救済を求める声

「ベリウス……」
「エステル、しっかり!」
「えぇ……」
「来るぜ!」

レイヴンの掛け声が合図だったかの用に、ベリウスは私たちに向かってその巨大な体で頭上から降り立つ。
「散れ」という合図とともに仲間が4散し、それぞれ体制を整える。
私とリタは顔を合わせ、うなづく。

「穢れなき汝の清浄を彼のものに与えん!スプラッシュ」
「貫け、雷!サンダースピア!」

リタの魔術を抜けた私の雷撃は水の飛沫に伝染し、波となってベリウスを飲み込む。
しかし、ベリウスはすばやく、それを簡単に交わすと、巨大な爪で仲間をなぎ払う。
ユーリとエステルは剣を盾にし、何とかその場に踏みとどまる。

「やらないとやられるか……。悪いがやらせてもらうぜ」
「……わらわ殺せ」
「……!」

そう、ベリウスの声色で告げた自我を失った獣はその巨体で降りかかる。

「私が間違っていたというの?」
「…間違っておらぬ、そなたは……ああああぁ!」
「ジュディス!危ない!」

ジュディスには珍しく、迷いを口にしたときベリウスの攻撃がジュディスに決まった。
彼女の体は放り出され、壁に叩きつけられる。
ジュディスの元に駆け寄ろうとしたが、目に入ったのがエステルの姿だった。
私よりもさきにジュディスに治癒術を掛けようとしたのだろうが、ただ両手を握り締めてどうしようか迷っているエステルの姿だった。

「エステル!何をしているの!」
「きゃあああ!」

戦闘の最中に迷っているなんて!
怒鳴り声を上げてもエステルに届く前に、彼女の体は宙へ投げ出された。

「エステル!……エル頼む」
「分かってる……!」

カロルたちに庇われながらすぐに私はエステルとジュディスの元に駆けつける。
レイヴンも加わった全員でベリウスを足止めしてくれている。

「神の祝福、聖なる息吹をここへ、ホーリーブレス」

必死になって急いで治癒術を施すが、時間がかかる。
ジュディスのほうも見るけど、傷が相当深く、すぐに戦闘に戻るのは無理だ。
と、激しい地響きの音にふと頭が覚醒し、残った仲間の元を見るとあたりはいつの間にか真っ暗になっていた。
闘技場を照らしていた唯一の光である松明の火が消されている。
そして、私は目を手の甲で強くこすった。
治癒術の疲れが出たのだろうと自分を疑ったが、それが嘘でないことを現実が証明していた。
ドッペルゲンガーというのだろうか、ベルウスの姿が二つに別れ、さらに猛威を増やし、仲間と対峙している。

「あう……!」
「パティ!」

構えていた銃をはたかれ、パティの華奢な体がピンボールではじかれた弾のようにこちらに飛んでくるパティを全身で受け止めると耐え切れない私は後ろへ放りだされる。

「パティ……!だいじょ……」
「大丈夫なのじゃ……うちはまだ……」

そう強がっているもの、彼女の額は裂け、赤い鮮血が流れている。
私が手袋をはずし、額に手を当てるとやはり痛いらしく、顔をゆがめる。
応急処置程度にしかならないけど私が治癒術を掛け、エステルに続きをしてもらうように言うとパティはやはり痛みが勝るのか、素直に従う。

ベリウスは長い間、この町を見守り導き守護し生きていた。
始祖の隷長であるフェローがダングレストを襲った時、人間の力なんて無力というように手も足も出なかった。

「なにしてんの!あんたは下がってなさい」
「リタ、エステルにパティの治癒をお願いした……」

からといいかけ、彼女を見ると様子がおかしい。
リタもそれに気づいた用で、じっとエステルを見た。
ベリウスが自身の治癒術によってこんな事態に陥ったせいか、パティにも治癒術をするのを渋っているのだ。
私とリタが声を張って彼女を奮い立たせようとするが、その声は一向に届かない。

「ああ!もうあんたはここをお願い」
「分かった、エステルをお願い」

リタは靴底で地面を鳴らすと詠唱を途中で破棄し、エステルの元へと急ぐ。
任された私は仲間の援助もしつつ、魔術を撃つが、それが果たして利いているのか分からない。

「まずい……このままじゃ」

戦況は劣勢、というよりこのままでは全滅の危機だ。
ラピードは私の詠唱を庇ってくれているが、先ほどから分裂したもう一体のベリウスに詠唱を阻まれ、魔術はおろか、仲間に治癒術の1つ満足に掛けられていない。
そんなせいか、仲間は疲弊し、レイヴンなんて早々にばてて、立てなくなっている。
カロルも限界か、ベリウスの攻撃に防戦一方だ。

「っ!」

ベリウスのツララの大きさのつめがこちらに向かってくる、何とか避けるが、体制を後ろに取られ、私はバランスを崩す。

「大丈夫か!?」
「……」

ユーリが私とベリウスの中に入り、ベリウスの猛烈な追撃の嵐を受け止めてくれた。

「わらわを……ころせ!ああああぁあ!」

誰がともしたか、松明の光が闘技場を照らすと別れていたベリウスが1つになり、また苦しみだす。
ベリウスが戦っているのは、始祖の隷長が持つ本能、そして武器は自分の理性だけ。
相反する2つの意思がベリウスを縛っている。
彼女は地面を這うように体を揺さぶる。
そんな彼女を、救わなければいけない。
体の奥底で、私の本能がそれを理解していた。
でも、それは助ける、ではない。
彼女の痛みから解放を、それが私が考えうる救いなのに、それを拒絶している。

「……このままじゃ……まずいな」

ユーリが私を助け起こそうと手を差し伸べるが、それをまだ私は受け入れることが出来なかった。
……私は何を考えているのだろうか。
仲間を守りたい、ベリウスを救いたい、ユーリのことを理解してあげたいと思っているのに、壁に邪魔をされて出来ない。
ユーリは私が察していることを知っていて、逃げようとしなかった。
ベリウスはすべて分かった上でそれを受け入れようとしているのに。


結局、逃げているのは、自分。
仲間も、覚悟も受け入れようとしないのは自分だ。

こんな状況になっても私は、どこか覚めている。
……だから私は。

自分が一番に大切だと思ったものを選ぶ。


「あ……」
「これ……」

自分の中で固まったものが出来た刹那、私に手を差し伸べていたユーリの懐から懐かしいような淡い光が放たれた。
それはもっとも私の身近にあった、私を包んでくれていた、冬の日の満月の光。

「ごめん、ユーリ。それ、返してもらうね」

と、急に色を放った、私の魔導器を取り出したユーリから、私は盗みとる。
ユーリがこの魔導器を持っていたことを今少しだけ驚いたけど、ユーリならと思っていた。
「ああ」とユーリの低い声が私の耳に入った。




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