正体

「ごめん」

走り出した私を止める声が、半分にしか聞こえなくて私は頭を押さえながら、走り出そうとしたとき、目の前に背筋が凍るような恐怖に取り付かれた。
カドスの喉笛の最深部、視覚化したエアルが濃くなってきて、ユーリたちが体調の不良を訴えたとき、ラーギィにやっと追いついたときだった。
地面から壁から光をまとった煙のような大量のエアルが噴出したのは。

「な、なに!?」
「ケーブモックと同じ現象?!」
「エアルクレーネ?」

それが運悪く、私たちとラーギィの間に仕切りをつくりしかも私たちの方へ、向かってきている。
濃度の高いエアルは人体に悪影響をもたらす。
普通の人間であるならば。
証拠にユーリたちはたってもいられなくなって地面に倒れこんでいる。

「こ、こんなものに助けられるとは」

とラーギィは走り出す。
ユーリたちは体に鞭を打って立ち上がろうとしているけど、それも適わなくて。
イレギュラーな私だけが、この場で立っていて

「ごめん。ユーリ」
「!?エル」
「待ちなさい!」

私は走り出してラーギィを追っていた。体のおかしなところといったら少し頭が痛くて、振り返らないようにしていた。
エアルクレーネの真っ只中においていくのはいいか、自分でも何秒か戸惑ってしまったけど、ラーギィだけは放って置けなかった。
そんな中、で頭の中で聞こえた、まるでささやき笑う子供の声と、頭上を掠めた鳥の影。

「?」

振り返ろうとした私。
『行きなさい』と子供ではなく女性の声が聞こえて。
あのときの私はおかしかったのだろう、そのまま走り出していた。



「はぁ、はぁ」

頭にまで回る酸素が薄くて私は咳を混ぜた呼吸を繰り返していた。
ラーギィの前に立ちふさがった蝙蝠の大群。
魔物に感謝してはいけないけど、足止めしてくれているのならば、ついているのだろう。

「ラーギィ、そこまで。その紅の小箱を返して」
「そ、そういうわけには行きません!?」
「あ!」

そう虚勢を張ったラーギィに迫る魔物の手。
いくらラーギィのしたことを考えたとしても、ここで見殺しにするわけにはいかない。
私が魔術を放とうとしても間に合わない。
しかし、次に聞こえたのは銃声だった。
私はユーリが追いついたのかと後ろを向いても、誰の姿もない。

「まさか」

私がラーギィを見ると彼の姿は消えていた。
否、私の目の前にいたラーギィの姿が一瞬で変わったのだ。

「あなた、まさか」
「バレてしまってはシカタないデス」
「イエガー!?」
「ユーならミーのナチュラルに気づいていると思ってマシタ」
「まさか、ここまでされると分からない、よ」

何度か目を瞬いたが、現実は変わらないらしい。
頭痛が少しひどくなってきた気がした。
この状況だ、ラーギィが私の前から逃げられたわけがないし、イエガーが入ってくることもできなかったはずだ。
ということはラーギィとイエガーが同一人物だとことを結びつけた。
そしてイエガーの手には紅色の小箱があったのだから。
彼はそれを宙に向かって投げた。

「っとと!」

私は身の乗り出して、それを受け止める。
何とか地面に着く前に私の腕の中に納まったが、落ちていたら中身は割れていたに違いない。
体制を崩しながらも受け止めた私の醜態を腹を抱えて笑ったのだ。

「なに笑ってるのよ」
「いえいえ、あまりにもユーはコンスタントしないとスィンクしました」
「……?」

誰か翻訳してくれないかな。
イエガーはまともに喋ってくれないと話が通じない。
ただでさえ、2年前に記憶を失ったときに言葉さえ忘れたという経験を持って(決して自慢できることじゃないけど)今だって、書くほうは苦手なのに。

