【しらない感情】


いつからだ、と問われれば答えを返すことができないほどに、彼女は絳攸にとって傍にいるのが当たり前の人だった。当たり前だったから、彼女が特別な人だと気づけずにいた期間は長い。

「…絳攸様?」

茶を前に黙りこくった絳攸を訝しげに思ったのか、彼女が声をかけてきた。水晶の鈴を転がしたような澄んだ声に意識を引き戻される。顔を上げれば微笑む彼女と目が合った。

――どくん。

絳攸の胸が大きく跳ね上がった。必死で平静を装い「考え事をしていただけだ」、答えてお茶を飲む。鼓動はまだ跳ね上がっていた。

彼女が自分の傍にいて微笑んでくれるのは当たり前のことだった。なのにどうだ。彼女が自分にとって『特別』だと気づいてしまったその日から、絳攸は彼女と一緒にいるのが少しだけ苦しくなった。

一緒にいるのが嫌になったわけではない。

ただ、鼓動が早くなり言葉が上手く紡げず、彼女の一挙一動から目が離せなくなり、そして胸が理由なく締めつけられる。

この感情を何と呼ぶのか絳攸は知らない。知ってはいけないようがする。知ってしまったが最後、戻れなくなるような気がしている。

「…美味かった」

絳攸は茶を飲み干すと、そっと呟いた。彼女が嬉しそうに微笑んだ。その笑みに絳攸は面映い気持ちになり、胸に甘い疼痛を覚えた。


――それを恋というんだよ、と。


絳攸が抱く感情の名を知らされるのは、そう遠くない未来のお話。


2014/09/14

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