凛々の明星

ぼんやりとした視界の中、私は空を見つめていた。
星の煌きはまるで宝石のように大きさも光も千差万別で、私たちが生まれるずっと、ずっと前から空から私たちのことを見守っているのだろう。
辺りは当然だが人影はなく寂しいほど静寂に包まれている。

「何やってるんだよ」

そんな中、ひとつの声が落ちた。
私はゆっくり振り向くと、彼に笑いかける。

「ちょっとくらい感傷に浸ってみようかなって思って」
「そっか、そりゃ。邪魔したな」
「ううん、別に」

ユーリは私の横に並び立つと、じっと同じ地平を眺めた。
ただ、何を言うこともなくそこに立っているだけ。
なんて声をかけていいか分からなくて私はただ黙っていた。
3ヶ月前、帝国に発った時はこんな事態になるとは思いもしなかった、ギルドを追い出されて少し自分の道を失いかけている。
でも皮肉なもので今だからこそ、手に入れたいと思っていたものが最も近くにある。

「なぁ、エル」
「う、ん?」

急にこちらを見て、真摯な瞳といつもよりいくらか低いトーンで名前を呼ぶユーリ。
私はかしこまったように体を伸ばし、首をかしげた。

「お前、あの魔導器大切なものだったんだろ?」
「たぶんね」
「すぐに取り返しに行かなくていいのか?」
「だって、あせっても仕方ないもの。本当は行きたいところだけど、エステルもあんな様子だし。エステルが帝都に戻るっていったら一緒に帰ってラゴウのところに行こうかなって」
「ラゴウ、か」
「ユーリ?どうかした?」

確かに執政官ラゴウには苦渋を飲むような嫌な思いをさせられた、名前を出すだけでも息がつまるほどの。
しかし、今のユーリはぎゅっと唇を結んで、瞳は色を失っていた。

「なぁ、もし。その魔導器が別の人間のところに渡ってたら?」
「何か、思い当たることでもあるの?」
「可能性のひとつを出しただけだな」
「うーん。是が非でも返してもらいたいかなぁ……」
「そっか……」
「なんか、本当にユーリ変だよ。なんかよくないものでも食べた?」
「夕飯を作ったのはお前だろ」
「じゃあ何か拾い食いでも?」
「してねぇよ」
「なんか、ユーリもジュディスも隠し事ばっかだね」
「お前が他人のこと言えないだろ」

というと、彼は何も言い返せずに口元を引きつらせていた。
ユーリが急にこんな話を持ち出すのはおかしいと思っていたんだ。
後々考えるとそのとき、私が気づいてあげられたらよかったのかもしれないと、ずっと後の日記につづっていた。





翌朝、準備をすっかり済まし、ヘリオードに向かって歩き出す私たち。
意気揚々と先頭を歩くカロルが急に振り向いて歌うように言った。

「折角ギルド立ち上げたんだし、何か仕事したいね」
「そうあわてるなって」
「でもさ」
「昨日の今日だぜ。駆け足も悪くねぇがまず目の前のことを片付けていくほうが先だろ」

隣を歩いていたユーリがカロルをたしなめる。
しかし、ユーリも思っていたことは同じらしく、いつもより晴れ晴れとしている。
私は足元のラピードを見ると、まるで相棒に賛同するように、視線を向けていた。
「そうね」とジュディスもユーリの提案に賛同する。

「急がば回れっていうし」
「急いては事を仕損じるとも言うしね」
「それ、何か違う気が」

ジュディスの言葉にかぶせるとエステルが控えめに言葉を挟む。
そんな彼女を見て、ジュディスは最もな事を言う。

「あら?でも足元がお留守だとギルドを大きくするどころじゃなくなるんじゃないかしら?」
「その通りだね、初回から気がかりなことだらけで失敗ばっかとかだとねー」
「もー。エル。嫌なこと言わないでよー」

ギルドの体制はそれなりにしっかりしていないといけない。
ギルドを立ち上げる際はギルド経験者が独立する場合が多いけど、ユーリは結果の外の世界ですらあまり知らない人間だし、ジュディスも何を考えているかよく分からない。

「うー。あ、そういえばエステルはこれからどうするの?」

急に話を振られて「え?」と驚いたエステルだけど、やがて落ち着きを取り戻し手を組んでいった。

「私はあの喋る魔物を探そうと思います」
「え?」
「狙われたのが私ならその理由を知りたいんです」

言い放ったエステル。
それは私とまったく同じ意見であって、まるで代弁してくれているようだった。
その隣でユーリが口を挟んだ。

「理由が分からないと、おちおち昼寝もできないか?」

ユーリのふざけた言い方が愉快だったのか、くすくすと笑ったエステル。
確かに、いつどこであの巨大な魔物が襲ってくるか分からないのに、安心して旅をすることも出来ないだろう。
「えぇ」とにっこり微笑むエステル。
笑ってユーリは「なら、しょうがないな」と応えた。
ダングレストを出るとき、エステルの決意を仰いでフレンに宣言していたときから見放す気もないのだろう。
カロルは不安そうにエステルを見上げた。

