※のっと千鶴ちゃん。
悲恋注意です。









少女はまるで別ものを見るかのように毒をついた。
「また来たんですか」という言葉はうれしさに混ざって長い長いため息。


「うん、いつくたばるのかなって」

私はこの人が好きではなかった。
最初あったときは賊だのなんだの叫んでしまったし、勘違いをしてしまって申し訳なくて二度目の侵入を許してしまったのがそもそもの間違いだった。
生まれてから食べるのに困ったことはないし、着るものだって、とにかく衣食住に困ったことはない。
ただ、悩みといってはいいのか分からないけど、胸の痛みだけが、それだけが私の悩みだった。
私は部屋から出たことがない、両親と直接顔を合わせたことはない。
一人で何かしたことはない、話し相手だっていなかった。

「沖田さん、こんな夜半に……」

月が光を支配する時間、街は寝静まり、人の声もしない。
時折猫のうめくような声だけが耳にはいる。
胸の痛みが抜けなくてどうも目が覚めると、部屋の外に人影がいる。
この人は幕府に使える新選組、一番組の組長さんとやらで人斬りの鬼として噂されている。
腰にさした刀で沢山人を斬ってきたのだろう。
それは私が住む世界では想像も出来ない鬼の世界。

「で、この家ではお客様にお茶も出ないの」
「それくらいご持参ください」

と淡白に言い放った。
彼が不躾にも少女の部屋にずがずがと入り込んで勝手に茣蓙を組んでいる。
これが、沖田総司という人間である。

「こんな夜更けに来ているのがばれたら大変なことになりますよ」
「君が黙っていれば問題ないよね」

と刀に手をかける。
それは叫び声でもあげてみろ、切り捨ててくれるわと圧力を掛けてきている。
私は布団から体だけ起こすと、そのままでいいよと声をかけ、にっこり笑う。
沖田さんの笑った以外の顔を見たことがなかった、何が楽しいのか三日月のように笑って飄々とした口調。
人を食ったような性格をしていて、ひどく残忍なことを平気でのたまう、新選組みの沖田総司。
彼が私の唯一の話相手であり、きっと最後の知り合いになるのだろう。


最初の出会いは本当に偶然だった、新選組が何を勘違いしたか知らないけど怪しい動きをしている武家としてうちに無理やり押し込んできて勘違いでしたと帰っていったとき私が寝ている離れにも調べの手が入って沖田さんがやってきた。
寝ている私を軽く蹴って「死んでるの?」といわれたときには言葉より先に手が出たのはある意味いい思い出かもしれない。
興奮したせいか、咳が止まらなくなりそんな私に「病もちか?」と不意に声色を変えて聞いてきた。
急に起こされて不機嫌そうに「見れば分かるでしょう」と答えたら、奇妙にも笑って「そうなんだ」といった、沖田さん。
今考えると壬生狼と呼ばれていた彼らにそんなことして命はなかったかもしれないけど、何を気に入られたか、それとも沖田さんはよほど変わった趣味の持ち主で私が病に伏せる姿がそんなに楽しいか知らないけど、不定期に私の部屋に尋ねるようになった。

「君の家はずいぶんと警護が手薄なんだね」
「離れだけだよ。お父様が住んでいる本宅の方はもっと詰めているわ」
「へぇ」
「私の病気は名前すらわかっていないんだって。噂だと昔、私を世話していた乳母が病に掛かったっていうのだからもしかして伝染するのかもしれないね」
「そう」

同じような会話を何度しただろう。
私のいいたいこと、分かっているのかな。
伝染する病気といって誰も近づいてこない。
私のいいたいこと分かりますか?
何度。私のところに来るなって言っても忍び込んできて、一方的に話をする。
ほとんど新選組の話ばっか、新選組の局長の近藤勇さんはとてもすごい人だとか副長の土方さんは鬼のような人だとか、最近面白い女の子をかくまうようになったとか。
そんな話はとても楽しくて心躍るけど、それはやっぱり私から最も離れている世界の話だ。

「ねぇ、沖田さん」
「なに?」

少し自嘲気味に笑ってこぼした言葉、あなたはいつまでここに来るのかと。
そして伝えた、もうこないで欲しいと。
まるで玩具を取り上げられた子供のようにほほを膨らませて不機嫌そうにそっぽを向いた。

分かっているんだ、最近は体を起こすのも辛くて、昼間に日を浴びればめまいすらする。
夜のほんの少しの時間だけ、私はこうやって起きていられる。
それも全部沖田さんが私を訪ねてくれるときだけ。

