執政官の暴政

「うー」

2日かけて私たちは砂漠を越えて、マンタイクの町に戻ってきた。
マンタイクはヨームゲンの街より、じめじめしていて暮らしいくそうに思える。
マンタイクの街は相変わらず、出入り口は騎士団に見張られていて、マンタイクに戻ってくるのにも一苦労だった。
聞くところによると市民が外出禁止令を出されていて、人影はなかった。
とにかく夫婦を送り届けるために騎士団にいちゃもんをつけられないように街を歩いていると、街の広場のほうで人が集めっている。

「外出禁止令が解かれたのかもね……」
「でも……」

広場には大きな荷馬車と一列に並ぶ市民。
馬車に乗るように急かす、騎士の姿だった。
その中にはひときわ目立つ、派手な紫の騎士。

「キュモール……」
「帰ってきて早々、嫌なもの見ちゃったね……」

リタと私は武器を抜く。
そんな私たちを見、レイヴンは「落ち着きなさいよ」という。

「急いてはことを仕損じるよ」
「うむ、ここは慎重に様子見なのじゃ」

とパティに裾を引っ張られ、私たちは木陰の中隠れる。
キュモールは片手に鞭を持ち、市民を脅して馬車に無理やり乗せているのだ。

「ほらほら早く乗りなよ。楽しい旅に連れて行ってあげるんだ、ね?」

なにが楽しいだ、地獄だった。
私はきゅっと唇をかみ締めた。

「私たちがいないと子供たちは……!」
「翼のある巨大な魔物を殺して死骸を持ってくれば金はやるよ。そうしたら子供ともども楽な生活を送れるんだよ」
「お許しください!」
「知るか!乗れって言ってんだよ!下民どもめ!さっさと行っちゃえ!」
「私たちもあんな風に砂漠に放り出されたんです」

と夫が語る。
キュモールが変わるわけがないと知っていたが、私たち以外にもこんなことをしていたのか。
それも「金をやる」だなんて言っているが戦闘に立たされたこともない民間人にフェローを倒せるわけがない。
分かっていて、市民を放り出し、フェローを殺させようというのだ。

「どうして自分で行かないのじゃ?」
「それは野暮な質問じゃない?パティ」
「確かに、キュモールごときじゃフェローに踏み潰されるのがオチね」

実力で言えば、ナイフの扱いもまともできない、騎士団の下っ端の下っ端の下っ端。
私とリタがキュモールのことを散々、ひどいことを言い合う。

「分かっているからだろ。この砂漠が危ないって。俺たちがやばかったみたいにな」
「翼のある巨大な魔物ってフェローのことだよね」
「にしてもフェロー捕まえてなにしようってんだかね」
「ただ、手柄を立てたいだけとか……」

ダングレスト、そして帝国の姫を襲った魔物を退治したとなればそれなりに出世をするとおもうのだけど。
ジュディスが腕を組み、私たちを試すように問う。

「それでどうするのかしら?放っておけないのでしょ?」
「わたしが……」
「今は行かないほうがいいと思うのじゃ」

帝国の姫だと明かしてキュモールの暴政をとめようとしたエステルをパティがとめる。

「あのバカ、お姫様の言うことを聞きゃあしねぇな」
「ヘリオードの二の舞だね。今は大勢人が居るわけだし……」

ヘリオードでエステルが帝国の姫としてキュモールの暴走を追及したときに「じゃあやっちゃいなよ」と剣を向けた。
キュモールにとって騎士の誇りとは帝国のためにあるべきものではなく、自分自身のためにあるのだ。

今、私たちが飛び出て、エステルの地位を明かしたとしてもここに居るのはキュモールの息がかかった騎士のみ。
逆に拘束されて無事に帝国に更迭されるかも分からないのだ。

「カロル、耳を貸せ」

ユーリはカロルの耳元で何かを吹き込んでいるようだ。
それを聞いたカロルは「えぇ」と声をあげて、ユーリを見て「えぇ」と声を上げる。
それを見たジュディスは私に「この間拾ったものを貸して」というので私はバックをあさり、先日ジュディスに渡されたものを返す。

