気づいて

「それじゃあ言葉をしゃべる巨大なフェローっていう鳥にエステルとエル姐は狙われている。でも二人の正体とエル姐の記憶を知っているのがそのフェローって鳥だというんじゃな?」
「まぁ、要約するとそうだと思う」

うん、と私は宿屋の机に向かって言う。
ベッドに寝そべり、私がさっき渡した本をじっくりと読みながら肩耳で聞くパティ。

「なぁ、エル姐。ここの意味が分からんのじゃ」
「あー…それね。私でも書いていたときよく分からなくて」
「エル姐が書く本は難しいのう」
「んー……。子供向けに書いているつもりなんだけど……ね」

私が旅に出る直前に出した本で「雪の女王」。
これも旅に出ると告げた私がカウフマンの怒りを買い監禁され書き上げたといういわくつきの作品だ。
ダングレストから帝都に向かっているとき、トリム港の店頭で始めて発売をしたことを知った私にとっての迷作だ。

「エル姐は新作を書いているのか?仕事熱心だの」
「旅をする資金っていうのも稼がなきゃいけないのよ」
「魔物を倒すだけで困ることない気がするんじゃが……」
「将来のための貯金かな……でも」
「でも?」
「前は書きたい話がぽんぽん浮かんできたのだけど、最近はあまり筆が進まない……」
「エル姐は最近変なのじゃ」
「?」

パティの声色が急に元気をなくした。
どうしたのかなと思い私が振り向くと、ぎゅっと唇を閉じてシーツを握り締めたパティ。

「何か思い出しているのか……?」
「分からない……」
「エル姐が記憶を戻しているとするならばうちもうれしい。だけど、エル姐苦しそうなのじゃ。それが……」
「でも、自分から目を背けちゃいけないじゃない?」
「そう……じゃな。うん」

そう、私たちはなにからも目も背も向けてはいけない。
きっとパティも同じ気持ちなのだと思う。
背を向けるということはきっとあきらめるということなのだと思う。
パティはバックの中からなぜか串に刺さった3色おでんを取りだすと私に向かって突き出す。

「おいしいぞ?」
「ありがとう。もらっておく」
「?どこか出かけるのか?」

おでんを受け取り、口に挟んだまま私が用意をしていたお風呂セットを持ち出す。

「ジュディにお風呂のお誘いを受けてるの。髪の中まで砂が入っていて」
「うちも後で行くのじゃ」
「了解、先にいって待ってるね」

ジュディにせっかくだからと誘いを受けたのだからそれを乗るほかない。
ジュディも気分転換のためにさそってくれたのだから。
私はきちんとあひるをのっけた風呂桶を持ったまま、廊下を抜けおうとすると反対側から現れる人影。

「おー。どこ行くんだ」
「ユーリこそ。部屋は向こうでしょ?」

と私は手にありあひるさんを隠し、おでんを口にしまう(ごちそうさまでした、と)
私とパティ、ジュディスの部屋は角部屋なのでユーリは用事はないはずなのだけど、と思っていると「パティにちょっとな」とユーリは頭をかき、少し困ったように言った。

「へぇ、じゃあパティと二人っきりで愛を深めてくるといいと思う」
「……お前、ちょっと本気で言ってるだろ」
「さぁ?とにかく、私はちょっと出かけるから、あ、レイヴン知らない?」
「?おっさんに何か用なのか?」
「んー。自衛のために先に縛り上げておこうと思って」
「?」

うん、ユーリは詳しいことは知らないほうがいい。
これはジュディスたっての頼みであるし。

「それじゃあ、パティをよろしく」
「エル」
「ん?」
「満月の子とかよくわからねーけど。気、落とすなよ」
「落ちているように見える?」

急に投げかけられた言葉に驚いたけど、平静を装って私はそう返した。
満月の子、それは世界の毒。
私とエステルに与えられた、存在の名でもあり、人とは違うと刻印を押されたこと。

「私より、エステルのほうがずっと気にしていると思うよ。私はもうじゅーぶん」

パティにもジュディスにもリタにもラピードにも散々、励まされたからもう大丈夫。
そう笑ってユーリの隣を過ぎようとしたけど、彼は私の肩をつかむ。
深い漆黒の瞳と、私の瞳が交わったとき、思った以上、怒ったような真剣な彼の表情を見て、私は少し畏縮した。
「そうじゃないだろ」といわんばかりの瞳。
でも、私は本当に「傷口」には触れてほしくなくて、肩に乗った手を振り払ったのだ。


