作家の勘

「っとと……」とバランスを崩さないようにして両手に抱えた荷物を降ろす。
闘技場のすぐ傍に宿屋は立ち並んでいて、これで3件目だ。
ユーリたちは用事が済んだら宿屋を取っているはずだろうと思い(もともと別れるときに何もいわなかったし)こうやって宿屋に来て、聞いてみるけどユーリたちは来ていない。そして3件目でようやく「さっきお部屋を取っていかれましたよ」のうれしい一言が。

「あ、エルちゃん。よかったよー」
「レイヴン?」

と、宿屋のロビーでこちらに向かって両手を振るレイヴンとゆっくりと振り向くユーリとジュディス。
ここにいるのは取り合えず3人だけのようで、私は荷物を引きずるように引っ張って合流をする。

「遅かったじゃない。今、探しに行こうとしていたのよ」
「てか、何だ。その荷物は」
「気にしないで。ちょっといろいろあっただけだから」

ユーリは荷物の中身が気になって仕方ないようだが、それを交わす。

「んで、パティちゃんの説得はうまくいったの?」
「それがちょっと嫌なものを見ちゃったっていうか」
「ふぅん」

街であったことの経緯を下手な説明をする。
パティがアイフリードの孫ってだけで、町の人、ギルドの人間から冷たい目で見られていることや、物もまともな値段で買えないこと。
投げられた冷たい言葉。

「面白くないな」
「でもアイフリードの孫ってだけでしょう」
「親の七光りっていうかねぇ……。アイフリードが悪名高すぎんのよ」
「前に話してたブラックホープ事件ね」
「私はドンに聞いたのだけど、あの事件以来、ギルドの信頼は帝国からも一般人からも落ちてしまってね。各地で小さな小競り合いは起きるし、ユニオンの幹部も対応に追われて大変だったらしいよ」
「その事件で身内を亡くしたやつも少なくないし、ま。ぶっちゃけあの子に八つ当たりしてんのよ」
「アホくせぇな。どっちにしてもあいつはあいつだし。アイフリード本人じゃねぇんだろ」
「ま、そうだよね。私的にはアイフリードも信じたいけど」
「あら、アイフリードとあったことあるの?」
「まさか、ドンから話を聞いただけだよ」
「へぇ」
「みんな青年たちのような考え方をしてくりゃ、おっさんも悩むことないのね」

レイヴンの鼻で笑いたくなるような人生談は、さておき、私は荷物を端に追いやると肝心な話を聞く。

「ユーリたちはベリウスと会えたの?」
「あー。うん、それがねぇ」
「?」



「新月の夜にしか会わない?あーそっか」

私がいなかったときの話をゆっくりと聞く。
結論としては、ベリウスとは会えなかったらしい。
新月の夜にしか謁見は許されない、そうだ。
前に私がノードポリカに来たときにそんな話を小耳に挟んだ気がする。
まぁ、今聞いて思い出したのだけど。

「じゃあ、ユーリたちはどうするの?」
「それがだな」
「ん?」
「ギルド、遺構の門から頼みごとを受けちゃったのよ」
「え?どういうこと?」

レイヴンが気まずそうに頭を掻きながら話すものだから私は凛々の明星の二人を見る。

「何でも、闘技場を乗っ取ろうとしている現チャンピオンを引きずり落として欲しんだとよ」
「闘技場を、乗っ取る?また過激な話だね」
「この街の起源は何でも始祖の隷長っていうやつが作ったらしくて、それを戦士の殿堂が上に立って支配しているんだと」
「始祖の隷長(エンテレケイヤ)?」

どこかで聞いたような単語だったので、ジュディスに視線を投げると、彼女はにっこりと笑って首を縦に振るだけ。
これも前に口約束した彼女の内緒なのだろう。

「んで、海凶の爪がこの闘技場の今のチャンピオンを手引きしているらしいのよ」
「イエガーが。確かに考えられないこともないけど」
「んで、戦士の殿堂に世話になっている遺構の門的にはこの事態を何とかしたいわけで俺たちに闘技場のチャンピオンをしかるべきところで倒してほしいって依頼があったのよ」
「……確かにギルドの問題だとするなら大変な話だけど、戦士の殿堂がなんとかするんじゃない?」
「さぁ、それはどうかなぁ。現に今、何もしていないわけだし」
「それでも、おかしな話だと思わない?」
「何は引っかかることでもあるのか?」

レイヴンを押しのけ、ユーリがじっと私の瞳の奥と捉え、問う。
その真剣な眼差しに少し押されもするような気がした、けど、私は先ほどあったナッツさんとの話を思い出していた。

「戦士の殿堂は手を打っているというのもどこかで聞いたし、それに私、信じられないの。遺構の門が」

なんて言葉にしたらいいか。
それでもただ言えるのは私の作家としての勘だった。
いくらカウフマンや天を射る矢のみんなが遺構の門に信用を置いていたとしても私だけはどうも何かくさく感じてしまう。

「でも、まじめでこつこつがモットーのギルドの言うことだよ?」
「本当にまじめならこんな過激なことに首を突っ込まないわ。それに、ラーギィみたいなわざとらしい人間なんていないと思うの」
「じゃあ、何だ。遺構の門には何かほかに目的があるってか」
「そうは思いたくないけどね。でも」

確かに、どうしようもなく臆病な人間もいるけど、まるで本に出てくるように、誰に対しても、どこに対してもおびおびと話す人間がいるだろうか。
これ以上何かを言葉を言い募って彼らを心配させるのも引けたので、私は敢えてこれ以上の言及はしない。
これは私の問題でもあるけどそれ以上に彼ら凛々の明星の問題なんだ。

「で、結局どうすることになったの」
「俺が闘技場の催しに出て、チャンピオンを引きずりおろす」
「……本気?」
「ああ、大真面目に言ってるぞ」

まぁ、確かにそれが早いんだろうけど。
私は端に追いやったナッツさんの荷物を見て大きくため息をついた。

「まぁ……がんばってね」
「もっと応援の言葉とかないのかよ」
「んー。じゃあユーリがチャンピオンに勝てたら何か考えるわ」
「その言葉、忘れんなよ」

無理なような気も半分する。
そんな私たちの会話を見て、レイヴンがにやにやとわらっているので「何?」と聞くと「いや若いっていいわね」みたいな年寄りくさい台詞を吐く。

「ほんと、いちゃつくなら誰も見てないところでやってもらいたいわ」
「いちゃつくって……そんなつもりで言ってない」
「あら、違うの?」

にこにこと笑みを深めて言うジュディスに言葉を返すのも面倒になってきた。
私たちはお互い冗談のつもりで言い合っているのに。
そう言葉にしようとも思ったけど、私は飲み込んで、「お腹がすいたから、部屋に荷物を置いてまた来るね」と告げて、また荷物を引っ張る。
ユーリが「手伝うか?」と優しさを見せてくれるけど、私はそれを断った。
とにかく中身がばれたりすると、私は立場がない。

「ねぇ、ユーリ」
「ん?」
「明日、がんばってね。近くで応援するわ」
「ん、あぁ」
「それじゃあ、また後で」

と手を振って、私は部屋に戻った。



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