たったそれだけで


「あそこ、かな?」

この大陸一番の街、闘技場の効果もあってノードポリカの街はダングレスト並みに賑わっている。
闘技場の催し目的で世界全土から腕自慢が集まるし、闘技場の観戦のために遠く離れた帝国からも貴族なども来る。
そういえば前にドンとノードポリカを来たとき、最近は腕の立つ人間がいなくて闘技場が寂しいとか言って……いや思い出すのはやめよ。
とにかく、露天が立ち並び、相変わらずの賑わいを見せているノードポリカの街でパティの姿を見つけることはすぐに出来た。
一人歩きの子供はとてもよく目立つし、パティの海賊ファッションも見つけるのに一役買って出てくれた。
パティはシートの上に雑貨が並べられているという露天の前で後ろに手を組み、くいるように品物を吟味していた。

「パティ、何しているの?」
「う、うぇ?エル姐?」
「そんなに驚かなくてもよくない?」
「だって……なんで」
「そりゃ、なんでって言われても」
「うー」

私こそ返事に困る。
心配でついてきたから?とか
でも、「無茶ばっかりしないの」なんで直球のストレートでいったら絶対口をへの字に曲げるに違いない。
どうしようかと考えていると商店のおばちゃんと目があった。
何故か目を合わせてくれなくて、品物の位置をずらしたり、戻したり。
明らかに私たちへの対応が面倒なのか、それとも歓迎されていないか。
並ぶ品物はお土産のようなアクセサリーものばっかで普段の私なら一つ二つ手を出すかも知れないけどこんな対応をされると萎えてしまって、パティに再び話を振る。

「何か欲しいものでもある?」
「別に、ただ貝殻の裏のようにきらきらして綺麗だと思っただけじゃ」
「へぇ」
「それにもしかしたら宝があるかもしれないしの」
「お宝って……」

前に並べられているのはいかにも手作りですって語っているようなもの。
埋め込まれているものだって宝石のように見えるけど、見る人から見ればガラス細工に過ぎない。

「まぁ、気持ちは分からないでもないけど」
「エル姐には価値は分からないのじゃ」
「そんなことないと思うんだけど」
「あの……」
「はい?」

これから物の価値を話し合おうというところで遠慮気味に割ってきたのはお店のおばちゃんだった。
よくよく考えれば、ただ話しているだけで物を手に取ろうともしなかった私たちはただの冷やかしに過ぎない。
謝って場所を変えようと思ったけど、おばちゃんの口から出たのは思いがけない質問だった。
私、ではなくパティを見て途切れ途切れに

「そっちのお嬢ちゃん、もしかして」
「もしかしてではなくて、多分そうなのじゃ」
「何の話?」

パティはそうだと言い切った。
この二人は知り合いって訳じゃないし、それなのに話が通じるって事はパティにとっては普段から聞きなれた質問だったのだろう。
やっぱりと唇を噛んだ店のおばちゃん。

「ならさっさといってくれ」
「どういう意味?」

急に声を低くしてそう告げた人に私は食って掛かった。
横柄と取れる一言に私の怒りは言葉に表れたが、私のコートの裾をつかむパティ。

「いい、エル姐」
「いいって」
「その子、アイフリードの親戚なんだろ」
「え?」

意味が分からなくて、パティとおばちゃんを見比べていると強い口調でパティに言い放った。
アイフリードの孫、確かにそうパティは自分のことを言っていた。

「でもだからって、そんな言い方はないんじゃない?この子が何かしたってわけじゃない。それにアイフリードは」
「アイフリードの孫がいるってだけで悪いんだよ」
「……?」

