ドンの失踪

街を蒸し返すような熱気は私が久々に送る一人で寝る夜をとても寝苦しいものにした。
眠りは深いものにはならず、不愉快な夢に苛まれた私は体を休めることをあきらめ、朝日が昇りきらない早朝に自宅を出、ユーリたちと合流する予定だった宿屋に向かっていた。
早朝のダングレストの街はさすがに静かだったが、舌が痛くなるぴりぴりとした雰囲気は決して変わるものではなかった。

すれ違う人間もどこか気を紛らわすために身近のストレス発散、お酒を浴びるように飲んだだろうそんな酒臭い人を何人も見た。
宿屋に向かう道で、昨日、ギルドユニオンに出向いているはずだったレイヴンを見つけ、私は走りこみ彼の背中を叩いた。

「レイヴン!」
「……エルちゃん?」
「ユニオンの方はどうだったって……すごいくま……」
「そりゃ徹夜で血の気の多いやつなだめてたらね……エルちゃん一人?」
「そうだけど……?」
「ひとつの当ては外れたか……」
「?何かあったの?」

レイヴンの言葉にひっかるものを感じた私は目を細め、レイヴンを見据える。
レイヴンの言葉から推察するに、私のところに誰か尋ねているはずだったのか。
それが宿屋にいる仲間の誰か、カロルかもしかしたらパティかと思ったのだけど。

「いんや……それがね。とにかく長い話になりそうだし、青年たちにも伝えたいから宿屋で話すわ。それでいい?」

私は軽く頷くといつもは頼りないはずのレイヴンの背中を追う。
私たちはいつも話をしているとおふざけの雰囲気を出すが、今回レイヴンに断られた気がする。
だからただ事ではないとすぐに理解した。



宿屋に着くと、レイヴンがお嬢ちゃんたちを起こしてきてというので私は素直にそれに従い、エステルたちの部屋に急いだ。
普段だったら「俺が起こしてくるから」なんて言い出しそうなレイヴンなのだけど、私は何も聞き返すことなくエステルたちの部屋に急いだ。

早い時間なだけあって布団をかぶって寝ている。
まずはリタの布団を剥ぎ取り、体を揺さぶると寝たりないのか、不愉快そうなうめき声が返事だ。

「リタ、起きて」
「うう……なによう……」
「緊急事態みたいなの……」
「はぁ……?」

もそもそとシーツを手繰り寄せようとするので剥ぎ取り体を揺さぶる。
緊急事態という言葉に頭痛を訴え、頭を抑えながらも反応するリタ。

「何よ……なにがあったのよ」
「わかんないけど……とにかく大変みたいなの」
「何があったんです?」

隣で寝ていたエステルも重いまぶたをこすりながら体を起こす。
私が彼女らに急ぐように言うと次は隣の部屋のユーリを起こしに向かう。

私が部屋に入っても深い眠りについていることが少ないユーリが部屋に入ったことも気づかないでいるユーリを起こすのは気が引けたが、彼のシーツを引っ張ると「起きて」と短く声を掛ける。

「……ん?あぁ……」
「起こしてごめん。大変みたいなの」

ユーリはぼんやりとした視界の中で体を起こすと私は手を差し出しユーリの体を引く。

「寝ぼすけさん、おはよう……って時間でもないか」

確かに外はまだ日さえのぞいていない時間だ。

「ああ……おっさん。カロルは?」
「ユニオン本部で別れたきりなんだけどな。戻ってないのね」
「私も見かけなかったけど……」
「エル。パティとは一緒じゃないんです?」
「……まさかパティも戻ってないとか」

リタが肯定の意をこめて頷く。
エステルが「大丈夫なんです?」と首をかしげるので「たぶん……」としか返しようがなかった。

「でも、おっさんが戻ってきたってことはユニオンで話はまとまったんでしょ?ドンに会ってるんじゃない?」
「それがなぁ……」
「そういえばレイヴン、大変なことになったって……」
「あぁ。ハリーとノードポリカの一件聞いたらドン、一人で出てっちまったんだよ」
「え?」
「一人で?らしくねぇな。どこにいったんだ?」

そう、らしくない。
ドンは根はとても熱く、短気な性格だけど冷静さを欠くことはなかった。

「……まさか」

ドンの考えは私に伝わってくるようで私がレイヴンを見るとレイヴンも深くうなずいた。

「たぶん、なのだけど背徳の館じゃないかなって……」
「だろうね、俺の勘もそういってるわ。背徳の館っつーのは海凶の爪の根城なんだけどね」
「なんだと?」

ユーリの目つきが急に刃物を抜いたように鋭くなった。

「海凶の爪の首領ってあのイエガーですよ。危険です」
「エステル落ち着いて。ドンのこと心配はないと思う」

私が天を射る矢に席を置いているときに、戦闘のノウハウを教えてくれたときにドンの実力はギルドの誰もが近づけないところにあった。
海凶の爪の戦闘部隊の赤眼の集団がいくら束になったってドンに適うわけがない。

「ま、イエガーは手は出さないだろうけどね。それが元でユニオンと正面きってぶつかる羽目になったら商売上がったりだろうからな」
「じゃ、ドンはなんで」
「……つーわけでドンはこの町にはいない」
「……」

部屋の中はなんともいえない空気に包まれていた。
今回のドンの行動、私は意図を理解していた。
だからこそ、このままではいけないと、ドンを一人で暴走させたままじゃないけないとわかっていたんだ。

「……ちょっとあんたどこいくのよ」
「私に言わせる気?」

リタが私のコートのすそをつかんでリタに無駄にいやな笑顔を向けると、リタは深くため息をついた。

「んじゃあ、行くか。海凶の爪の根城とやらに」
「……」
「本気で言ってる?危険なところだし」
「ドンは手を出されないとしてもお前は違うんだろ。そんなところに一人でやれるか」
「でも」
「じいさん相手でも手を出さないとも限らねぇ連中だしな」
「まぁ……いっか。待ってるのは性に合わないし」

ね、とリタは私に少し笑い掛ける。
なんだかんだ言いながら困っている人は放って置けないという彼らの流儀は変わらないらしい。

「パティのやつも戻ってないか。しょうがねぇ……エステルは待ってるか?」
「わたしも……ついていきます」
「エステル、無理しちゃだめ。あんた、いまあんまり」
「いえ、大丈夫ですから……」

そういうもののエステルの顔色が優れないのは誰がみてもわかる。
それでも頑固な彼女は首を縦に振ることはないのだろうから仕方のない。

「背徳の館がどこにあるかわかってるんの?」
「エルわかるんだろ」
「知らない」

あっさりといった私に呆然とする仲間。
でも今の言葉は嘘だ。
前に一度。背徳の館に向かったことがある。
ダングレストからそう遠くない場所だ。

「でも、レイヴンが知ってるなら大丈夫だよね」
「そりゃまぁ……しゃあないわな」

わざわざ嘘の返事をしたのはレイヴンについてきてもらうため。
ダングレストを離れてからギルドの問題から逃げてきた自分が、ドンと会うことになってなんと言ったらいいかわからなくなったら、そう思ったらレイヴンについてきてもらったほうがいいような気がした。

「決まりだな。途中でカロルを拾って……」
「……?」

ユーリが言いかけたとき、早朝にも関わらず外から人が巻くし立てるような声が聞こえた。
それに言い返すような怒声が響いた。
みんながうなずいて駆け出すので、私もそれに続くことにする。
たまに思う、彼らのしたいことはなんなのだろうかと。
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