コゴール砂漠

「最悪な結果……」

放るように夫婦と捨てられたのは草木さえ生えない砂漠の真ん中だと理解するのにだいぶ時間がかかった。

「なにを考えているんだろ」
「もう、おしまいだ……」

事態を飲み込めず、呆然とあたりを見渡していると、男の方が頭を抱えてその場に経垂れ込んだ。

「何で、市民を砂漠なんかに」
「騎士が急に乗り込んできたのです。あの気色の悪い騎士が言うには砂漠の中央に住む巨大な魔物を捕らえれば助けてやると」
「魔物、まさかフェローのこと?」

気色の悪い騎士というのはキュモールのことだろう。
そして魔物は私たちが探しているフェローのほかない。

「私たちはどうしたらいいんだ。そして子供たちも。もうおしまいだ」
「子供……?」

男のぼやきを聞く限りこの夫婦には子供が居るらしい。
話を聞くと、子供の目の前でつれてこられたらしい、子供はマンタイクにおいてこられたらしい。
砂漠の真ん中につれてこられるのも問題だが、幼い子供が2人で取り残されているという。

「本当に血も涙もない知能もない人間ね。キュモールは」

本当にどうしようもない人間だ。
私は文字通り落胆をしている男の肩に手を乗せる。

「ここが砂漠の真ん中だとすると近くにオアシスがあると聞いたわ。まずはそこに向かいましょう。マンタイクに帰るの。魔物も私がいれば何とかなるわ」

こんな状況のおかげで頭痛も気にもならなくなってきたし、頭もさえてきた。

「私の名前はエル。元ギルドの人間です」

ギルドの人間、そういうだけで少しは安心してくれたらしく私たちはなんとか立ち上がって歩き出す。


照り焼かれるような強い日差し焼けるような皮膚の痛みに襲われていた。
何とかお互い励ましあいながらも歩き、歩きと何時間続けただろう。
少量の水ならばぽうぽつと生えていたサボテンからとることが出来たが。
魔物とは何回も対峙することはあったけど、先ほどのような痛みが襲ってくることもなく、術のコントロールが利かなくなるなんてことはなかった。

「あの騎士は急に町にやってきたんです。それで騎士団の監視下に置かれたのです」
「今まで同じことはなかったの?」
「はい。私たちが知っている限りではマンタイクに帝国が干渉してくることはありませんでした。もともと外交があまりない街です。ノードポリカからたまに商人が訪れるくらいで」
「そう……」
「何でもノードポリカを指揮するベリウスに人魔戦争を裏で手引きしたという嫌疑が掛けられたとか」
「人魔戦争?」

私は周知のとおり、2年前以前の記憶がない。
人魔戦争は人づてに聞いた話しかないが、10年前に人間対魔物の前面戦争らしい。
魔物に意思や知識があるのかも分からないのだからそれを戦争というのはおかしいかも知れないが、騎士団とギルドが一時期手を組んだ、歴史的大戦らしい。
しかし、その核心に迫る話は帝国に握りつぶされている。
天を射る矢にも戦争に参加した人間もいるが本当に魔物と戦った、それぐらいの話しか聞いたことがない。
一般の人間にいたっては、世界的に流通や、魔物の被害で恐慌に陥った、それぐらいの認識でしかないのだ。

「手引きって、そんなまさか」
「えぇ、だから帝国のあてつけだとみんな噂しています」

と、私と妻が話をしている間も夫は先を急ぐように歩き出す。

「そんなに急ぐと体力が尽きてしまいますよ」
「あなたこそ、無駄な話ばっかりしていると喉が渇きます」

無駄な話……少しカチンと来たけど、私はこの夫婦以上に何も知らない状態で放り出された。

「アルフとライラが心配なのは分かるけど、エルさんにそんな」
「……気にしてません、から」

それは嘘だけども、この二人は一刻も早くマンタイクに戻りたいのだ。
何も知らない子供が砂漠に追ってくるかも知れない、彼らの話を聞く限り、子供たちが頼れるような大人は両親のほかいないと。

「帝国は私たち市民のことはただの捨て駒にしか思っていないんですよ」
「そんなことは……」

夫の言葉に「ない」と言い切れなかった。
そう、キュモールは確かに貴族の奴隷にしか思っていない、それは私にも分かっている。
でも、彼の言葉の帝国すべてがそうじゃない、私はこのとき、ふっとフレンのことが頭に浮かんだのだ。

「だって、そうでしょう?帝国はあんな騎士を放任しているのでしょう?現実の問題、帝国がマンタイクに来たことはありませんが、困ったときに手を差し伸べてくれたことはありません!」
「……」
「私はマンタイクに帰ったらあの騎士を刺し違えてでも殺してみせます。そして帝国の人間に」
「見せ付けてやるとでもいう?キュモールはフォークより重いものを持ったことないような人間だけど一応騎士よ。包丁程度しかもったことない人間では無理よ。それにああいうタイプは絶対一人にならないから無理ね」

自分でも怖いくらい淡々と言葉をつむぐ。
ただ口から考えもなしに出る、否定の言葉。
私の術の暴走さえなければ、一人でどうにかできただろう、キュモール隊の実力はその程度なのだ。

「それにキュモールを面前と殺せばそれこそ、帝国に責められる機会を作るだけよ。それに、困ったときだけ手を差し伸べてもらおうだなんてそんな話はないわ」

「論外よ」と私が告げると、きっと鬼の形相でにらみつける。
しかし、それが怖いとも思えなかった。

「なら、弱い人間はどうすればいいんですか!私たちのような」
「……」
「それは……私も今、考えているところなの……本当に虐げられている人間はどうしたらいいか……」

答えにならない、私の言葉こそ論外だ。
これだけ偉そうに言葉をぶつけておいて、答えはありません、分かりませんだなんて。
それでも、言い返す気力なくその場にひざをついた夫を支える妻。

彼らの言うとおり、私でもラゴウやキュモールのような人間からいかにして弱者を救えばいいのか。
誰かを救えるほどの権力があるわけではない、誰よりも強い力を持っているわけでもないのだから。

考えれば、考えるほど身がつぶされそうなほど重い。


「な、なんでしょう。あれは!?」
「え?」

急に夫が立ち上がったと思えば、指を差す地平線より遠い彼方。
目で追えば、まるで駆動魔導器のようにものすごいスピードで砂を巻き上げてこちらに向かってくる。

「魔物?……私の後ろに」

私が夫婦を隠すようにして前に立てば、姿を確認できるほど近くに来た魔物の姿は異質なものだった。

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