かなづち


「ありゃ、本当に大丈夫か」
「船室から一歩も出てきませんしね」

そう、幸福の市場の首領カウフマンの破格な条件を飲んだ俺たちはフィエルティア号でノードポリカに向かっている。
みんな、船の上に集まり魚人の警戒をしている。ただ一人を除いては。

「あいつ、マジで船とかだめなんだな」
「あー。あの子から聞いてないの」

俺がこぼした言葉に不思議そうにこちらの話に割ってきたのはカウフマンだった。

「あいつ、何も話したがらないしな」
「まぁ、そうねぇ」

当たり前のこと過ぎて慣れているのだろう。
カウフマンは腕を組み、一息をつくと

「前にね、ドンとハリーとあの子とノードポリカに行ったことがあるのよ」
「へぇ、どおりで」

と意味深にうなづいたのはリタだった。
気がつけば、仲間はみんな集まっている。
興味だけはあるのか。

「その時はまだカナヅチだけだったんだけどね。船の上で海に感動しているあの子にドンが声を掛けたときに海に落ちたのよ」
「え……」
「ほら、あの人加減とか遠慮とかないから肩を勢いよく叩いてね。泳げないし。救助するのも時間がかかってとにかく死にかかって大変だったのよ」

他人事のように笑って話すカウフマンだが、俺たち全員は引き気味にその話を聞いていた。

「そりゃ、トラウマにもなるわな」
「ま、ドンらしい話だわな」
「らしいって何よ」

すぱんと軽快な音をさせながら平手打ちとともに突っ込みを入れるリタ。
頬を押さえながら「リタっちったらひどい」なんていうおっさんには確かに殺意が沸くな。

「あーっと、カウフマン。エルちゃんのこと詳しい?」
「まぁね。付き合い長いしね」
「それじゃあ」

とレイヴンが切り出したのは、最近エルに影を落とす話だった。

「海凶の爪との関わってるみたいなんだけど、知ってる」
「会ったの?」
「ヘリオードで少しな」
「ふぅん。今回の仕事。あなたたちがいてよかったわ。海凶の爪に遅れを取るところだったわ」
「ここに載ってる荷物って」
「安心してそこはきちんと線引きはしているつもりだから。それでエルの話だったわね。あの子は確か、海凶の爪のイエガーに多額の援助をしているのよ」
「援助……ですか……」

エステルが小首をかしげた。
それはどうしても呑み込めず「どういうことだ?」と俺も聞き返す。

「さぁ、あの子が何を考えてるか知らないけど作家として稼いだお金かなりつぎ込んだみたいよ」
「そりゃ、間違いだったろうな」

俺がぽつりと言葉を落とすと、「そうね」と頷くカウフマン。

「私も止めようと思ったけど、あの子聞かないからね。結局、どんな風にも使われたかも分からないし。まったく、本当に無駄だったと思うわ。私にとっては敵に塩を送られたようなものだし」

「それにね」とカウフマンが言いかけたときに、船体が大きく揺れた。
何かに衝突したというより、それなりの大きさの岩がいくつかぶつかってきたと言った方が正しい。

「来たわね」

予想はしていたのだろう、カウフマンが渋い顔で船の後方を睨み付けた。
俺もすぐに剣を抜いた。

「うわぁぁぁあぁあ!」

緊張感のない声が乱入して、俺たちは思わず体の力を抜いてしまった。
船室から出てきたエルは出てくるや否や、涙目でジュディに抱きつき、首を左右に振りながら「沈没!」など不吉な言葉ばかり口にする。
本当に、どんなトラウマ植えつけられたらこんなにもなるんだよ。

「エル、早く武器を構えろ!」

俺が声を掛けようが首を振りながら、だんだんと床を蹴る。
この状態じゃ、戦うのは無理、か。

「ジュディ、そいつを頼む」
「分かったわ」

魚人との戦いを楽しみにしていたのか、ジュディは少し不服そうにしながらも頷き、エルをたしなめながら隅で待機をする。
魚人と聞いて想像していたのは童話に出てくる人魚姫のようなものだったが普通の魚型の魔物にとってつけたような姿だった。

「あんたらも隠れておきな」

カウフマンと、この船の操縦士、アフロヘアーのトクナガはすでにその気らしい。
エルと一緒に隅に寄っとく、俺たちとしては大変ありがたい。
魚人は市民にとっては脅威なのだろうが、実力も知能もたいしたことなく、数十体の群れは簡単になぎ倒されるはずだった。

『ちょっと船酔いしたのじゃ……』

と凪いだ魔物の一匹が立ち上がりいきなり人語を話始めたのだ。

「ま、魔物が喋った!?」
「もしかしてあの魔物と同じ……」

そう、俺たちが知っている人語を喋る魔物といえばこれから挨拶しに行こうと考えてるフェローくらいなものだ。
魚人だから、まさかなんて考えていると。

「何あれ……」

控えめにそして柱に手をかけながら来たエルはくいるように見つめ、

「なにか、デシャヴなんだけど……」
「は?」

口元を引きつらせたエルは妙なことを口走る。
魚人は体を弓なりに仰け反らせ、そして何か巨大なものを吐き出した。
胃液まみれになって現れた人間に俺たちは絶句する。

「パティ……」



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