急に、低い声が隣から入ってきてそっちを向くと、隣の露天の若い男が敵意を丸出しといった感じでこちらを睨み付けていた。

「孫だろうがアイフリードの名前だけでうちに泥がつくんだよ」
「その言い方、あんまりじゃない?あなたがパティの何を分かるっていうのよ」

そんな悪意がある言葉、一方的に言うだけなら簡単だし、好き勝手に出来る。
だけど

「よくも知りもしないでどうしてそんな事言えるの」

記憶がなくてただ寄りかかれるものが、一筋に伸びる記憶の糸だけなのにそれすらも否定される人の気持ちが分かるのだろうか。
否定されるということがどれだけ息苦しくなるか。

私の売り言葉に乗った男「ちょっと」と止めに入ろうとする、おばちゃんの肩を押し、こちらに詰め寄ってくる。
「やる気なの?」と目を細め挑発をすると拳を振りかざそうとする、その間に
パティは割って入り、今にも泣き出しそうで潤む瞳で見上げて、笑った。

「ありがとう。その気持ちだけで十分なのじゃ」
「パティ……」

そのまま、裾で涙を拭って走ってその場を去っていく。
その後ろ姿をただ見ることしか出来なかった私。
まだぼそぼそと「何だよ、あれは」なんていう男をにらみつけてやるとただ言葉を失って、「なんだよ」と虚勢を張りながらも自分の場所に戻っていく。

「変な騒ぎ起こして……あんたもさっさと行ってくれ」

営業妨害だよ、というこの店のおばちゃんの人間性を心底疑いながらも私は心の中で大きな息をつくとその場を離れた。
今の騒ぎを見ていた街の人間は私を避けるように道を空けてくれた。
ギルドの人間が悪いとは思わない。
しかし、真実を見もしない人間を私は嫌いだ。
風評だけで流される、その人の表の面しかみやしない人間。
人間、表の顔も裏の顔もある、パティが見られたのはどちらでもなく、アイフリードという名前だけだ。

「気分悪いわ……」

結局パティのために言った私の言葉はパティが聞きたくもなかった言葉を掘り起こしてしまっただけになったのだから。
パティを探そうかと思ったけど、どうしてもあの涙が鋭利な硝子片に変わって私の胸を指す。
港のほうに戻ってきたけど、見えるのは憎きフィエルティア号だけ。
仲間の姿は当然ない(宿屋が立ち並んでるのは闘技場の傍だし)
こんなもやもやとした気分で帰っていいのかと悩んでいたところ急に声を掛けられた。

「久しぶり、だな」
「え……?」
「覚えていないか?」

急に私の前に立って言葉を掛けた大男。
いかにもギルドの人間ですといったたたずまい、隻眼で背中にはその巨体と同じ身位の大剣をさしている。
肌はこげ茶色で……あ。

「もしかしなくて、ナッツさん?」
「相変わらず変な言葉を使うな」
「いやー、その」
「俺の顔ももう忘れていたか」

そ、そういうわけじゃないのだけど。
どうしても人の名前を覚えるのが苦手なんだ。
昔からずっとそうだけども

「ナッツさん、なんでこんなところに」
「たまたま部下と街に降りていたところで君を見かけてな」
「はぁ……」

ナッツさんはとてもおいしそうな名前だけど(言ったら怒られそう)
この人は闘技場都市ノードポリカを統べるギルド戦士の殿堂の副首領であり、この町では2番目の地位に居る。
前にノードポリカを訪れた際に大変お世話になった人だ、忘れてたけど。

「君の事は聞いているよ。天を要る矢を辞めたんだって?」
「そのことはあんまり抉らないでください」

ときっぱりいうと、ナッツさんはさもおかしそうに笑った。
どう伝わっているか知らないけど、どうせ根も葉もないことになっているに違いない。

「そうだな。今はどこにも所属していないというならば戦士の殿堂の頼み、一つ聞いてくれないか?」
「え?」

とナッツさんは部下に一声掛けると、抱えるほどの大きさの紙袋を持ってこさせる。
それを私の前に置くので、恐る恐る中を覗くと、あまりお目にしたくないものがそこにはあった。

「これって……」

察しがついた。
ただいいたいことは何も今じゃなくてもいいんじゃないか、それだけだった。


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