「出来なくもないけど……道具がって……もしかして」
「えぇ、準備は出来ているわよ」
「やっぱりね」

私がジュディスに返したものはレンチだった。
ジュディスはそれをカロルに手渡すと、カロルは肩を落とす。
カロルはじっとユーリを見つめると恨めしそうな顔でいう。

「危なかったら、助けてよ?」

といって、辺りを警戒しながら騎士団の馬車に近づいていく。
ユーリは私たちを呆れたように見た。

「やっぱり拾ったのか?」
「前に落ちていたのを。ね、エル」
「道端に落ちていたのを拾ったの」

確かヨームゲンでの話だ。
ジュディスと宿屋に帰ろうとしたとき、拾ってくださいといわんばかりにレンチが落ちていてジュディスが「これ、使えそうね」と私に預けたのを思い出した。
本当に彼女は準備がいいというより、未来が分かるんじゃないとか思う。
そんな彼女を「変なの……」の一言で済ましてしまうリタをはじめこの仲間がすごいと思う。

「ともあれ、少年の活躍に期待しようじゃないの」

とレイヴンが首で馬車を示すと、市民は馬車に押し寿司状態につめられていて、早くしないと走り出してしまう。
タイムリミットが近くなって、キュモールが馬車を見、あごを書きながら遺憾の言葉を漏らす。

「ノロノロ、ノロノロと下民どもはまるでカメだね。早く乗っちゃえ」
「キュモール様、全員馬車に乗りました!」
「じゃ、君も馬車に乗りなよ」
「え、わ、私も」
「仕事が遅いものにも罰を与えないとね?」

とせせら笑い、自分の部下までも馬車に押し込んだキュモール。
家族がいると懇願する騎士を足蹴にして、何度も踏みつけるキュモールを見て、私は一度抑えた怒りが再びこみ上げてくる感覚に陥る。
エステルが手を合わせて祈るようにカロルの名前を呼ぶ。
いまだ、彼は帰ってこないし、馬車は今にも走り出しそうだ。
ジュディスはエステルの肩を叩き

「大丈夫、できる子よ、あの子は」
「うむむ?」

と、急に走り出そうとした馬車の車輪のきしむ音が聞こえたと思ったら、後輪が2つはじけて馬車の動きは当然止まった。
馬車の本体も、反動で後部が砂に埋まってしまっているし、前輪も砂に足を取られて走り出せるような状態ではない。
そう、カロルはたったレンチを一本だけで、車輪のネジをはずして、帰ってきたのだ。
帰ってきたカロルは額の汗を拭い「ドキドキものだったよ」と深呼吸を繰り返す。

「でも、これってただの時間稼ぎじゃない?」
「これが限界ね。私たちには」
「うちらも旅の途中だからの」
「騎士団にたてついたらカロル先生、泣いちまうからな」

そう、凛々の明星はまだ駆け出しのギルドだし、今、講和モードの帝国にたてを突けば、帝国、ギルドユニオン両方から追われる身になる。
ユーリとジュディスが肝が据わりすぎているのであって、騎士団にたてつきたくないという、カロルの考えはもっともことだ。

「俺たち、気づかれる前に隠れた方がいいんじゃない?」
レイヴンの言うとおり、私はキュモールに砂漠に放りだされて始末されたことになっているし、ヘリオードの件もある。
馬車のこともばれるとまずい。

「それでは私はここで」

と夫が深くお辞儀をして、私たちに切り出した。
そう、彼らには愛するべき子供が帰りを待っているのだし、私たちとずっと居ると色々変な疑いを掛けられる。

「ああ、ガキに顔見せてやんな。今回みたいにいつも助けが来ると思うなよ」
「は、はい。エルさん、本当にお世話になりました」
「気をつけてね」
「はい。それとあなたが言ったこと、少し考えてみようと思います」
「私が……言った……ああ、うん」
「皆さん、色々ありがとうございました」

深く頭を下げて立ち去る夫婦。
ユーリも一息つくと「宿屋に隠れるに行くか」と仲間を引っ張っていった。
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