闘技場都市ノードポリカ
「はーやっと生き返える……」
船のマストに手をつけながら、見えてくる目的地に涙さえしたくなった。
大きく深呼吸をするととなりのジュディスはにこりと笑い「楽しかったわね」と感想を述べるけども私はまったくと言っていいほど生きた心地がしなかった。
船に無理やり乗らされたり、幽霊船を探索班に入れられたり、おまけに化け物と戦うことになったりと。
闘技場ノードポリカはギルド戦士の殿堂が守るこの大陸でも一番大きな都市だ。
通年行われている闘技場での催しは世界中から人を集めにぎわっている。
かくゆう私もその催しに参加したことがある、苦いトラウマの直後だったから思い出したくもないけど。
闘技場のほうから色とりどり花火が上がっている。
花火を見るのは久しぶりだなとその風景に酔いしれるのともうそんな時期なんだと思う。
カウフマンが私たちの元に近づき、部下の男に一言だけ告げてから依頼の完了を知らせる。
「依頼は完了よ。積荷を降ろしたらフィエルティア号はあなたたちにあげるわ」
「ありがとう、カウフマン」
本当にこんな仕事でもらえるなんて少し、気が引けるような(裏で何があるか分からないし)気もするけど、貰えるものは貰っとけって誰か言っていたし。
「それでコゴール砂漠ってのは、ここからまだ遠いのか?」
「まだまだ先だと思うよ。行ったことないから分からないけど」
と、私は目の前に広がる闘技場都市の東をさす。
「ここからあっちのほうにずーっと歩いていくの」
「えー?船じゃだめなの?」
「うーん。この辺りは山ばかりで船をつけられるような場所はないと思うけど」
「そう。砂漠へ行くこと自体珍しいことなのに船を着けるところなんてないと思うわ」
と、足りない私の言葉に補足を入れてくれるカウフマン。
私的にはやっぱり徒歩のほうがいいに決まってる。
落胆している皆の前で言ったら反感買いそうだけど。
「ご苦労様、どうもね」
ノードポリカの港で、仕事を終えた私たちは何故か荷積みをおろすのを手伝わされてノードポリカ港でフィエルティア号を引き渡してもらった。
エンジンは今日中に直してくれると言っていたし、とにかく私たちはベリウスに会いに闘技場に向かおうとしたときだった。
こちらにゆっくりと歩いてくる、見覚えのあるギルドの人物。
彼は丸まった腰でカウフマンの前にまで歩いてくると頭を下げた。
「あ、こ、これはカウフマンさん、い、いつもお世話になっています」
「あー!」
私が指をさしてしまいそうになったのを止めたのは隣のカウフマンがつかむ。
「またどこかの遺跡発掘?首領自ら赴くなんていつもながら関心するわ」
「い、遺跡発掘は、わ、私の生き甲斐ですから」
「あれは誰?」
「遺構の門の首領、ラーギィよ」
そうレイヴンが答えようがかまわない。
遺構の門は5大ギルドの一つでギルドの中に流通する魔導器はほとんど、遺構の門が発掘をしたものだ。
なので、ギルドの中では大変重宝されているのだけど。
「見つけたわ」
「はい?あ!」
私がカウフマンを押しのけ、遺構の門の首領ラーギィに詰め寄った。
「ティアルエルさんじゃありませんか。ど、どうかしました、か?」
「この間、ここで直接買った映像魔導器の調子がすぐにおかしくなったのだけど」
「へ?」
ここに居る誰もがぽかんとしていたと思う。
だけども、遺構の門の首領から直接買った私の魔導器は壊れたお陰で旅の記録がまったく撮れなかったという事件が起きたし。
「も、もうしわけありません、新しいものお取替えします!」
本当に心から謝ってくれているようでこのタイミングで詰め寄った、私が悪いような。
とりあえず、私は袋にくるんであった魔導器を差し出した。
ラーギィはそれを懐にしまうと、本当に申し訳なさそうに何度も頭を下げていて、これ以上ないってくらい泣きそうな顔をする。
「で、では仲間を待たせておりますので、こ、これで」
と足早にこの場を去ってしまった。
「いい人そうですね」
「なんか、私が悪いことしてしまった気分」
ラーギィも人柄について「いい人」と格付けたエステルにとっては今の光景は私が悪いように見えたんじゃないかと心配になってくる。
確かに今まで遺構の門をひいきにしていたけど、一度もこんなことはなかったのは事実だ。
けれども、リタは去っていくラーギィの背中を見つめていた。
そしてエステルとまったく違う角度で見ていたのだろう。
「ねぇ、海凶の爪に兵装魔導器を横流ししてるのあいつらじゃない?」
「遺構の門は完全に白よ」
と、完全にリタの疑惑を切り捨てたのはカウフマンだった。
リタは不快感を露にしながらも言いかけた言葉を呑んだ。
「何でそういいきれるんだ」
「温厚で、まじめにこつこつと。それは売りのギルドだからなぁ」
代弁したレイヴンの言葉に私とカウフマンは頷いていた。
遺構の門はギルド結成以来、一度も問題を起こすことなく、魔導器の発掘と研究でギルドユニオンを支えてきたと聞いた。
「でもカウフマン。ユニオンでも遺構の門がどこまで発掘の手を伸ばしているか分からないのでしょう?」
「それとこれは別でしょ。横流ししている理由にはならないわ」
「それはそうだけど」
カウフマンの言うとおりだった。
ユニオンとしても、たったそれだけの問題で5大ギルドの1つを疑う理由にはならないのだろう。
「じゃあ、もう行くわね」
「あ、うん」
「フィエルティア号大事に使ってあげて。特にティアルエル」
「何で私だけ……」
いくら私が船嫌いのかなづちだからって、わざわざ釘をさしていかなくたって。
「駆動魔導器も交換はしておくわ」
「ああ」
「凛々の明星がんばってね」
「はい!」
これは幸福の市場としても、カウフマン個人としての応援なのだろう。
「あなたもがんばりなさいよ。原稿のほうをね」
「……」
私と別れるときは必ず毒を吐いていくのだから。
それでも、ユーリたちを、凛々の明星を応援してくれたことは私としてはとてもうれしかったし今度またお礼をしたいと思う。
そんなことしている暇があったら仕事をしろとか言われそうだけど。
しかし、ぶつぶつとリタは独り言を漏らす。
「どこかの魔導士が魔導器を横流ししているとか?笑えないわね」
「魔導士とは限らないけど」
「え?」
「たとえば、騎士団とかね」
「そんなことはないです」
エステルは振り向き、私たちに言い聞かせるようにいった。
確かに、失言だったかもしれない、これからの説教を考えれば。
そんな空気を察してか、パティはくるりと軽い足取りで振り向くと
「んじゃ、うちは行くのじゃ」
「パティ?」
「うちにはうちのやることがあるのじゃ」
「宝探しか?」
「じゃの、いろいろ世話になったな」
ユーリにウインクをすると、パティが大きく「ありがとう」と手を振って街の中へと消えていく。
「ユーリ。ちょっと」
「ん?」
「パティに無茶しないように釘をさしてくるから先にいっていてくれない?」
「ああ、分かった。いってこいよ、お姐さん」
「うー、それやめてってば」
何回いってもパティは私たちの心配を聞いてくれない。
本人は必死で私たちの言葉を聞かないようにしているのは分かるけど……今回は少し強めにいっておこうと思う。
ドンはパティのお爺さん?に当たるアイフリードとは盟友だっていっていたし、パティの面倒を見るのはドンの知り合いとして当然だった。
パティの走り去ったノードポリカの街に向かって私は走った。