海凶の爪

「あれは……」

この中で驚愕な声をあげたのは私だけだった。
早速労働者キャンプに忍び込むために再び入り口を訪れると奇妙な笑みを浮かべ、労働者キャンプへと赴く二人の男がいた。
片方は前に帝都とカルボクラムで二度もお世話になったことのある人物、帝国騎士団の隊長を務める自己を溺愛しすぎている人物であるキュモールである。
相変わらず、子供のような間抜けな笑みを浮かべている。
何も彼がここにいることに私は驚いたわけではない。
その隣を歩く、青いスーツを身にまとった細身の男。
髪は奇妙に巻かれて(昔私はトルネードと命名していたけど)おかしな喋り方をする人物。

「見ない顔だな。誰だ?」
「イエガー?」
「知ってるのか?」

物陰からじっと彼らの様子を伺う私たち。
私がぽつりとイエガーの名前を落とすと、ユーリは俊敏に反応した。

「ギルド、海凶の爪の首領」

と短く返すと、カロルは引継ぎ手短に説明をする。
海凶の爪は商業ギルドの一つで今では五大ギルド幸福の市場に匹敵するほどの規模のギルドだ。
イエガーはそのギルドのトップであり、私の知り合いでもあった。
確か、ダングレストでバルボスから海凶の爪の名前が出たとき少し話をしたいとも思ったが、まさかこんな状態であうことになるとは。

確かに海凶の爪は兵装魔導器の売買も積極的に行っているが、それがイエガーとキュモール帝国との結びつきに説明がつくのだろうか。

彼らの会話を漏れ聞いていた。
イエガーがわざと大きな声であおるようにキュモールに話を振る。

「おお、マイロード。コゴール砂漠にゴーしなくて本当にダイジョーブですか?」

その奇妙な言葉使いは今も健在らしい。
一方のキュモールは淡々とそれに答えた。

「ふん、アレクセイの命令なんて耳を貸す必要はないね。僕はこの金と武器と使ってすべてを手に入れるのだから」

こちらの性格の悪さも健在らしい。
帝国騎士団長に対してつばを吐きかけるような台詞。
もともと誰か上の人間を敬おうだなんて気持ちも持ち合わせれいないだろう。
キュモールにとって地位はただの納まった場所に過ぎず、彼が求めているのは権力だ。

「そのときがきたらミーの率いる海凶の爪の仕事、ほめて欲しいですよ」
「ああ、分かっているよ。イエガー」

なんとも仲のよさげな会話だが、私が知っているイエガーの人柄だとただキュモールにあわせているに過ぎないのだろう。
キュモールはそれすらも分かっておらず、踊らされているようにも思える。
そこでイエガーは私たちが隠れる物陰に目を当てた。

(気づいてる)

これから忍び込もうとしている私たちにとってはそれは痛い、もしここで声を上げられでもしたらキュモールの部下である騎士団の人間が駆けつけてくるだろうが、イエガーは何事もなかったかのように視線をキュモールに戻す。
むしろ、協力的なまでにキュモール、そして海凶の爪の目的をわざとらしくキュモールに振る。

「ミーが売ったウェポンを使ってユニオンにアタックね」
「ふん、ユニオンなんて僕の眼中にないね」
「ドンを侮ってはノンノン。彼はワンダホーなナイスガイ。それをリメンバーですよ」
「おや、ドンを尊敬しているような口ぶりだね」
「尊敬はしていマース。バット海凶の爪の仕事は別デスヨ」
「ふふ、僕は君のそういうところが好きさ。でも心配ない。僕は騎士団長になる男だよ?ユニオンを監視しろなんてアレクセイも馬鹿だよね。その癖友好協定だって?」
「イエー、オフコース」
「退くならユニオンなんてさっさとつぶしちゃうよ。君たちから買った武器で。僕がユニオンなんかに躓くはずないんだ」
「フフフ。イエース、イエース」

そこで二人で腹を抱えながら労働キャンプの先へと歩いていった。

「いろんな意味で背筋がぞくっとしたね」

私はただそのとき苦笑いを浮かべるしかなかった。
まさか、イエガーが帝国と関係を持っているなんで思いもしなかった。
そしてキュモールとイエガーの間につながりがあるとは思えなかった。
何より、イエガーがそんなことをしているとは思えなくて私はただ息をついてその背中を見つめていた。

「あのトロロヘアー、こっち見て笑っていたわよ」
「キュモールの馬鹿はともかくあいつは明らかに俺たちのことに気づいていたな」
「馬鹿にして!

リタは地面を蹴りつける。
ユーリは「落ち着けって」と声をかけて私を見る。

「お前、あいつのこと知ってるのか」
「答えはたぶんイエスだけど」

あれは私が知っているような人ではなかった。
少なくとも、帝国と手を組んでユニオンをつぶそうだなんて考える人でもなかった。

「そうか、まぁとりあえずこのしたに街の連中が閉じ込められているんだな」
「ええ」

頷いたリタ、その瞳は疑いようもないものだった。

「みんな開放してやろうぜ。あのバカどもから」

その言葉を私は素直に受け止められなかった。
まだ、心の中でイエガーという人物について疑いが晴れなかったからだと思う。



中の様子は目も背けたくなるような状態だった。
光も差し込まない、ここは常に湿気くさく、それとともによく分からない異臭がする。
簡易なテントは布が破れ中がむき出しになっている。
とてもじゃないけど雨、風を凌げるものではないし、道中、この衛生状態の悪さに体調を崩し、倒れている人間を何人も見た。

「聖なる息吹、其の祝福をここへ、ホーリーブレス」

見つけるたびに私は体力をある程度回復する治癒術を施すが、数が数なだけに一人ひとりにかけるのは時間が要りすぎて、先にキュモールとイエガーを見つけ、この事態を収拾するのが先と断定づけた。

しかし、これといって解決方法はなくて、中で騒ぎを起こし、そのどさくさにまぎれて人々に逃げてもらう、その程度の妙案しか浮かばなかった。
奥へと進むと、まるで何か革を壁にでも叩きつけるような音が聞こえた。
否、それは革でもなく、ただの麻の鞭で壁ではなく人間の背中に叩きつけていた。


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