「そんなことより聞きたいことがあるの。本当に兵装魔導器を横流しして、集めて。前にあなたがいったことを信じたから、私は」
「これもビジネスです」
「……っ!」

わかっているんだ、イエガーがこんな性格だったって。
頭が沸騰したように熱くなって、私が拳を握り締めていた。

「じゃあ、私は、あなたに利用されていた。それだけだったってこと?」
「そういうことですね」
「そう」

と、嘲笑した。
それは自分に対して。
私が、武器を抜こうとしたときだった。

「ティアルエル!無事ですか?!」
「エステル……」

追いついてきた仲間が私とイエガーの間に入ってきたのだ。
なぜこの場にイエガーがいるのか、私の前に立った、ユーリの背中もその説明を求めているようだった。
私は唇をかみ締めると「ラーギィはイエガーの変装した姿だったのよ」とそう告げた。
信じられないといった様子でイエガーと私を見た。

「今はアレコレ考えてる暇はないようよ」

じっとユーリの視線がとても冷たく、怖い。
そんなユーリを見て、イエガーは歌うように言った。

「おー。コワイです。ミーはラゴウみたいになりたくないですよ」
「ラゴウのこと、知っているの?」

まるで、私がずっと疑問に思っていたことをそのまま言い当てるようで私は体を乗り出すが、痛いほどに肩をつかんで後ろに引っ張ったのはユーリだった。
まるで聞くなといわんばかりに。

「ちょっとビフォアにラゴウの死体がダングレストの川下でファインドされてたんですよ。ミーもああなりたくはないって話デスよ」
「ラゴウの死体、それって。どういうこと」

体の心が冷えて、全身の震えに襲われた。
頭の痛みが止まった、その代わり、眩暈に襲われて

「エル!大丈夫です?」
「へーき……」

ユーリと視線が交差した。
そして思ったのはもしかしてユーリはこのことを知っていたんじゃないか、と。
でなければ、ユーリがこんなにもイエガーを威圧する理由も、私に聞かせたくなかった理由も、結びつかない。
まるで、誰かに殴れれたように頭も体も痛かった。

「イエガー様」
「お助け隊だにょーん」

岩陰から現れたのは彼の身辺護衛を勤める海凶の爪の幹部である少女二人。
ゴーシュとドロワットだ。
彼女は道を塞ぐ蝙蝠の魔物に果敢に突っ込み、剣で道を作った。

その間を縫ってイエガーは走っていく。
ユーリが「行かせるか」と剣を抜くが、蝙蝠の魔物が一斉に集まって巨大な姿をかたどる。
そしてゴーシュとドロワットを突き飛ばし、今度は私たちの元へと向かってくる。

「プロテプスだよ!この洞窟に住み着いているんだ」
「っち!」

ユーリが剣を振るうが、その刀身が魔物を貫く前にまるで奇術のように分裂し、刀はむなしくすり抜けるだけだ。
そして攻撃の手に移るときだけ、群れを成して一気に攻撃に移る。

「行きます!マーシーワルツ!」

エステルの剣術、光をまとった剣の衝撃波はプロテプスには効いているようで、この魔物の弱点は光だ。
もともと、こういう洞窟や暗い場所に群生する魔物は光に弱い。

「僕だって!裂旋スマッシュ!」

カロルがその大きな斧を振り回すと、蝙蝠たちは散り散りになる。
その魔物たちを射抜いてしとめたのがレイヴンとパティだ。

私も彼らに続こうと魔術を唱えようとしたが、闘技場と同様、手元に透明の刻晶があるせいか魔術が発動しない。
ならばとチャクラムを抜こうとしたとき、足元がよろめいた。

「なにやってんだ!」
「エル姐!」

武器を放り投げるような形で地面に足をついてしまった私。
事態を察知したユーリとパティがこちらに駆け寄ってくる。
頭痛だけじゃない、視界もかすむし、気持ちも悪い。

「エステル。こっちだ。エルを見てくれ!」
「わかりました!」

とユーリと代わるようにエステルが私に治癒術を掛けるが、どこも変わらない。
治癒術はほとんど外傷にしか効かない。
かすむ視界の隅で、ゴーシュとドロワットが肩を押さえながら、逃げるのが見えた。
声を出そうと思ってもうまく出なくてエステルの「無茶しないでください」との声が一方的に聞こえる。

