心配事

「青年、どうだった?」
「本人は大丈夫だと言ってたけどな」

本当のところはどうだか分からないと言うのが本心だ。
エルがいまだに自らの本心を語ることがない。
知っている、俺に聞きたいことがあるのも。
本当はラゴウのことだって俺に掴み掛かって聞きたいに違いない。

「医者はなんていってた」
「エルちゃんのはストレスだろうって、お嬢ちゃんも困ってたし」
「ストレス、ね」
「まぁ、ギルドクビになったり海凶の爪のこともあったりするからね。今まであまり口に出さなかったけどね」

俺はただ口をつぐんでいた。
エステルは、目を伏せると

「本当にいいんでしょうか」
「エステルが決めたことだろ、あいつも納得していた」

それは嘘だ。
行きたくて仕方ない、そう顔に書いてあった。
でもそれを口に出して他人を困らせるような性格はしていない。

「あいつを連れて行くってことは逆に危険にさらすってことだろ。そんなことできるか」

それこそギルドの理念に反することになる。
本人には悪いが、このオアシスの街マンタイクは騎士団が最近寄り付くようになったという。
長い間ここにとどまるわけにはいかないし、あまりかかわりたくないがおっさんやリタの用事も済まさなきゃいけない。

「それにあいつはギルドの人間ではない、危険なことを無理強いするわけにはいかないだろ?」
「そうだね」
「ここで少し休んでりゃ体も回復するだろ」

それを願うばかりだ。
ジュディスは俺を見上げると、笑みを深めていった。

「心配だもんね」
「その通りだけど、なんだよその笑み」
「いえ、それ以上に何かあるんじゃないかって思って」
「何かって、なんだよ」

と俺が聞き返せばジュディスはただ笑うだけ。
隣でカロルは挙動不審にレイヴンとジュディスを見比べているし、レイヴンは笑ってやがるし。
俺が特別に目を掛けてるということか、それはもう当然のような気がする。
俺の懐にある彼女の魔導器、返せずに彼女を苦しめている俺自身がこんなこと言ってはならないと分かっているのに。

「ジュディ、悪いけどあいつのこと頼むな」
「えぇ、分かっているわ」

俺が近づいてもラゴウのことを聞こうとして聞けないで居るってだけで体を蝕んでいる。
ジュディはそれを知らないのに、ただ理由を聞かず頷く。
ただ事ではないと分かっていてくれてそれで察してくれるなんて。

「何の話をしているの?」
「あぁ、エル。起きて大丈夫なの?」
「わう」

擦り寄るラピードを撫でるエル。
どこか薄い表情でこちらを見渡す。

「エステル」
「あ、はい?」

宿屋の隅に居たエステルを見つけると「気をつけていってきてね」と笑って声をかけた。
エステルは申し訳なさそうに謝るが、何でと逆に聞き返す。

「私はマンタイクで騎士団のことを少し調べてみるわ。あとはノードポリカのこと」
「そんなことしてないで、ゆっくり休んでください」
「エステルのいうとおりだ。分かったな」

そっぽを向いてちっと舌打ちをするエル。
よかったいつもどおりだ、なんて思えなかったが、怪訝そうに見つめるジュディスに「大丈夫だろ」そんな言葉しか掛けられなった。





「この幽閉状態、いつか味わったな」

そんな恨み言をただ聞き流す。
結局、エステルやカロルにうながらされ部屋に居るが、隣の部屋がジュディスであることを告げるとエルはとたんおとなしくなり、部屋にこもった。
いつか見た部屋の光景で、足場もないほどになっている。
ヘリオードといい、こいつの自宅といいこれはどうなっているのだろう。

「心配しなくても大丈夫だよ。前もカウフマンにつかまって10日間部屋から出してもらえなくてひたすら執筆していたときもあるから」
「そりゃ、地獄だな」
「そう、まるで地獄絵図だよ。トリム港とかで捕まると最低だね。幸福の市場の本部につれていかれて監視つきとか。後はそうねダングレストだと自宅を黒ずくめの男に囲まれてとか」
「どういう生活送ってきたんだよ」
「本当に逃げ出したくてハリーに泣きついたことあったよ。仕事斡旋してもらった逃げたりとか」

と、ペン先にインクをなじませながら背中越しに言うエル。
寝る気はない、そういって本職を始めたエル。
俺は部屋にお邪魔すると、こいつがすごいスピードで書き上げていく姿を背中越しに見ている。

「今はどんな話を書いているんだ?」
「んーっと。前に書いていたものの続き、かな」
「へー。ちょっと見ていい?」
「だめ。見たいんだったら市場に出回ってから」
「それはつまり買えと」
「当たり前でしょ?」

「当然」と言い放つエル。
こいつの本のことをエステルに聞くまで知らなかった俺に言うなんてどうかしている。

「そういや、お前。昔から偏頭痛を持ってたとかないのか?」
「体は健康なほうだったんだけどね、昔は知らないけど」

そう、こいつは記憶がない。
2年以上の前のことはエルにとっては昔ではない、存在しないいわば忘却の記憶。
本人は記憶がないなんて思わせない生活を送っているからつい忘れがちだが、こいつも周りが分からないことだらけなんだ。

「ねぇ、ユーリ」
「なんだ?」
「最近、フレンに会えなくて寂しいとかない?」
「は?なに言ってるんだよ」
「ほら、フレンの話になると難しい顔するから、つい会えなくて寂しいのかな、って」
「あいつは俺の家族か」
「家族というより恋人って感じかな」

どんな目で見てきたんだよ、冗談で言ってるつもりなんだろうけどな。

「そんなんじゃねぇよ。でも確かに闘技場乗っ取ったりよくわからねぇな」
「ナッツさんの話だと騎士団は戦士の殿堂に圧力を掛けてきてるみたいだね。表向きは手出ししてないみたいだけどなにが目的なんだろう」

と、ペンを止め深く考えに入るエル。
こいつの言うとおり、騎士団がノードポリカに手を出す理由も分からない。

「ダングレストと講和を結ぶためだったら戦士の殿堂に手を出すとは考えられないのだけど」

といって、頭を抱えるエル。
「知恵熱か」と声をかけると「子供じゃない」
とすっぱり言い返される。

「フレンのことを嫌な予感しかしないけども、帝国の考が分からないとだめね。ノードポリカに着いたら幸福の市場の人に聞いておくわ」
「あぁ、そうしてくれ。本当顔が広いと便利だよな」

こいつのギルド同士の繋がりが駆け出しの俺たちのギルド凛々の明星にどれほどプラスになっているか。

「無理、だけはすんなよ」

その言葉はこいつに届いたか分からない。


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