救いだけでは

私たちは重い荷物から解放されるために足早に宿屋に戻る。
宿屋に荷物を置いた私はもう一度、街の様子を探るために街に戻る。
出かけ際にレイヴンに甘いものでも食べないかと誘われたけど丁寧にお断りした。
レイヴンは甘いものを食べられないし、私も好きってわけじゃない。
それなのに、にこにこと顔を見合しても楽しくなんかないというのが理由。
それに、先ほど一人で感傷に浸ったせいか、一人の時間が無性にほしくなった。
昔は一人で旅をして誰かと何をするの慣れないとユーリと旅を始めたときは思っていたのに、今じゃすっかりなれてしまって、こういう時間に浸ろうと思うときのほうが珍しい。
ユーリに話相手になってもらうのも、エステルと一緒に読書をするのも、リタやジュディスの毒舌を聞くのも、レイヴンをいじり倒してたほうが楽しいと思っているのだろう。
それにさっきのカロルの言葉も私の考えの何かを刺激した。

「私って……変わったのかな……」

少なくとも旅を続ける中で自分はいくつもの試練にぶつかったはずだ。
それを少しでも乗り越えたからこそ、今自分はここにいるのだ。

宿屋を出て、街をうろついてそんなことを考えていると、日はどっぷりとつかっていて、漆黒が街を支配する。
今日は新月、闇を照らす光も道しるべも存在しない。
古来より人は新月の日を不吉の象徴としてみてきた。
闇を照らす光が存在しなくなる日、月はすべての人間の監視役であり新月の日はその監視役が闇の捕らわれてしまう。
だからこそ、どんな罪を犯そうが、誰も気づかないのだろう。
そんな恐ろしい、不吉な夜。

「おい、エル何してるんだよ」
「んー。ユーリ?」

と、ぼんやりとしていたら後ろから私を呼び止める声。
ゆっくりと振り向くと、そこにはユーリがあきれたように私を見下ろしていた。

「何って……」

なにをしていたのだろう、考えていた。
答えにならないじゃないか、自分。

「日が暮れたらベリウスのところに行くつったろ」
「あぁ、そうだったね」

もうそんな時間かと空を見上げると一番星、凛々の明け星が私たちを見下ろしていた。
変わらぬ輝きのまま。

「うわーん、いたいよー」
「?」

と、聞こえたのはこんな闇の中で似つかわしくない、子供の泣き叫ぶ声。
私たちが条件反射のようにそちらに振り向くと、膝を抱え泣き叫ぶ子供をなだめる女性がいた。

「あらあら、転んじゃったのね。家に帰ったらすぐに消毒しましょうね」
「あ……」

と私が駆け寄ろうとしたが、一歩のところで踏みとどまった。
ユーリはそんな私をじっと見るだけ。
親は泣いている子供をなだめ、傷口をいたわるようにハンカチを当てて、子供を立ち上がらせる。

「ほらほら行きましょう。もう大丈夫ね……」
「……うん」

ひっくと鼻を鳴らし、子供は母親と手をつなぎ、子供は足を引きずりながらその場を去っていく。
一連のことをじっと見ていた私たちを子供は不思議そうに見送っていた。

「……なに?」
「んや、その」

ユーリが以外そうにじっと私を見るので逆に聞き返してみると、言葉を濁すユーリ。
ユーリが聞こうとおもったことは分かる。

「何で、治癒術を掛けてあげなかったかって?」
「まぁ……な」
「……治癒術はとても便利なものだけど……」

エステルならば、そう彼女なら迷いもせずに今の他人、子供にも治癒術を施してあの痛そうな顔を消し去っていただろう。
でも、私はそれをしなかった、しようと思えばいつでも出来たのに。

「全部が全部、治してしまっていいものとは思えないんだよね……治癒術は魔法みたいにすぐに傷口も治してしまう。便利な力こそ、人って依存しちゃうから。こういう考え方嫌い?」
「いや……」

便利なものは魔導器だって魔術だって治癒術だってとてもおそろい依存をする人間だっている。
それは麻薬のように、知らず知らずに体に習性のように体に浸透していってしまう。
そんなことも知らずに私が治癒術を身近に使っていたときもあった。

「昔ね……私もエステルと一緒で怪我人と見ては治癒術を使っていたわ。でも、それは他人に甘えを生むだけだった」
「……」
「治癒術だって限界がある。そんなことも分からないのね。私の治癒術をあてにして無理をしてしまったギルドの人間がいてね。瀕死の状態で帰ってきて、私の治癒術じゃどうしようもない、なんてことがあった。結局その人は助かったのだけど。私が調子に乗って治癒術なんて自慢しなければそんなことにはならなかったわ」
「だから、無駄な治癒術は使わない……か」
「はたから見るととても残酷なやつだけどね」

宝の持ち腐れ、いや見殺しにしているのだろう。
誰も、誰にも理解してもらおうだなんて思わないけど。

「やっぱり、お前はエステルとは違うな。お前」
「……だよね」

その一言に、背中が凍りつくのを感じた。
それは、お前には心がない、そういわれているような気がして。
無理に笑うと、頬がとても痛い。
でも、それが私の信念であるし、治癒術においても一方的に誰かに凭れ掛かられたくない。
私が背を向けて闘技場へ行こうというと、ユーリはとても低い声で「ああ」と呟いた。

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