そんな中、一部逃げたのもいるがプロテプスの大半は倒したらしい。

「エル姐いったいどうしたんじゃ」
「わからない……けど急に」
「どっか休める場所はないか?」
「私は、大丈夫だから」
「今無理されてもこちらが困るのよ」

ジュディスのきつい一言。
でも言ってることには間違いなくて私は「ごめんなさい」としか言葉が出なった。

「でも、あのプロテプスがまた集まってきたらどうする?」
「……この先は確か。砂漠になってるの」
「え?」

カロルの言葉にかぶせて私は告げる。
ノードポリカにいるときに周辺の地図を確認したらカドスの喉笛を抜けるといよいよ目指していた砂漠帯につく。

「コゴール砂漠、フェローのいる……?」

私はエステルの言葉を肯定の意をこめて頷いた。
と私がユーリの肩を借りて立ち上がろうとしたとき、彼はそのまま体制を変えて私を持ち上げる。
思わず悲鳴を上げてしまったものの、彼はそのまま私を背に乗せ、いわばおんぶの形で急に歩き出した。

「な、な……」
「そんな状態だったら歩けないだろ」
「私は」

平気だからといおうとしたら、ジュディスの笑顔が私を威圧してきた。
なにか言っても黙殺してしまいそうな笑顔。
私は仕方なく従うことにするが、照れくさいし、自分だけ楽をしているようでならない。
その分ユーリに負担を掛けてしまっている、のと。

「ユーリは……知ってたんだね」
「あ?」
「いや、何でもない」

背中から伝わってくるぬくもりと、ラゴウの死を告げられたことによる体の冷えが喧嘩していてとても気持ち悪い。

そのままずっと洞窟の奥へと進むと熱気と共にまぶしい光が差し込んでくる。
洞窟の出口、予想はしていたが、一面の砂の世界、砂漠地帯が目の前に広がる。
このまま、ここを歩いていくのか、と誰もが不安な顔をしているとき

「私、やっぱりフェローに会いに行きます」
「待って!エステル一人、行かせられないよ。今の僕たちの仕事エステルの護衛なんだから」
「まぁ、とられた小箱も戻ってきたし、もういいんでない?」

レイヴンのいうとおり、イエガーの足跡はもう掴めないし、砂漠となってしまってはラピードもお手上げだ。

「いつまでもあいつら追っかけている訳にもいかねぇし。しゃあねえ。次があったらケリつけるぜ」
「ちょっと待って。本当に行くつもりなの!砂漠よ暑いのよ。死ぬわよ?なめてない?」

リタが詰め寄ったのはエステルだった。
リタの気持ちは痛いほど伝わってきた
砂漠を渡ることが初めてである私たちがなめてかかると、取り返しのつかないことになる。
それに、フェローは私たちの命を狙っている。
エステルはリタに「わかっている、つもりです」と告げた。
リタが何かいいつのろうとしたときジュディスが口を挟んだ。

「砂漠は三つの地域に分かれているの」
「は?」
「砂漠の西側が狭い山麓部、もっとも暑さが過酷な中央部、東部の巨山部の三つね」
「ちょ、ちょっと?」
「山麓部と中央地点のオアシスの街があるわ」
「何の話よ」
「前に友達と行ったことがあるの。水場が栄えたいい街よ」

リタの言葉を無視して砂漠について話し出すジュディス。
ユーリが私を見、

「込み合った話はとりあえずそこでしようって話だな。エルこんな状態だしな」
「……あんたがいたの忘れてたわ」
「リタ、ひどい」

それから短い話し合いの結果、そのオアシスの街で休息を取りながら砂漠とフェローの情報を仕入れることになった。
ユーリにずっとおんぶしてもらっているのも悪いので降りようとしたら、「寝てろ」とそれだけいわれる。

「でも」
「お前、ずっと眠そうにしてたじゃねぇか。無理させてごめんな」
「……無理しているつもりじゃ、ないんだけどな」

そう、眠れない。
たまに、でも間隔的にはとても短くなって聞こえてくるんだ。
私を闇に引っ張っていった闇の声が。

でも不思議と今は、静かに眠れた。

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