「なにが大丈夫だよ」
「……」
「お前は何も言わないから、周りもそれ以上踏み込めねぇんだろ。少しは周りを信用しろ。お前が誰であったって」

「俺たちは変わらない」とユーリが告げるが、その言葉は私には届かなかったのだと思う。
私は「ありがと」とそう笑い、その場を去った。

ユーリの引き止める声がなくて、本当によかったと安心している自分が居る。
前にドンに言われたことがある。
私は他人に対して、本当に自分を語りたがらないと。
それは、私が何者か分からない。
自分の名前、自分の年、両親のこと、いるかもしれない兄弟のこと、友達のこと、私が好きなこと。

それが分からないのだから、私は他人に語れること1つないと思っていた。
そんな時、ドンに言われた。
じゃあ今のお前は誰なのだと。
昔の私は私で、今の自分は誰にも語れないのかとそういうことだろう。
今の私は私だ。
ティアルエル、ファンタジー作家で、ギルドに所属していた。
自宅はダングレストにあり、取材という名目で自分を探すためにしょっちゅう旅に出てみなを困らせている。
……それは私であって、ワタシではないのか。
ワタシは無理やり今の私を作りだしてるに過ぎない。

だからこそ、私は知らなきゃ前に進めないのだと思う。

気づかないで、平穏に過ごしていればこんな気持ちにはならなかったのだろうな。
と、どこまでも鏡に映ったような同じ雲が並ぶ、ヨームゲンの晴天を眺めて、ワタシは一人、泣きそうだった。


次の日の早朝。
ユーリの到着を待つ私たち。
ユーリがゆっくり宿屋から街の出口に近づいてくるのが見えると、私はふっと後ろを向いた。
そういえばと私は夫婦に視線を落とす。
彼らは子供も待っていることだし、私たちと一緒に帰るのが一番安心だと私も勧めたからである。

ユーリが到着をするとカロルは「これからどうしようか」と話を切り出す。

「あたしはカドスの喉笛のエアルクレーネに行くわ。始祖の隷長も気になるけどね」
「俺様はベリウスに手紙を渡さないとなぁ」
「僕もベリウスにあってみたい、ドンと双璧といわれているギルドの統領がどんな人なのか知りたいよ」

とリタ、レイヴン、カロルは自分のもともとの目的を語る。
するとパティが小首をかしげ「ベリウス?」と見上げる。

「そう、ノードポリカを治める戦士の殿堂の一番偉い人。統領って呼ばれているんだ」
「そういや、エルちゃんあそこの副統領と知り合いだったよね」
「前にちょっとね」
「顔が広いのね」

とジュディスの珍しい、お褒めの言葉をいただく。

「カロルはそんなにすごい人と友達なのじゃな」
「え?っと友達というか……えーっと……」
「俺もノードポリカか。マンタイクの騎士団の行動。フレンに問いたださなきゃな。ま、ノードポリカに居れば、の話だけど」
「私は……始祖の隷長が満月の子を疎む理由を強いたいです。だからフェローに会わないと……」
「気になるのは分かるけど、フェローに会うのならば何か別の方法を考えないと」
「そうだな、砂漠を歩いてフェローと探すのは難しそうだぜ」

ユーリたちの話を聞く限り砂漠を歩いたが、収穫は砂漠のど真ん中でパティを拾ってきただけらしい。
今回のように倒れてしまってはどうしとうもない。

「私はエステルについていきたいけども……」
「だったらノードポリカに向かうのはどう?始祖の隷長に襲われた理由……それが分かればいいんでしょ?」
「ジュディ……?」
「えぇ……」
「ベリウスに会えば、分かると思うわ」
「闘技場は始祖の隷長と何かしら関係があるってこと?」
「確かにイエガーがノードポリカの始祖の隷長がどうとかいってたよね?」
「でも、イエガーだよ」

と茶を濁したのは私だった。
イエガーが私たちのことをだまして、澄明の刻晶を盗み出そうとしたし、闘技場もめちゃくちゃにしてくれた。


「ま、ベリウスに会いに行くのならカドスの喉笛を通るわけだし、魔導少女にとっても都合いいわな」
「だな、じゃあノードポリカ目指すか」
「うん、まずはマンタイクに目指そう」

と歩き出した仲間。
私も続こうとしたが、パティが一人、私たちの背中を見つめていた。

「パティは」
「ノードポリカにはパティをよく思っていない人が……」

そう、ノードポリカであったパティに侮蔑の言葉をぶつけた人間が居る。
それを仲間が気にするが、私はパティはそんなに弱い人間だとは思わない。

「パティ、一緒に行こうか」
「のじゃ」

とわたしが手を差し伸べるとパティは私の手を握り返して、笑ったのだ。
それがとてもうれしくて、私も釣られて笑った。

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