責任
冷たい風がほほをかするたびに私は体を震わせた。
大海原でとまって動かなくなってしまったフィエルティア号が一番に危機を感じる「沈没寸前」という事態にも関わらず私は落ち着きすぎていた。
それは今必死に修理……手当てをしているリタを信用しているからか、船の上のことを考えていられるほどの余裕がないからかどちらかはわからない。
私は手の中で輝きを失った青い満月を握り締める。
「ユーリもこんな気持ちだったのかな……」
人を手に掛けたときの。
刃物で直接切りかかったわけでもない、でも
ベリウスの胸を突き刺したあの十字架が自分の胸に突き刺さっているようで気持ち悪い。
深く呼吸をしないと、生きている心地すらしない。
涙も出ないのに嗚咽だけを繰り返していたら、黒い影が私の元に近づいてくるのをゆっくりと理解した。
「おまえ、大丈夫かよ」
「ユーリ……?げほっ……!」
私の姿を見つけると駆け寄って、乱暴だけど背中をさすってくれる。
つばを飲み込んで咳を止めようとするが、逆に苦しくなる結果になって私は口にしたい言葉があるのにしばらくそのまま背中に小さなぬくもりをもらうだけだった。
「だいぶわからなくなったわ」
さっきまで一人でずっと考えていた。
「そりゃ、俺のせいだろうな」
じっとひざを組んで壁に寄りかかって座ると、ユーリが隣に腰を下ろす。
私が両手を自分の前に突き出し、両手を広げると、光を失った私の宝石が何かを訴えていた。
「悪かったな、黙ってて」
「他人にいえないことだってあるもの……」
それは自身の過去であったり、罪の形でもある。
口にするにはとても重過ぎて言葉が出そうで出ない。
ユーリにここで「何で」と問うのは無粋すぎる。
それに
ユーリを追い詰めたのは私にも責任でもあるかも知れない。
ユーリが強いと疑わずに泣きついた私に。
「ねぇ、ユーリ」
「なんだよ」
「これ、ありがとうね」
「普通、礼なんていえるか?」
「……どんな経緯があったにしても帰ってきたんだし……」
「……フレンに言われたな。俺の考え方はもう罪びとなんだとさ」
私の表情を察してか、自分だけはとユーリは少しおどけたように言う。
普段の自分であったなら、私も同じことができただろうに。
「とても痛い一言だね……人が人を裁く……か」
「俺は迷いも後悔もしていないぜ」
「それでも自分では見えない傷を負っているんじゃない?」
「……」
「私はエステルみたく他人の傷を癒すすべを知らない……だから」
「なんていったらいいかわからないのだけど」と私は淡々と告げた。
前に人から注意されたことでお前の正論はときに人を傷つけるときがあると。
今、下手に余計な言葉を掛けてしまうと、ユーリはもろく傷ついてしまうような気がする。
それでも
「でも、私にだって何かを背負うくらいのことだって話を聞いて何か言うことくらいなら出来る。私じゃ心もとないかもしれないけど」
「そうか」
「私、何か変なこと言ってるかな」
「……お前に話をしたら距離置かれると思ったから……な」
「……」
確かにユーリの本音を聞いておびえすくんだ自分がいる。
それが彼にとっての距離を取ったということになるとするならば、私もなんて口ばかりのことを言ったのだろう。
「ユーリ、今度は」
「ん?」
「今度は一人で抱えこまないでね」
「わかったから、そんな泣きそうな顔すんな」
とユーリが困ったように言うので、私はほほを手の甲でぬぐうと濡れてなんかいないことに気づく。
でも、私はとても悲しいのだろう。
何もないところにぽつんと一人で置いてけぼりにされている子供のように
「今は泣かないわ。でもいつか泣きそうになったときに」
「ああ」
それがとても近いときにあるような気がする。