こころあるもの

「なに、これ……?」

形は鳥だった。
両羽に、そして嘴のような顔面から出た突起、そして空を舞う姿。
しかし全身はゼリーのような様態であり、一戸建てほどもある大きさ。
体中のいたるところから触手なようなものも伸びていて、気持ち悪い。
こんな魔物、今まで見たこともないし、聞いたこともない。

その魔物は宙で迂回すると、勢いを増してこちらに向かってくる。

「危ない!」

私が夫婦を突き飛ばして、目に砂が入らないよう目を瞑る。
巻き上がる風と砂に巻き込まれて、半分埋まってしまっているし、目にも口にも砂まみれだ。
私が必死に目をこすって視界を確保する。
夫婦はどうやら少し吹き飛ばされたらしく、離れた場所で夫が妻をかばうように覆いかぶさっている。

「これ……まずいかも」

当然、夫婦の戦力はまったくない。
魔物の巨大な姿と、未知の力、そんな相手に私は勝つことが出来るのだろうか。

「そんなこといってる間でもないか」

杖を握り締め、魔物と相対する。
内心、自分にあざ笑うと私は上空に居る魔物が急降下をする前に術が完成する。

「聖なる刻印、その身に刻め!クラスターレイド!」

上空から降りてくる私の術式が敵を地面に叩きつけ、十字の刻印が敵をぎりぎりと刻み付けるが、魔物がその両羽をばたつかせ抵抗すると十字は淡い光となって消える。

「まずい……!」

私は咄嗟に離れるが、逆上した魔物が炎をまといこちらに向かってくる。
すんで避けるが、肩口が炎と接触して炎で服が焼け落ちる。
むき出しになった肩を押さえ、焼ける皮膚を手で押さえつける。
しかし、相手が炎を使える相手とするならば、もしかしたら弱点があるかもしれないと

「凍える氷塊、アイシクル!」

私が氷の術を発動した瞬間、あたりの雰囲気が激変したので、空を見上げると太陽が黒点のような黒いものに覆い隠されている。
気温も急に肌寒さを感じるくらい下がった。

「エルさん!」
「っ!」

読めない敵の攻撃と状況に頭がよく回っていなくて、彼女が声をかけてくれるまで敵のことは頭から吹っ飛んでいた。
敵の姿はすぐ真上にあり、降下してくる。
巨大な鉄球が上からおちてくる、そんな恐怖に支配されたとき

「なにやってるんだよ!」
「!!?」

急に手を引かれ、私の体は砂の上に投げ出される。
魔物の顔?らしい箇所には、槍と矢が貫通しているのが一瞬見えて顔面から砂にめりこんだ私。

「ユーリ……?」
「わり、ちっとやりすぎた」

不快感丸出しの声で言うと、犯人は私を頭上から見上げるように声をかける。
私は口の中に入った砂をむせだしながら、見上げると仲間の姿がそこにあった。

「エル大丈夫です?いま治癒術を」
「私は平気だから、あそこにいる夫婦を先に」
「夫婦って、まさか?」

と、カロルは夫婦を見ると、ユーリに確認のためだろうか目を合わせると「だろうな」と意味深な言葉を発する。
「え?」と私だけ取り残されている。

「エル姐は無理をせずに下がっておれ」
「パティ……?」

彼女までなんでこんな場所に居るのだろか。
いや、仲間にとって逆に聞かれてしまいそうだ、と思ったときだった。
ジュディスの槍とレイヴンの矢が魔物を貫いたはずだが、私の魔術同様たいした効き目もないらしく、まるで埃を払うかのように体をゆするといともたやすく抜けてしまった。

「な、なんなの。あれ」
「私が聞きたいわ。本当に沸いて出てきたんだから」
「砂漠の中、厄介なのが多かったけど。こりゃ破格だわな」
「わう……」

とラピードは私の前に立ちながらも、体を丸めて実力差を認めたかのようにうめく。

「ラピード……」
「来るぞ!」

ユーリの掛け声が合図だったかの用に魔物はこちらに向かって突進を図る。
私たちは散りじりになってそれをかわすと、後衛陣は術の詠唱に入る。
いくら私が、個人戦も出来るといってもそれはあくまで普通の敵を相手にするときの話。
前衛のユーリ、ジュディスの足元にも及ばないし、ラピードなんて戦闘中は下がっていろという意思表示まで見せてくる。
それに今だに体調が全快ではないのを自分が一番よく知っていた。

「英雄の凱旋歌、響け!ファランクス!」

とにかく、彼らの手助けになろうと、必死に詠唱をした。
リタも私の魔術も相手は属性を変えるタイプの魔物のようで、効いたり効かなかったりとまるでギャンブルでもしているかのようだった。

戦いは予想もしなかったほど長期化した。
照りつける太陽に、上から下から混ざるように巡る熱気に私たちの体力は限界まで奪われていく。
カロル、パティは小さいので体力もなく最初めまいを起こし、倒れてしまった。
リタやエステルも倒れていき、私の体力も限界に近かった。

「エルちゃん、生きてる?」

というレイヴンの問いかけに声も出なくて苦笑いで対応するしかない。
前衛陣であるユーリもジュディスもなんとか気力で戦っているのは見ていて分かる。
これ以上の戦闘は無理なんだ。
しかし、魔物もだいぶ疲弊しているらしく、あと一押しなのだ。

もともとこんな戦いに私が引き込んでしまったのだから、私が倒れるわけにはいかない。
その一心で、私は立っている。

「彼方遥かより吹く、激しき風よ、敵をなぎ払え!ターピュランス!」

風が刃となって敵を真っ二つに引き裂いた。
先ほども同じことをしたが、すぐに合体し、再生されてしまったけど

「円月牙!」
「風月!」

ユーリとジュディスがおのおのに追い討ちを掛けると、再生することなく水風船の体はぼとんと音立てて砂に解けてなくなった。
それを見届けた瞬間、ユーリとジュディス、そして隣にいたレイヴンまでも事切れたように地面に倒れたのだ。

「ユーリ、ジュディス!」
「大丈夫だ……それより、みんなを」

大丈夫なわけがない。
今まで気力だけで戦っていたのだ。
私も、体中がしびれるように痛い。
それに雪山で遭難するのと逆パターンだけど眠気に持っていかれそうなのだ。
砂漠の真ん中、当然助けも呼べるわけがない。
どうしたらいいかわからなくて頭が真っ白になって左腕で砂を握り締めていたとき、急に巨大な雲が太陽に覆いかぶさったのだろうか。
一瞬つめたい風が吹いたと思い空を見上げて見ると、そこには。

「まさか、フェロー……?」

巨大な鳥が上空で私たちを見下ろしているのだ。
フェローだとしたらなんていう最悪な状況なのだろうか。
どうすることも出来なくて、座り込んでいる私の横でユーリは「俺を食って腹でも壊しやがれ」だなんていいたいこと言ってくれる。

「わ、たし。あなた」

フェローでも誰でもいい。
もし、本当にそれだとして、私たちの命を狙ってきたとするならば私一人の命をささげてもいいから仲間を助けて欲しい
そう懇願したい思いで、最後の力で見上げたとき、目に映ったのはフェローとはまた別の魔物だったのだ。
その魔物は鳥というより、御伽噺に出てくるようなドラゴンと言ったほうが似合うだろうか。
フェローではないにしろ、この状況はあまり変わらない。
しかし、その魔物はカナリアのように美しい声で私に問いかけたのだ。

「助けたいですか」

と。

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