もうわたしはながくないということ

もうすぐしんでしまうということ

おきたさんともおわかれだってこと

だからこそ悲しい言葉で突き放して、私のことを考えないで欲しい、
分かっているんだ、彼は優しい人だから
医者にも家族にも見離された私を哀れに思ってくれてるのも、
だからこそお願いだから、私の心をかき乱すのはやめて
一人で、死なせて

「君は、本当にそれでいいの?」
「え?」
「君が遂げたいことは何もないの?」

背中を向けて投げかけられた問い。
私の遂げたいこと?
私のしたいこと、か。
そんなこと考える余裕は今までなかった、それにそんな時間はもう残されていない。
小さいころからずっと重い体を引きずっていて何一つ自分で出来たことなんかなかった。

だから何も出来ない生かされている人形だと思っていた
でも最近、私が望むただ一つのことがある

「私も女だもん、一つくらいはあるわ」

それは死ぬときまで、
最期のときは誰かと添い遂げたい
それだけが望みだった

たわごとに過ぎない望みだけど、
もし世界で一番愛おしい人と最後を迎えられるならそれで幸せなんだと思う、
考えれば、考えるほど病とは違う胸を締め付けられる思いは交差する。

「女の子の理想って結構安いんだね」
「そう、かな」
「簡単じゃないか、そんなの」

沖田さんの言葉はいつも冷たくて、私の心臓につめたい刃物でえぐるようだった。

「簡単ですか、でもしれが出来ないでこうして苦しんでいる人間だっているんです、だからそんなこと……」

噎せあがってくる想いと苦しみ。
私が体を起こし、沖田さんにつかみかかるような勢いで迫った。
自分が惨め過ぎていやだ、本当は、
本当は私だってもう少し時間があれば
出来たことだって、伝えられたことだってあるかもしれない


本当はもっともっと時間が欲しい


沖田さんの話だけじゃなくて、見て聞いて知りたい。

「君はいつまでそうやっているつもり?」
「え?」
「誰も君の事を見放しちゃいない。世間そのものを見放してるのは君さ。病で動けないから、時間がないからって焦りもしないでさ。待っていたらいつか願うがかなうなんて、夢物語でもあるまいし現実味がないんじゃない?」
「そう、ですね」
「言いたいことがあるならいいなよ。聞いてあげるから」

その言葉、本当ですか?
と私が言葉をつむぎかけたとき、喉が切れたような感覚と、胸から競りあがってくるどろっとしたもの。
それは全身を一回りほどしたあと、私の頭にめぐってきて、一瞬にして意識をどこかへ持っていかれた。

「澪?」
「っあ……うぇ…」

言葉が出てこない、咳に混ざって出てくるのは、赤い塊
反射的に覆った手にはべったりと血痰がついていて、私はそのまま前のめりに倒れこむ。
本当は伝えたいことがある、でも言葉に出来ない。
私は、どんなに冷たい言葉を言われても、本当は優しくて、私のことを気にかけてくれたあなたのことが

「お、きたさん」

私は残る力すべてで私の肩を抱く彼の手を解く。
嗚呼、珍しく沖田さんの顔が笑っていない。

「もう、かえって」

私から出た答えはそれだった、
彼は一瞬、何を言っているのか分からない、そんな顔をしたけど急に立ち上がって庭の方へ歩いていく。
不機嫌にしてしまっただろうか、片足で障子を蹴り倒す沖田さん。
すごい音がして、外に倒れる。

「ねぇ、澪」
「お願いだから、もう」

「    」
その言葉はかすれて彼に届かなかったかもしれない。
でもただ笑って頷いた彼はそのまま、月だけが照らす、星すら見えない夜空の下を歩いていってしまった。
あんなことじゃなくて、本当の気持ちを伝えればいいのに。
遠くからばたばたと声が聞こえた。
先ほどの沖田さんが残した騒音に反応した警護の人が私の様子を見に来たところだろう。
その音だけが響いて私の意識は地獄にも落ちる痛みとともに消えていった。

  お願いだから、もう
  (愛おしい、死んでしまいたいくらいに)


言い訳
ここまで切ない話を書いたのは初めてなんですよね。
はい、ちなみに夢主さんの病気は沖田さんとは違うもの設定。
後半、やっぱりわけが分からなくなりました。
夢主はいいころのお嬢様で生まれつきの病気なんじゃないかなー。
あと、沖田さんなら病人に向かって軽くけったり、くたばったとかいいそう、ですよね?
え?あ、れ?


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