戦士の殿堂の統領

人を失い、すっかり静まり返った闘技場。
ユーリは振り向き、仲間に今一度、念を押すように「覚悟はいいか」といった。
肝の据わりすぎたユーリとはまったく逆で

「……いいよぉ……」
「あんた、震えてるわよ」
「ま、ギルドの大物にして、人魔戦争の黒幕って話だしな」
「なに、相手は同じ人間だ。怖がることはねぇって」
「……そういえば、人魔戦争の噂も聞きたいね。聞いてどうするって言われたらそれまでだけど」

そう、戦士の殿堂の統領が人魔戦争の黒幕だという噂が一人歩きしていて、人々を困惑させている。

「カロルは往生際が悪いのじゃ」
「パティは肝が据わっているのね」
「見ろよ、嬢ちゃんもたいしたものだぜ」
「……私ももういっぱいっぱいです」
「無理をしなくていいと思うよ」
「もう後には退けません。退きたくありません。私、ちゃんと知りたいんです、自分のことを」

と胸に手を当てて深呼吸を繰り返すエステル。
ギルドユニオンのトップのドンと同格に扱われる統領であるベリウスと会おうとしているのだ。
しかも、フェローと会えなかった今、私たち、満月の子を知る唯一無二の人物。

「あなたも心の準備はいい?」
「もともと、一月も前から会うつもりだったんだもん。それに、怖いとは思わないから」
「いい覚悟ね」
「それじゃあベリウスに会いに行くぞ」

とユーリは先陣を切って歩き出す。
それに続く仲間、もちろん私も歩き出そうとしたが、カロルがふっと後ろを振り向いた。

「どうしたの?カロル」
「……いや、知っている顔がいた気がするんだ。気のせいかな」

とカロルはもう一度、振り向くので私も視線を合わせるが、人の気配はない。
私が「早くしないと置いていかれると」というと「待ってよ」とカロルは早足でユーリを追う。


統領の部屋へ続く扉の前には副頭領であるナッツさんが目を光らせていた。
私たちを見ると、驚いた様子もない。
ユーリはナッツさんに「ベリウスに会いに来た」と告げる、

「あんたたちは……たしか、ドン・ホワイトホースの使いだったかな」
「ああ、そういうわけだから通してもらいたんだけど」
「ナッツさん、こんばんわ」
「ああ、ティアルエルか。先日は世話になったな」
「あれは災難でしたね。それで約束なんだけど……」

そう、前回闘技場を盛り上げるために体を張ったはず。
報酬は少しの金銭と(みんなに内緒にしている)凛々の明星の宣伝、そして優先的にベリウスに会うというものだった。

「そちらと、ティアルエルは通ってもいいが……。ほかのものは控えてもらいたい」
「えー!どうしてですか!」
「あたしらが信用できないっての?」
「申し訳ないがそういうことになる」

私とレイヴンは立派にギルドの人間として身元を証明できるが、凛々の明星はまだ無名のギルドであって、信用に足らない。
そんな人物を統領にあわせられないというナッツさんの判断なのだろう。

「……そんな……」
「口を開かないジャコガイよりうちらの方が信用できること間違いないのじゃ」
「ナッツさん、えっと、みんなは……」

私たちだけがあったって意味がない。
説明をしようと口を開きかけたときだった。
男とも女ともいえない声が響いたのは。

『よい。みな通せ』

その声はまるで地から響くようだった。
その声はどこから聞こえたかは知らないけど、ナッツさんは扉に向かって講義の弁を述べる。
が、『良いというておる』という鶴の一声でナッツさんは納得はしていないようだが。

「……わかりました。くれぐれも中で見たことは他言無用で願いたい」
「他言無用……?どうして」
「リタ、しー」

怪しむリタを私がなだめる。
承諾をしない限り、このまま立ち往生を食らう羽目になるのだから。
せっかくベリウスの計らいで全員面会を許されたのだから。

ベリウスの正体を隠すことに念を押した人物は「ギルドの掟だから」といった。
それならば、従うほかない。
破ればそれなりの処罰を受けることになる。
それを分かった上でユーリは「わかった。約束をしよう」と誓約を交わした。

