幻想卿ヨームゲン

次に目覚めたときには、ざらざらとした砂のベッドの上ではなかった。
誰かが掛けてくれただろう薄手のシーツを退かし、起き上がるとそこは先ほどの地獄のような場所とはかけ離れた場所だった。

「なんで……」

こんな場所に居るのだろうか。
砂漠で力尽きたとき死も覚悟していたのに、こんな場所でぽかんと天井とにらめっこをしている自分が間抜けで仕方ない。

「おはよ」

と隣で声をかけた少女は本を手放すことも目をそらすこともなくそう軽く挨拶をしたのだ。
俺がそれを露骨に嫌そうな顔をするとやらやらといった様子で本を閉じる。

「お前、ここでなにしてるんだよ」
「その前に言うことがあるんじゃないかな?たとえばここはどこだ、私は誰だ?みたいな感じで」

冗談でもそう笑うエルに俺は正気の沙汰を疑いたくなる。
もちろん本人は話を逸らすためにわざとやっているのだろうけど、やっていいときと悪いときがある。
そんな俺の無言を察したか、エルは急にしおれ、きゅっと唇をかみ締めて「ごめんなさい」と一言だけ残して駆け足で部屋を出て行ってしまった。



外に出ると仲間がみんな集まり、部屋を出て行ったエルも無言でその中に居た。
状況を把握できていないのはみんな一緒らしく、俺がここまで来るのに宿屋の女将さんに話を聞くと、俺たちは町の近くで倒れていたらしい。
女の子が必死に街に駆けつけて助けを求めたという。
多分それはエルだったと思う、エステルは俺がおきるぎりぎりまで寝ていたというし、その女の子が治癒術を使ったとも言うから。

「ここはどこなんでしょうね?」

とジュディスが急に投げた言葉を拾い、答えたのはやはりエルだった。

「ヨームゲン」
「え?」
「街の人がそう言ってた」

カロルにそう返すと、俺たちを見、エルは深深と頭を下げた。

「ごめんなさい」
「何でマンタイクを出たんだ?」

そうエルは俺たちがマンタイクに残してきた。
体の体調はまだよくないようで、顔は心なしか青い。
彼女も了承していたのだから心配でついてきたなんて言葉は返ってくることなく黙るエル。
そして「理由はない。それで今回迷惑を掛けてしまったのは謝る」そう俺たちを見据えていったのだ。「そうね。全部あなたのせいとは言わないけどおかげでみんな死に掛けたわ」
「ジュディ!」

そう言い切ったジュディ。
その瞬間、耳が痛くなる音が鼓膜を叩いた。
ぱちん、と小さな音が落ちた。
長い沈黙が落ちたのとエルがはたかれた赤く熟れた左頬に手を当ててじっと押し黙っていた。

「あ、エルだいじょう……」
「大丈夫……ごめんね」

「ごめん」と苦笑いを俺たちに送るとエルは足早に走り去ってしまった。
どこに向かったなんて俺たちにも想像もつかなかったし本人もそうに違いない。
ビンタをかましたジュディスさえもいつもの笑顔はどこにいったが猛威を振るった右腕を暗い表情でじっと見つめていた。
仲間の中でもなんともいえない沈黙が流れていた。
俺でさえ声をかけずらい、それくらいエルは悲痛の面持ちでいた。

「あの……」
「ん?」

ああ、と俺が頷くと中に入ってくる夫婦。
エルが連れていたこの夫婦は驚くことに出発前に凛々の明星がマンタイクである兄弟から依頼を請け負った探し人だったのだから。
もしかしてエルが其のことを知って助けに向かったのかと思うと本当に偶然だったらしい。

「んで、あんたたちは」
「あの、マンタイクでエルさんに会ったんです。気色悪い騎士に馬車に乗せられそうになっているところを」
「ほー。そうだったのね。でも」
「騎士に向かったエルさんの足元から急に影みたいのが伸びて騎士を取り押さえたところでエルさんが急に苦しみだしたんです。それで」
「……影ね」
「エルさんも騎士に取り押さえられてしまい。一緒に砂漠に」
「魔物からかばってくれたり……」

説明する妻にぼそぼそと言った夫の言葉を聞き取れないが、あいつも結局はお人よしで巻き込まれてきたということか。
「本当に迷惑を掛けました」と語る夫婦。
それより、思ったのが「影か伸びて」という言葉。
ガスファロストであいつが別人のように豹変したとき、影が俺たちを襲った。

「少しやりすぎたかもしれないわね」
「ジュディス」
「あの子もエステルのように他人を放って置けない子だったわね」

とジュディは再び手に落ちた後悔を見つめた。

「まぁ、とにかくだ。エルがここはヨームゲンだっつってたな。ここがどこだかわからねぇとどうしようもねぇだろ。情報集めにいこうぜ」



とても心が重かった。
ひりひりと痛む頬を押えていた。
ジュディスの言葉よりビンタが重く突き刺さった。
確かに今回はユーリたちに散々宿屋を出るなと釘を差されたし、私が出てはいけない問題だったかもしれない。
結局私は仲間を危険な目にさらし、謝ることしか出来なかった。
いつも他人に偉そうに語るくせに……。

『だからあなたはいけないんだ』
「うるさい」

抑揚のない声が私の頭を殴るようにして語りかける。
頭痛が痛い。

『そうやって他人を巻き込んで、結局誰も救えなかったのだろう』

と。
耳を塞いでもエコーのように反響してくる声が私を襲う。
前にも聞いた私を陥れるような 罵声はどこか聞き覚えのあるような声だ。
これは夢だ、そう思いたくても頬の痛みが現実だと証明をする。

