真実

ユーリの後を追うと、マンタイクの街の外れにある湖までたどり着いた。
彼はふっと一息をつき、空を見上げると足早に湖に向かう。
そこには彼の親友であり、今は騎士団の隊長でもあったフレンがユーリの到着を待っていた。
フレンは湖のほとりに腰を掛け、鏡のよう今の自分の姿を映す水面を見つめている。
ユーリは隣に並ぶが、二人が口を開くことはしばらくなかった。
私は遠からず、近くもない距離で彼らの会話を盗み聞いている。
無粋だと分かっているけども、どうしてもユーリ、フレンの様子がおかしかった、気になったんだ。

「立っていないで座ったらどうだ」

とフレンが重い口をやっと開くとユーリはフレンの隣に腰を下ろした。

「話があんだろ」

すべて見透かしたようなユーリの言葉。
フレンはつばを飲み込み、そして

「なぜ、キュモールを殺した」

そう聞いたのだ。
私はすぐに話が耳に入らなかった。
ユーリが、昨晩消えた。
その理由は、ユーリがキュモールを手にかけたから?
仲間に何も告げなかったのはそれか?と。
まるで、他人事のように冷静に考えている自分がいる。

「人が人を裁くなど許されない。法によって裁かれるべきなんだ……!」
「なら、法はキュモールを裁けたっていうのか?ラゴウを裁けなかった法が?冗談言うな」
「ユーリ、君は」
「いつだって法は権力を握るやつの味方じゃねぇか」

おそらく、フレンも離れて聞いていた私も同じ考えに至っただろう。

ユーリはラゴウを殺した、と。

カドスの喉笛でまさかと思っていたが、どうしても聞けなくて、忘れようともしていた。
背中に戦慄が走った。
自分を落ち着けるために、耳を触ってしまう癖、また空振りをする。

「だからといって個人の感覚で善悪を決め、人が人を裁いていいはずがない!法が間違っているなら、まず法を正すことが大切だ。そのために僕は、今も騎士団に居るんだぞ!」
「あいつらが今死んで救われたやつもいるのも事実だ。お前は助かった命にいつか法を正すから今は我慢して死ねっていうのか!」
「そうは言わない!」

フレンの「いつか」の話に怒号を飛ばすユーリ。

いつかのユーリとの会話を思い出す。

「法で裁けない悪、お前ならどう裁く?」
「なにそれ、ラゴウのこといっているつもり?」
「さぁな」
「私なら、甘いかもしれないけど。それでも法に訴えるわ。この世界で生きる上では世界のルールに従うのが当然だと思う。どんな理由でも犯しちゃいけないことがある。」
「そうか」

それはラゴウが帝国評議会の権力を以って、自分の罪をうやむやにしたとき。
あのとき、私はフレンと同じようなことを述べていた。
世界のルール、法に従い生きるべきだと。



「いるんだよ、世の中には。死ぬまで人を傷つける悪党が。そんな悪党に弱い連中は一方的に虐げられるだけだ。下町の連中がそうだったろ」
「それでもユーリのやり方は間違っている。そうやって君の価値観だけで悪人すべてを裁くつもりか。それはもう罪人の行いだ」
「わかっているさ。分かった上で選んだ。人殺しは罪だ」
「分かっていながら、君は手を汚す道を選ぶのか」
「選ぶんじゃねぇ。もう選んだんだよ」
「それが、君のやり方か」
「腹を決めた、といったよな」

私は何か小さい悲鳴のようなものを上げたかった。
認めたくない、自分で一番思っていたのだ。
私は騎士団も帝国のやり方も気に食わないと思ってはいた。
でも、私は市民とは違って、抗うすべもあったし、ギルドという逃げ道もあった。
所詮は他人ごとと見れていたのかもしれない、でもユーリは。

フレンはじっとユーリの瞳を見据え、そして剣を抜いた。
まるで自分が信じたものとは別のものをユーリに感じたのだろう。

「ああ、でもその意味を正しく理解できていなかったみたいだ。騎士として、君の行いを見過ごすわけには行かない」

と、ユーリに相対したそのとき、私が止めに入ろうかと足を動かしたが、それより先に割って入ったのはソディアだった。
彼女は「隊長!」と大きな掛け声と共に、やってきてフレンの前で敬礼を払うと
「こちらでしたか」と走り、むせ返るのも抑えて言う。

「どうした?」
「ノードポリカの封鎖、完了しました。それと魔狩りの剣がどうやら動いているようです。急ぎノードポリカへ」

とソディアがフレンの次の指令をせかすように早口で言うが、フレンは先ほどのことが抜けておらずどこか上の空で湖を見つめた。
そこにはすでにユーリの姿はない。
ソディアが現れるとまた厄介なことになると思い、姿を消したのだろう。