「この先に我が主、ベリウスはいる」



扉を抜けると更に長い階段を昇る。
灯りは足元を照らす、細い火の松明のみ。
これだけ、視界が薄暗いととても気持ちも落ち着くというより沈んでくる。
道を見る限り、窓はなく、昼間だとしても同じ暗さを保っているのだろう。

最上階の重い扉を開く。
私たちが中に足を踏み入れると自動的にドアが閉まる。

「えぇえ!何これ!」

急に0の視界になり、仲間の困惑する悲鳴が耳に届く。
ベリウスがいる統領の私室は光が奪われた完全なる漆黒の世界だった。

「みんな、いるよな?」
「いるわよー」
「はい」
「おー」
「えぇ」
「わん」
「のじゃ」
「いないよー」

という私の返事は当然仲間にスルーをされ、少し悲しい。
ジュディス?らしい声で「ふざけないで」そういわれたかと思ったら、足に強い痛みが走る。
誰か私の足を踏んだらしい。
タイミング的にはジュディスに思えて仕方ないのだけど。

そんなことをしていると、急に部屋の隅の松明に火が灯らされた。
誰がやったわけでもなく、ぼんやりと部屋の内部が浮かんで見えてくる。
目も暗闇慣れたころ、部屋の中央にいる圧倒的存在感の「彼女」に驚かされたのだった。

彼女と呼んだのはさっきの声がどちらかというと女性に思えたからで姿形で判断をしたものじゃない。
私たちの前に現れたのは人間ではない、人の5倍以上はあるであろう乗り物のような体格。
そして、キツネの姿を模したような姿。
巨木のように太く長い尻尾はひとた振るえば人間数人はなぎ倒されるであろう。
そう、暗闇に姿を潜めていた(本人は違うだろうけど)はどこをどう見ても魔物だったのだ。
ただ、魔物の性質として肉食動物のように人を見れば襲うわけでもなく、私たちを反応を見て、少し愉快そうに笑った、それだけの違いだった。

「な……まもの?」
「ったく、豪華なお食事つきかと期待してたのに、罠とはね」
「罠ではないわ。彼女が……」

と武器を抜こうとした、私たちを冷静に治めたジュディス。
エステルはまさかといった様子で今日、私たちが会いに来た人物の名を出す。
そう「ベリウス」だ。

始祖の隷長

「いかにも、わらわがノードポリカの統領、戦士の殿堂を束ねる、ベリウスじゃ」
「こりゃたまげた」

ベリウスを見上げ、開いた口がふさがらない私たち。
ドンの盟友と呼ばれたその人。
天を射る矢と同格の規模をギルド戦士の殿堂を治める頭であるその人。
町の人間からも尊敬の念で跳統領と呼ばれている。
そんな人物がまさか、魔物の姿で私たちの前に現れるとは思わなかった。
魔物が人間の上に立ち、導いているだなんて。

「あなたも人の言葉を話せるのですね」
「先刻、そなたらはフェローに会うておろう。なれば、言の葉を操るわらわとて珍しくもあるまいて」
「あんた、始祖の隷長だな」
「左様じゃ」

だからジュディスはベリウスに会うことを進めたのか。
ベリウスは優しい口調と声色で私たちの質問に答えていく。
前にダングレストで私たちを襲った始祖の隷長である、フェローとはまったく違う様子で、私は少し拍子抜けもした。

「じゃ、じゃあこの街を作った古い一族っていうのは……」
「わらわのことじゃ」
「……この街ができたのは何百年も昔……ってことは……」
「左様、わらわはそのころからこの街を統治してきた」
「すごいのじゃ」
「ドンの爺さん、知ってて隠してやがったな」
「みたいね」
「そなたは?」

