チャンピオン



まるで世界が終わってしまったような静寂だけが包んでいた。
ただじっと黙ったままの観客と、そして地面を見ていた私。
先ほどの爆発音のせいか耳が痛いななんて思って少し雲った空を見上げた瞬間、冷たいものが私ののど元に当たった。

「お前、少しは手加減しろよな」
「したよ、十分すぎるくらいにね」

と私が両手を挙げると、審判が声を張る。

『勝負がつきました!勝者、凛々の明星のユーリ・ローウェル選手!まさに地獄からの生還!あの爆発の中からの奇跡の勝利!』

私が手を差し出して、ユーリと握手を交わすと呆れられたらしく長いため息をつく。

「で、結局なにしてたんだよ」
「何でも私がここでがんばったら凛々の明星にご褒美くれるっていうから」

そう、私がたぶん、きっと恥を忍んでこうやってユーリと戦ったのも、ナッツさんと約束したからだ。
私ががんばれば闘技場での過剰すぎるほどの(わざとらしかったけど)凛々の明星の宣伝とそしてベリウスに優先的に会う約束。
後は少しの報酬だけど……それはあえて口にしないでおこう。

「んで、勝つ気はなかったと」
「少しは本気だったけどね」

そう、最後の大技のフェアリーサークルは普通の人間にはまったく意味がないし、逆に体力を回復させたり、ただの生ぬるい風にしか感じない。
効果があるのは魔物や異常なエアルを発するものだけ、ユーリがそれを瞬時に判断してくれて私に向かってきたのはさすがだ。

「じゃあ、後はがんばってね。ユーリ」
「あぁ、残念だったな。ハニエルさん?」

と意地悪な笑顔で笑ったユーリ。
耳が壊れそうになるくらいの観客の声にこたえるように両手を振ると、また場が盛り上がったのを見ると、私的には大成功だしいいかと思う。
後はユーリがちゃんとチャンピオンに勝ってくれればいいのだから。
遺構の門のことはつっかえるけども、ラーギィの姿は探しても見当たらないのだから、仕方のない。
私の映像魔導器のことで逃げているのかもしれないし。



ユーリと闘技場チャンピオンのエキシビションマッチはすぐに始まる。
恥ずかしながらも自分の書いた話の主人公になりきることはもうしたくない、もういい年になって「妖精さん」だなんてないし。
いつもの落ち着いた服に急いで着替えると私は選手通行口からユーリの戦いを観戦することにする。
試合はもう始まっているらしく、先ほどまで自分に向けられていた熱気の声が響いている。

「ナッツさん?」

やっと光が見える出口に出るとそこには腕を組んで渋い顔をするナッツさんの姿があった。
私が後ろから声をかけると、お世辞で「先ほどの試合見事だったよ」と声をかけられる。
見る人が見れば最後はかなりの八百長試合だったと思うけど、よかったらしい。

「試合はもう始まってます?」
「あぁ、ユーリか。君の連れは」
「えぇ。そうですけど……?」

眉を潜め、試合を見守るナッツさん。
その体の横から私も試合を覗けば、観客席よりは視界は悪いが様子がつかめてくる。

「フレン……なんで」
「やっぱり君の知り合いだったか」
「え?どういうこと?」
「あれが現チャンピオンだ」
「え?」

何度も聞き返してしまった。
そのたびに苦笑いを浮かべ、頷くナッツさんには大変悪いと思う。
重音を響かせながら剣をぶつけ合う姿はまるでじゃれているようにも見えるし、カプワ・ノールでの出来事のデジャヴだ。

「フレンって、騎士団の人間ですよ」
「やはり、か」
「やはりって。戦士の殿堂と騎士団の中で何かあるんですか?」
「……騎士団をこの街で見かけるようになってね。何でも、我が主、ベリウスが十年前の人魔戦争の手引きをしたと帝国は考えているらしい」
「ベリウスが?」

私が確かめるように聞き返すとゆっくりと頷いたナッツさん。
そんな噂が流れたからってそれを本気にして騎士団が攻めてくるだろうか。
確かに、ドンはベリウスとの関係を人魔戦争からの腐れ縁だといっていた。
だけども、それはあくまで人間側としてではないだろうか?
2年前の記憶しかない私が何1つ知らないし、おまけに肝心の騎士団が情報操作し、人魔戦争の記録などは握りつぶされていると聞いている。