「隊長?」
「わかった」
「はい」

と、ソディアは街のほうへと戻っていく。
フレンは誰もいなくなった、湖を見つめ一人呟いた

「ユーリ、君の事は誰よりも僕が知っている、あえて罪人の道を歩むというのならば……」

それ以上は口にせず、フレンは夜の帳の中へと消えていった。

ついに一人になった私はいまだ現実には戻れずに居た。
二人のやり取りをじっと見つめていた、私は重い足取りで暗い湖のそこを見下ろしていた。

「ユーリが……ラゴウを……そして」

きゅっと唇をかみ締めた。
以前の私なら言えただろうか。
なぜ、そんな行いをしたのかと。

どちらが、正義で悪か。
誰が見ても、ラゴウやキュモールは人を陥れ、命をただの玩具程度にしか思っていない、そんな悪党。
でも、世界のルールからしてみると、
何かを救うために人を殺したユーリも

人を殺したことに正義も悪も
理由も、動機も関係ない

「っ……」

ユーリは今、どんな気持ちで居るだろうか。
どこまでも深い、海の底にいるのだろうか。
手を伸ばせば、引っ張られていってしまうような。
ユーリが、彼の居る世界が怖いと思ってしまった。



「あ……」

と、私が湖を見渡すと、蛍の光の発光体が踊るように湖の上を舞っていた。
それは私に気づけといわんばかりに私を中心として。
そのおかしな光景に目が視線が定まらないが、「蛍」を目で追うとそれらは湖の中心で集まり、一人の形を象った。

「……あなたは……」

どこかで見た?
そんな覚えもない言葉が口から漏れた。
全身を蛍と同じ淡い黄金のオーラをまとった、女性だった。
黄金の髪、そして血色の悪い肌、月の銀の瞳。
そして背中には天使を思わせるような羽根が、その存在感を語っていた。
彼女は、呆然と立ち尽くした、私を人差し指で指し、言う。

『エアルの乱れが……また』
「どう……いうこと?」
『もうわたくしたちでも……始祖の隷長の力をもってもエアルの乱れは抑えられない……急いで』

ゆっくりと、私の脳に焼き付けるようにまるで子に言い聞かせる母親のようにその天使は語る。

『このままでは……ほし…はみ……がまた……お願い』
「ほし…はみ?」
『思い出して……わたくしたちのこと……』

天使はそれだけを残して、湖に解けるようにして消えてしまった。
ほしはみ?
エアルの乱れ?
天使?

思い出しそうで思い出せない。
まるで、制限を掛けられてるみたいに、頭の痛みが全身をめぐる。
思い出したい、はずなのに
体がそれを拒否している。
あの天使も私はどこかで、きっと


 って
いるはずなのに。


「エル大丈夫です?」
「わう!わん!」
「エステル……ラピード?」

いつの間にやら私は意識を飛ばしていたらしい。
頭を地面に叩きつけられるくらい勢いよく私を揺り起こしてくれたエステルと何気に前足で私のことを踏みつけているラピード。
そして、頬をつねり安否の確認をしたユーリ。
私はユーリの指をつねり、頬を開放するとじんじんとした痛みが残っている。

「人が倒れてると思ったらエルだったんです。びっくりしまいしたよ。まだ具合悪いんじゃないですか?」
「……あそこに、人がいたの。そしたら」
「……お前なに言ってんだよ。湖に人が居るわけないだろ」

ユーリの言葉で私ははっと我に帰った。
私が指をさしたのは湖の真ん中。
当然、足場なんてあるわけもない。
「天使が」そう喉まで出掛かって私は飲み込んだ。

「大丈夫かよ。お前、本当にマンタイクに少し残ったほうが」
「冗談言わないで……少し疲れているだけだから」

そう立ち上がろうとすると、ユーリが手を差し伸べてくれた。
でも、その手を握る返すことは出来なかった。
「平気よ」と私は自分ひとりで立ち上がる。
その手とても恐ろしく思えたのだ、

ユーリはその空振りの手をエステルに差し伸べた。
エステルはそれをしっかりと受け止めた。

怖い、と思ってしまった自分は最低なのだろうか。
ここにいるユーリはユーリのはずなのに、違う。
違うと勝手に解釈しているのは自分だけだろうか?

ラピードが心配そうに私を見上げている
やせ我慢の大丈夫、それだけを返して「帰るぞ」と先に歩き出した二人の後を追った。
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