ドンの名前を出した私とレイヴンに関心を示したのかベリウスは目を細め、レイヴンに問う。
レイヴンは懐からユニオンの封ろうが押された書状を取り出すと

「ドン・ホワイトホースの部下レイヴン。書状を持ってきたぜ。いまさら爺さんと知り合でもおどろかねぇんだけど。いったいどうゆう関係なのよ」

ナイフのような鋭い爪が生えた、大きな手で書状を受け取ると、ベリウスは古い友人を懐かしむようにその書状を見つめ笑う。

「人魔戦争の折に、色々と世話になったのじゃ」
「人魔戦争……!なら黒幕っていうのは本当だったんですか?」
「ほほ、確かにわらわは人魔戦争に参加した。しかしそれは始祖の隷長の務めに従ったまでのこと。黒幕なのと呼ばれては心外よ」
「人魔戦争が人と始祖の隷長との戦い……」
「人対始祖の隷長……」

カロルの言葉を繰り返すように口にする。
どこかでその話を聞いたような、もしかしたら……見たような気がする。
そんな私を見透かしたようにベリウスは

「何か思い出したかの?」
「え?」
「主のことはドンから話は聞いておる、なかなか難儀な運命に捕らわれている……とな」

意外だった。
前にドンとノードポリカを訪れたことはあるが、そのときドンは誰かと会っているそぶりなんて見せなかったし、ベリウスが私のことを知っていたなんて。
もしかして闘技場で会ったとか、でも、そのときはハリーやほかのみんなに言われて変装をしていたし。

「いずれにせよ、ドンとは人魔戦争のころからの知り合いじゃ。 あれは人間にしておくには惜しい男よな」
「じいさんが人魔戦争に関わっていたなんて話、初めて聞いたわ」
「……ずいぶん詳しいから……まさかとは思ったけど……」

ほかの人間や文献をあさっても、帝国騎士団と魔物との大規模な戦いとしか記されてはいなかったけどドンに話を聞けばもう少し細かい説明をしてくれた。

「やつとて話したくないことはあろう。さて、ドンはフェローとの仲立ちをわらわに求めている。あの剛毅な男もフェローに街を襲われてはかなわないようじゃな。無碍には出来ぬ願いよ……一応承知しておこうかの」
「ふー。いい人で助かったわ」
「街を襲うのもいればギルドの長をやってんのもいる。始祖の隷長ってのは妙な連中だな」
「そなたら人も同じであろう」
「うむうむ、そのとおりなのじゃ」

手を組んで妙に納得をするパティ。
ベリウスは人も始祖の隷長も変わらない、そんな風に言っているように聞こえた。

「さて用向きは書状だけではあるまい。のう。満月の子よ」
「……あ」
「分かるの?満月の子って」

急に奥に控えていた私とエステルを身、「満月の子」と見抜いたベリウス。
リタが私たちをベリウスの間に割り込む。

「我ら始祖の隷長は満月の子を感じることが出来るのじゃ」
「……」

要するに、私たちはずっと動きを監視されていたといことになる。
だからこそ、ベリウスはきっと私たちがフェローに会いに行こうとしていたことも知っていたのだろか。

「エステリーゼといいます。満月の子とはいったい何なのですか?わたし、フェローに忌まわしき毒といわれました。あれはどういうことなんですか?」
「ふむ、それを知ったところでそなたらの運命が変わるとは思わぬが……ティアルエルといったの」
「私?」

と、急に話を振られ、私は前に出る。
ベリウスは目を細め、私をじっと見据えた。

「満月の子は本来一人の筈じゃった。少し前にダングレストから離れた場所からおかしなエアルを感じた。そしてそこにいたのは……」
「満月の子……」

つまり私だったってこと?
ダングレストから離れた場所、ガスファロストのこと?
そして私も感じる、おかしなエアル。

「そなたのことはわれら始祖の隷長もはかりかねておる」
「ベリウス……そのことなんだけど」
「ジュディス……?」

と口を挟んだのはジュディスだった。
もともとエステルにベリウスに会うように言ったのはジュディスだった。
ジュディスもベリウスと顔見知りだった、フェローの名前を知っていた。
始祖の隷長と関わりがあるということは明白だった。

「ふむ、何かあるということか?」
「フェローは……」

ジュディスが口を開きかけたときだった。
背後の扉が蹴破られて、すごい音が部屋中に響き渡った。
飛び散った扉の破片を避けて、何事かと犯人を探るとそこにいたのは魔狩りの剣の首領のあるクリントと戦闘狂(私がつけたあだ名だけど)のティソンだった。

「遂に見つけたぞ!始祖の隷長!魔物を率いる悪の根源め!」
「ティソン!首領!」

元魔狩りの剣のメンバーであったカロルは旧知の知り合いの突然の登場に驚いている様子。
無論、この場にいる全員、ベリウスも薄い笑みを浮かべているが、本心では笑っていないないだろう。

それにしても、なぜ、ベリウスの正体、いや私たちも知りえなかった始祖の隷長のことを魔狩りの剣である二人が知っているのだろうか。

「これはカロルご一行。化け物と仲良くお話するとは変わった趣味だな」
「闘技場で凶暴な魔物どもを飼いならす人間の大敵!覚悟せよ!わが刃のさびとなれ!」

前回のカルボクラムでの一件をまだ根に持っているのだろうか。
魔狩りの剣でもトップの実力を持つ二人はおのおのの武器を抜く。

「理由って何でもこじつけられるんだね」

私が吐き捨てた言葉に「っち」と明らかな舌打ちをするティソン。
パティはカロルとクリントたちを見比べている。

「カロルの知り合いにしては柄の悪いやつじゃな」
「なんだこのちっこいのは」
「残念なのじゃ。乱暴物に名乗る名前は持ち合わせておらんのじゃ」
「ふん……名乗れねぇ事情でもあんのか」

というティソンの買い言葉に鼻を鳴らし、おまけにあっかんべーと舌を出すパティにティソンの額に青い筋が立ったのを確かに見た。

「な、ナンは?」
「お?気になるか?今頃、闘技場で魔狩りの剣を指揮してる頃だろうよ。俺ら魔狩りの剣の制裁を邪魔するやつぁ、人間だって容赦しないぜ」
「かかってこないなら、俺らから行く!さぁ、相手になれ!化け物!」
「ベリウス!」

クリントが体格ほどある大剣をベリウスに向かって振りかざす。
全身の力をもってした攻撃だが、ベリウスはそれを片手で簡単に受け止めてしまった。

「こやつらはわらわがあいてをせねば抑えられぬようじゃ。そなたらはすまぬがナッツの加勢いってもらえぬか?」
「あんたは大丈夫なのかよ!」
「たかが人間などに遅れは取りはせぬ」
「分かった!行くぞ!」
「すまぬな」

私の手を引き、ユーリは部屋を出るように促す。
まだ聞きたいことはたくさんある、でもそんな事態ではない。
魔狩りの剣は決して大きなギルドではないが、全員が戦闘に特化している。
それに、戦士の殿堂は大半が騎士団ににらみを利かせていて、動けない状態にある。

フェローと同じ、始祖の隷長だとするならば、負けるはずはない、そのとおりだ。

統領の部屋から階段を一気に駆け下りるとそこはもう無残な戦争の跡だった。
ここで抗争があったことを物語っていた。

「ひどい……これをナンが……」

そして、私たちの目に入ったのは肩からざっくり切り捨てられたと刀傷が致命傷となって、そこで息耐えそうになっているギルド、戦士の殿堂の人間だった。
今にも消えそうな風の声で男は最後の言葉を残す。
ユーリと私は耳を寄せる。

「……ナッツ様が……闘技場のほうを守るために……魔狩りの剣と戦って……お願いします……助けて」
「えぇ……」
「い、今……わたしが……」

ユーリが男の胸に手を当てる。
エステルが治癒術を施そうとするが、ユーリは無言で首を横に振った。
私たちが見つけた時点でもう手遅れだったのだ、治癒術は神の力ではない。
しにかけた人間も、死んだ人間も助けることは出来ない。
そんな無能な私は自分の無力さに腹を立て、殺したものへの恨みを晴らすしかできないのだ。

「ナッツさん……」

何が起きているのかも分からない私たちはただ、闘技場に向け、走るしか出来なかった。


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