気だるげに振り返った恋人の瞳に浮かぶ涙に、グラハムは動揺を隠せなかった。一体彼女に何があったというのか。
「…今は休憩中だ。グラハムでいい。…何があった?」
彼女を腕の中に閉じ込めると、グラハムは耳元で小さく囁いた。彼女の涙はまだとまらない。
「空を見ていたら勝手に涙がこぼれてきたんです」
「理由は?」
「分かりません。でも、皆が痛くて仕方ないんです。泣く理由なんてなにもないのに」
グラハムは彼女を抱く腕の力を少しだけ強めた。彼女はまだ泣き続けている。
「――すみません、もう少しだけ泣かせてください」
グラハムの胸に顔を埋めながら彼女は呟いた。一番安心できる恋人の腕の中だというのに――胸にぽっかりと空虚な穴が空いている。その喪失感を埋めるかのように、ただ泣き続けた。
けして声をあげることなく。
******
心残りは多々あった。
その一つは彼女のことだったが――いまはもう、昔のことになってしまっている。
見知らぬ金髪の男に肩を抱かれ、鮮やかに笑っていた彼女の姿が脳裏に浮かぶ。
「俺の前では…笑ったこと、なかったよな」
笑顔なんて一度もみたことがなかった。けれど心通わせた仲間であり――大事だった人。
「――幸せに、なれよ」
深淵にも似た宇宙で呟く声は、地上の彼女にはけして届かないと――分かっていても。
<終>
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