「でも、人魔戦争って人間対魔物の戦いですよね。それを手引きしたって……」
「……」
「ナッツさん?」
「いや、何でもない」

ベリウスが魔物側なわけがない、そう続けようとしたけど、ナッツさんはただ苦い顔で何かを考え込んでいるようだった。
声も掛けづらく、私は再びユーリとフレンに視線を戻した。
相手の剣の軌道が読めているのだろう、剣術の基礎、型をなぞる様に刃を交える二人。
何かを話しているようでユーリのことだ、きっとなぜ、騎士団の隊長に昇格した彼がこんな場所でチャンピオンなんてやっているのか。
私だって同じことを聞くだろう。

「ナッツさん!大変です」
「どうした?」

と、横並びに別々のことを考える私たちの中に入ってきたのは、まだ年若い戦士の殿堂の人間だった。

「実は、闘技場の中に侵入者が!」
「なんだと?」
「あれ……?」

ユーリとフレンの先、闘技場の観客席の上、屋根の部分に黒い影が眼に入る。
逆行で黒いわけじゃない、その服装も漆黒か、鴉を思わせるような黒だったからだ。

「ユーリ・ローウェルーー!!」

「まさか」
声が上手出なかった。
その影はまるで舞い降りるかの用に、闘技場の中に飛び降り、ユーリとフレンの間に入った。

その熱烈アタックという全身凶器並みの攻撃を仕掛けたのは、ほかでもない。
「ザギ……?」私がその名を呼ぶと共に体は走り出していた。
試合どころの騒ぎではない、その証拠に動揺を隠せない司会者の言葉をとザギの登場に会場は冷めついていた。
フレンは姿を隠すように、下手へと逃げていく。
私はまったく逆で、ユーリの元で駆け寄っていた。
ザギはまた狂気を孕んだ目でユーリだけを見ていた。

「ユーリ・ローウェル!俺に殺されるために生き延びた男よ!感謝するぜ!」
「……ユーリ、愛されているね」
「冗談だろ」

はっと鼻で笑ったユーリの元にたどり着き、私は杖を片手にザギの様子を見た。
相変わらずほかの事(前回はフレンだったか)以外には興味はないらしく、ユーリだけを見つめていた(愛情的な意味で)
しかし、だ。
前回会ったときは船から突き落としたはず、正直二度と立てないほどの重症、もしくは死んでもおかしくないと思っていたのに、外傷はまったくないように見える。
それどころか

「何、あの腕」
「見ろお!」
「あぶね!」

禍々しい、機械仕掛けの義手をはめ込んだザギの腕から感じる重み。
まるで制限を失った重力に押しつぶされるような感覚に陥って、私は膝を折った。
ザギの義手は魔導器であることは間違いないのだけど、その威力も効力も今まで見たことない。

「さぁ、この腕をぶちこんでやるぜ!ユーリ!」
「しつこいと嫌われるぜ!」
「冗談言ってる場合?」
「ジュディ」

観客席から槍を片手に降り立ったジュディス。
私の前に立ち「あの魔導器を壊すわ」とそう宣言した。
後から降りてきたリタには申し訳ないが、それが一番の選択肢だと思う。
肯定の意で私は頷き、動きの早いザギのひきつけと、ユーリのフォローを任し、私は術式を描く。

「冥府の宴、闇の明瞭!ダークフォース!」
「ぐっ」

前と同じ戦法だ。
私が術を発動させると、あたりの影は集まり、鞭のように足元からザギに伸びる。
そして、足を絡めとると一瞬、スキができた。
ユーリもジュディスもその一瞬を縫い、ザギに切りかかるが

「無駄!むだだぁ!」

ザギの叫に呼応するように義手の魔導器が発動し、突風がユーリたちを吹き飛ばす。
もしあの魔導器が兵装魔導器だとしても様子がおかし過ぎる。

「な……」

しかし、事態は一転した。
まるで、水に波紋を描くように、ザギの足元に砂嵐が巻き起こる。

「ぐあああ!」

ザギの断末魔のような叫び声が木霊した。
彼の魔導器は光をもって、熱を出しはじめたのだ。

「制御しきれていない!あんな無茶な使い方するから!」
「魔導器風情が俺に逆らう気か!」

ザギは再び声を上げて叫んだ瞬間だった。
まるで、ゼロ距離でフラッシュを焚かれたかのように視界は真っ白な世界に支配され、黒に落ちた。
遅れて聞こえてきたのは鼓膜を裂く爆発音だった。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -