深き森の精霊


次の日の早朝、早速問題を起こしてくれた暴走少女がいた。
早めに起き、いざ闘技場に向かおうとしたとき、ジュディと相部屋したエルが部屋から姿を消したという。
ジュディに聞いても嘘丸出しの満面の笑みで「私も寝ていて気づかなかったわ」としか答えない。
とりあえず、時間も押していたのでジュディの「そのうち出てくるでしょう」の言葉を信用して、俺は闘技場のチャンピオンとやらを引きずり落とす作戦(といってもただ優勝しましょうって話だけど)
耳につく歓声がひどく痛かった。
もともと、戦いは嫌いじゃないし、餓鬼のころに闘技場の話を下町のおっさんに聞いてから興味はあったけど、こんな形で出る羽目になるとは思わなかったからだ。
競技は全部で3戦、初戦は戦いの素人丸出しの人間を片付け、第二戦も似たようなやつだった。
実力で言うなら騎士団の下っ端といったところ。
昨日の夕飯時、エルが街中で聞いた噂で「最近の闘技場は実力者が揃わなくて集客できていない」といってたっけか。
盛り上がりようを見る限りとてもそうは思えないんだけどな。

選手の控え室でそんなことを考えながら、考えを膨らます。
昨日のエルが言っていた遺構の門について。
確かにあいつの人を見る目は確かなんだろうし、ラーギィってやつが胡散臭くも思えるけど、それを言い張る当の本人が姿を消してどうするんだよ。
そんなことを考えながら頬杖をついていると戦士の殿堂の人間に声をかけられた。
第三戦がもう始まるらしい。

「支度は済んだか?」
「ああ」

ならといって、闘技場へ向かうように俺を示唆する。
後ろをついてくるギルドの人間が急に俺に「運がないよな」ともらすので「何かあんのか?」と半笑いで聞くと

「今まで行方不明だった元チャンピオンが帰ってきたんだよ」
「ほー。そりゃ楽しみだな」
「そうやって余裕しゃくしゃくでいいのか。前にひょっこり現れてチャンピオンの座を奪っていきやがった。そのまま音信不通だったらしいがな。俺だったら戦いたくないね。エグイ攻撃してくるやつだぜ」
「戦ったことあんのか?」
「まぁ、な」

意味深な言葉だけを残し「がんばれよ」とだけ声をかけて、そそくさと行ってしまう。
そこまで言ったんだったら少し位ヒントを残してくれたっていいんじゃねぇのかと思いながらもなんとかなるかと剣で肩をたたくと、三度目の戦いに赴く。


『さぁて、やってまいりました!!本日の決勝戦!』

と、闘技場の審判兼、アナウンスをしている男が俺を指し示し、

『無名のギルドはとんだブラックホースだった!新ギルド、凛々の明星のユーリ・ローウェル!』

アナウンスと共に出れば、湧き上がる歓声と熱気。
そして反対側をさす

『しかし、その快進撃を阻止するのは、帰ってきた元チャンピオン、華麗に舞う姿はまるで本物の妖精のよう』

と、なんとも台本書きにありそうな内容をぺらぺらと読んでいくのだが

『作家、ティアルエルの深き森の精霊の主人公』
「おい」

今、聞き覚えのある名前が出てこなかったか

『ハニエル選手!』

とアナウンスが指し示したほうを見ると、ウェーブの長いピンクの髪に金色の帽子、それにこれからの戦いに足手まといになりそうな帽子とあわせた、ひらひらの金色のドレス。
顔は目元だけ隠す、赤い蝶マスクで隠してあるが、明らか

「お前、何やってるんだよ」

その低身長と、童顔、そして深紫の瞳がもの語っていた。
ティアルエル本人だ。
俺が声をかけても無視をし、懐から3枚のチャクラムを取り出す。

「元チャンピオンって、そういうことかよ……」

確かに前にノードポリカに来たことあるとか、ドンにトラウマ植え付けられたとか言っていたけど、そのとき、チャンピオンの座を取っていたなんて聞いてない。
確かに聞かないと何も答えない性格しているけど。

『さぁ。両選手。準備はいいですかー!では決勝戦、これに勝てばチャンピオンへのキップが手に入ります!ハニエル選手、チャンピオン奪回なるか、それとも彗星のごとく現れたオニューギルド、凛々の明星のユーリ選手が栄光の道を手に入れるのか!それでは!はじめ!』

というアナウンスと共に先手を切ったのはエル……その童話の世界の住人とやらのハニエルだった。
チャクラムを空に投げるとまるで自分の意思を持ったかの用に、俺に向かってくる。

「インリーノクターン!」

まるで翻弄するかのように宙を縦横無尽に駆けてから俺に向かってくるチャクラムをはじいても、また勝手に起き上がり、磁石で引き寄せられるかのように俺に向かってくる。

「ったく、冗談じゃねぇっつの」
「余所見していていいの?」
「!」
「貫け、雷。サンダースピア!」

と、杖を振りかざし、光速の槍を放つ。
俺はとっさに横に避ける、次には俺に向かってチャクラムが畳み掛けてくると思ったが、チャクラムは器用にもハニエル選手の手中に戻っていく。
その隙を縫って鞘を抜き、一気に間合いを攻め、剣を振り上げる。
杖でそれを受け止める、自称ハニエル選手、当然そのつもりだ。

「お前、こんな目立つところで何やってるんだよ」
「ちょっとしたお仕事だよ」

それは小声だが、確かにエルの声だった。
刀を持つ手に力を加えると、さすがに女の力じゃつらいのか、少し苦い顔をして言う。

「戦士の殿堂のナッツさんに頼まれてね。チャンピオンを引きずり落とすのと……」

そう言って、杖で刀をはじくと、後ろにステップをし、後退する。
そのとき、カツラであろう髪が少しずれたらしく、咄嗟に直そうとする(こういうところは変わらないのか)

「ちょっと、闘技場を盛りあげるためにね」
「それで仮称大会なんかやってるのか」
「こ、これは一応正体とか隠すために……いろいろ言われそうだし」

俺たちからすると、天才作家様が闘技場のチャンピオンをやっていたなんて事実より、今の格好の方が問題あると思う。
いつもの調子で少しペースが崩れたが、エルは再びチャクラムを手に挟み「今度はお互い本気でいこうね」と笑って、それを投げた。

正直乗り気はしないが、俺も一応本気を出さなければならない状況にある。
エルと何回も同じ戦線をくぐってきたが、こいつは完全な、後衛型だ。
厄介な威力のある魔術と、遠距離攻撃に適した狂いない射程のチャクラム。
前に騎士団にいるとき、確か戦術について習ったが、エルのような完全な後衛は一人だと無力といっていいほど弱い、はずだ。
後衛は俺みたいな使い走りの前衛がいないとまったく意味がないと思っていたが。
今、エルがやってのけているのは早口のような詠唱と、チャクラムの攻撃の連続技。
交互に繰り返し、俺を近づけさせもしない。

「蒼破!」
「アイシクル!」

俺の斬撃も魔術の前では無力化されてしまう。
遠慮ない攻撃の数々はきっと、エステルと同様、魔核を使うふりもいらないからなのだろう。


『ミハエル選手の容赦ない連続攻撃、ユーリ選手近づけません!凛々の明星のユーリ選手、どうする!』

そんなアナウンスがうるさい、さっきから何度も同じようなアナウンスを垂れ流す。
攻撃を繰り返すチャクラムは2つ、ひとつはまるで弧を描くようにして、俺の周りをただ迂回する。

「まずい……」

嫌な予感が脳裏を過ぎった。
リタ同様、エルは魔術を発動する際、術式とやらを描くといっていた。
それは杖と右手、そして

チャクラムの軌道でも前に術式を描いていたのを思い出した。
もしかして、

「大技……しかけてきそうだな」

チャクラムを2つはじき落とすと再び、走りこんだ。
エルが放った氷の礫をよけ、そして切り込んだがすでに遅い。

「覚悟してね、ユーリ」

にっこりと笑うと、再び杖を地面に突き立てて、両手を広げた。

「導かれし光輝、万物の守護を司りし、精霊達よ、其の意思を示せ!」
「げ……」

地面から浮き上がるのは光をまとった、大量のエアルだった。
青とエメラルドグリーンのグラデーションが虹のように輪を作る。

「信ずるものには祝福、悪なるものに断罪の裁きを!フェアリーサークル!」

まるで本物の妖精のようにエアルが結集する。
蝶のようなエアルの収束体が俺に向かい、一斉に向かってきた。

「……?」

ただ一点にだけ、光が見えた。




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