「おい、エルどうしたんだよ」
「ユーリ?」

ユーリに肩を揺さぶられて私はぽかんと彼を見つめた。
ユーリが内心あせったようで、表情からそう読み取れる。
あの変な声はもうしない。

「急に一人でうるさいとか言い出すからおかしくなったかと思った」
「そんなこと言ってた?」
「ああ、周りに聞こえてたぞ。な、ラピード」
「わう」
「ラピードまで」

足元で肯定の意をこめて吼えるラピードの頭をひと撫でするとラピードはぐるぐると喉を鳴らした。

「そんなに痛いなら治癒術で治せばいいだろ」
「あぁ、これ」

と私の頬を押える左手を取り除こうとするユーリだが私はゆっくりと首を横に振った。

「何でも治してしまったら仕方ないもの」
「だからって痛々しそうに見せるのも問題だろ」
「んー。でも」
「ジュディは怒っているわけじゃないだろ」
「え?」
「ジュディは仲間を怒った程度で仲間を殴ったりしないだろ。あれは怒ってない。心配してるんだぞ」
「心配?」

まったく想定していなかった言葉。
ユーリはいつもの笑み浮かべ、私の横に並び、家の垣根に寄りかかる。

「だろ、ジュディがあんなに表情が変わることはないぜ。あれはお前のことを心配してたからこそいえるんだよ」
「……」
「だからそんな顔すんな」
「?」
「今の顔を見たらみんなに笑われるぜ」
「悪かったわね」

泣きはらしたような顔をこするとさらに赤くなったような気がする。
ラピードは慰めるかのように私の頬を撫でる。
こういうとき、ラピードはなんて親切な人……だと思う。

「もちろんジュディだけじゃねぇ。みんな心配してたんだぜ」
「うん……」

わしゃわしゃと私の頭を撫で回すユーリ。
こういうとき、本当不器用なんだなと思う。

「ユーリ、どうしたの?」
「んや、ちょっとな」

急に口元を押えるユーリを見ても顔を合わせてくれない。
「変なの」とラピードに声をかけると賛同してくれるように「わう」と唸る。

「それよりお前がここまで助けを求めたんだってな」
「あ、うん」
「砂漠でフェローに見たいのに会わなかったか?俺らはカドスの喉笛で似たようなやつを見てんだよ」
「さぁ?見てないけど」
「私が気がついたときには近くに街が見えて」
「そうか、ならいいんだ」
「そう……」

ユーリの意味深な言葉。
私はラピードをぎゅっと抱きしめる。

「なに?ユーリそんなに見て」
「んやラピードと仲がいいなって」
「そうかな。パティとの方が」
「エル姐−!」
「パティ!」

全速力でこちらに走りこんでくるパティを両手を広げて受け止めると、パティは私は私の胸の中で

「エル姐。ユーリと二人っきりはいただけないのう」
「あー。うん……それは」

返事に困る。
パティはリタに似て素直じゃないからこういうのか、それともユーリに心底惚れているのか。
私は立ち上がり、パティをたたせる。

「ラピードも居るから二人っきりじゃないわ」
「エル姐はラピード公認なのか。侮れない……」
「え?」
「パティ、みんなは?」
「そろそろ来るはずじゃ」

とパティの言ったとおり仲間がぞろぞろとこちらに向かってくる。
先頭に立ったジュディスは私の前に立つ。
ジュディスは私の前に立つと手を差し伸べた。
私がそれを支えに立ち上がると彼女は私の目の前でにっこりと微笑んで言った。

「さっきは悪いことしたわね、痛くない?」
「謝っている感じがしないのだけど……ジュディス。私もごめんなさい。もう無理をするのは止すことにする。他人に任せるわ」
「それでいいわ」
「あんたらねぇ」

「それでいいの」と指を差してくるリタに私たちは顔を合わせて笑う。
変なところでジュディスとは気が合うしそれに

気楽な自分でいられる。

「ジュディ、ありがとう……」
「あなたが素直なほうがいいんじゃないかしら?」
「そうそう。いがみ合われているとこっちが迷惑だわ」
「リタに言われたくないわ」
「あんた、あたしをどんな目で見てんのよ」
「……。言ったら絶対怒るもの」
「言わなくても怒るわよ……ってエステル。なに笑ってんのよ」
「うふふ……リタが楽しそうだなって」
「私はエステルよりレイヴンが笑っているほうが気になるけど?」

と首でレイヴンを示す。
レイヴンはさっきから私たちのやり取りを「きひひ」とかおかしな笑い声を上げながら聞いていたのは知っている。
とリタはレイヴンの元に行くと無言で彼を殴りつける。

「リタっちったらひどい」
「その呼び方やめろって言ってるじゃない。それになにニタニタしてんのよ」
「いやー。女の子たちが仲良くしている姿って見ていてほほえましいのよ」
「修羅場ばっか体験しているレイヴンにとっては貴重かもしれないね」
「そうそうって……俺エルちゃんにそんなイメージしか持たれていないわけ」
「まぁ、いいイメージを探す方がむずかしいかな」

そうおどけて笑ってみせると、なぜかそれを見ていたユーリまで私に笑いかけてくれている気がした。
私は泣くより、こうやって冗談を言っている自分の方が好きなんだ
だけど
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