「けど、見つかる?どこにいるのか分からない化け物なんて」
「化け物情報はカロル先生の担当だろ?」
「いくら僕でもあんなの初めてだもん。わかんないよ」
「化け物でなくて、あの子はフェロー」

一斉にジュディスを見た。
口を挟んだ、彼女は妖艶な笑みを崩さぬままだった。
エステルは鋭い口調で「知っているんです?」と聞いた。
ジュディスは考えるように「うーん」とあごに手を当てたが。

「前に友達と旅をしているときに見たの。友達が彼の名前を知っていたわ」
「見たってどこですか?」
「デズエール大陸にあるコゴール砂漠で、よ」
「え?」
「げ?」

小さく悲鳴を上げたのは私とカロルだった。
デズエール大陸はここから南西に位置する闘技場都市ノードポリカも存在する大陸だ。
その中でもコゴール大陸は大陸の半分を占める場所で。
そもそも砂漠とはとても暑く、砂しか存在しない乾いた土地である。

「ただ見ってだけでほいほい行くような所じゃないぞ、砂漠は。エルも分かってるけど」
「うーん」
「もしかしてあのおとぎ話の……」
「おとぎ話?」
「コゴール砂漠に住むといわれている魔物の話ね。巨大な姿で空を自由に飛んで時々人々に知恵と助けを与えるっていわれてる」
「さすが、専門家だな」

前に文字の勉強をする際、絵本で呼んだことある。
あまり詳しくは覚えていないけども、確かそんな感じの話だったと思う。

「でもただのおとぎ話なんでしょ?」

短絡的にいったのはカロル。
しかしジュディスは目を瞑るとゆっくりと首を横に振った。

「思うに、そのおとぎ話が彼のことがそのまま伝わっただけよ」
「え?てことは」
「事実がないと曖昧なものになってしまうからね」
「火のないところに煙は立たない、ですね」
「そういうこと」

なぜかエステルが納得したのを見ると満足げにうなづいたジュディス。

「じゃあ、エステルはそこへ一人で行くつもり?」
「え?あの」

エステルは一番最初に私の顔を見た。
もちろん行こうとは考えているが、何せ砂漠なんて場所は危険極まりない。
私一人なら何とかなる、なんて場所じゃないのだ。
砂漠は危険の場所で未開拓でもある。

「こりゃ、護衛役がいねぇと、マジで一人でいっちまいそうだな」

ユーリはカロルを見下ろして、また笑った。

「なぁ、これギルドの初仕事にしようぜ」

ぽかんとカロルはユーリを見上げていたが、やがて目を輝かせ。

「そっか、うん!ここでエステルを行かせたりしたら、ギルドの掟に反するわよね。あ、でも仕事にするならエステルから報酬をもらわないと」
「別にいいだろ、金なんて」
「あ、あの。わたし今、持ち合わせがないです」
「だったら、報酬はあとで考えてもいいんじゃない?」
「報酬、必ず払います。だから一緒に言ってください」
「決まりだな」

ユーリが頷き、カロルは賛同する。
昨日まであれだけエステルの表情はとても明るかった。
和気藹々とする仲間の中で
「また一緒に旅が出来る」と呟いていた。
一人で旅をするというのはとても心細かったのだろう。
どんな理由であれ、みんなを繋ぎ止めたかったのだ。

「よーし!じゃあ勇気凛々胸いっぱい団出発!」
「え?」
「ちょ、それなんです?」

カロルの技のネーミングセンスは昔からおかしいと思っていたけど。
それを堂々を口上されると、首を傾げたくなる。
カロルに聞くと逆に不思議そうに「ギルドの名前だよ」と答えられ、私とエステルは顔を見合わせ失笑した。

「それじゃあだめです!名乗り上げるときにずばっといいやすくしないと」
「かんだら格好悪いしね」

そういう問題じゃないだろ、とユーリに隣で突っ込まれる。
もともとギルドの人間でもない私たちに口を挟む権利はないのだけど、後々のことを考えてるんだよ。

「そ、そうなの、じゃあどうしよう、ユーリ」

ユーリが無言で首を横に振る。
俺に聞くなという意思表示だろう。

エステルが口元に手を当てて思案を始める。
その真剣な剣幕に押されるかの私たちと当事者は押し黙っていた。

「そうですね。凛々って言葉はいいので」
「まぁね」
「凛々の明星なんてどうです?」
「凛々の明星か……」
「夜空にあって最も強い光を放つ星」

それと、ある逸話がある凛々の明星(ブレイブヴェスペリア)の名前。
それから取った名前なのだろう。
カロルは「格好いいね」と手を握り締めてユーリとジュディスを見る。
「そうね」と笑って答えるジュディス。

「凛々の明星ね。気にいった。それにしようぜ」
「大決定!それじゃあ改めて出発!」

そんな簡単に決めていいのだろうか。
もともと「勇気凛々胸いっぱい団」と名づけようとしていたし、そんな執着とか名前に対してのこだわりがないのかも知れない。
あっさりとした返事に何も返せないけど、凛々の明星の名は私の心にもうつものがあってただ黙ったまま聞いていた。


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