悲しい目をした

「逆のようね」

一同が言葉を失う中、ジュディスが相変わらず冷静に言う。

「何が!?」
「魔物を引き寄せてるってこと」

そう、航海日記には透明の刻晶は魔物を退けるとか書いてあったけど今はまったく逆だ。
紅い小箱を手に取ったタイミングを計ったかのように現れた邪悪な魔物。

身長は私の倍はあるだろう、剣の刀身も私の体と同じくらいある。
そんな化け物みたいなものを肉付きの悪い(というか骨)で持ち上げると地面に叩きつけるようにこちらに振り下ろした。

「危ない!」

ユーリとジュディスが避けたのは私の掛け声とほぼ同時だった。
ユーリもジュディスも自身の武器を構え、相手を見据えていた。
遅れて私も杖き、その先を敵に向ける。

「これ、本気でやるの」
「じゃあ、レイヴンはばっさりいく?」
「勘弁してよ……」

と後衛陣である私たちも遅れて臨戦態勢に入る。
魔物はその巨大な剣をまるで狂ったかのように振り回す。
前衛のユーリとジュディス、そしてエステルはそれを受け流し、交わすので精一杯だ。
カロルはすっかり腰を抜かしたみたいで、隅で待機している。
パティは実力がるとはいえ、戦わせるわけにいかない、私の背で隠す。
ユーリたち3人を一気に相手にする魔物は実力として比べるなら、今まで倒してきたものと比較にはならない。
ユーリたちもすっかり焦りの色を見せていて小さく舌を打った。
そしてもう一つ問題なのは部屋が狭いのと、脆いこと。
魔物の攻撃一つで柱が傷つき、床は抜ける。

「このままじゃ危ないでない?」
「もしかして、沈没とか」
「そこ、固まってるんじゃないわよ!」

最悪を想定すると、ああああとしかならない。
沈没、本日100回目の最悪を想定してしまう。
しかし、目の前ではもっと大変なことになった、力技でユーリたちを圧倒し、私たちに後衛の中に魔物が突っ込んでくる。
それも目の前に魔手が迫る。
私は一瞬止まったけども、大技と唱えている最中でその場から動けないのだ。

「ヴァリアブルトリガー!」

私の前に飛び出たパティが体に似合わない古い銃を構え、魔物の間接に向かって銃口を向け、トリガーを引く。
銃の腕前は一流らしく、放出された弾は見事に魔物の肘と肩を打ち抜き、腕は地面に飛散する。
当然、剣も鈍い音を立てて地面に落ちた。

「今じゃ、エル姐」
「ありがとうパティ。新技、試すよ」

ここに居るのは今までとは違う魔物。
私は今まであまり使う機会のなかった、威力の高い技を完成させる。

「聖なる光の結晶、降りしきれ、クラスターレイド!」

私の詠唱を追えると杖を振り上げる、
敵と中心として、まるで氷柱のような水晶の固まりが魔物を中心として上空に生まれ、雹のように降りかかる。
悪しきもの(魔物が)を浄化する光を結晶、触れるたびに魔物の体は消え、黒煙が上がる。

「……?」

しかし、凶悪な魔物を滅するには火力が足りないらしい。
光に一瞬包まれただけなのだけど、魔物は急に進路を変更し鏡のほうへ戻っていく。

「うーむ、むむ?」
「?」
「逃げるのじゃ」

パティが銃口を再び魔物に向くが、私とユーリがそれを静止する。

「もういいでしょ」

せっかく自分の巣に帰ってくれるというのに下手に刺激してまた戦いなんて始まったらそれこそ消耗戦になる。
私たちの攻撃はあまりダメージを与えていなかったし、このまま関わらないほうがいい。
魔物を見る限り、侵入者の様子見をしにきたというのが正しそうだったから。

「怪我はねぇか?」

「うん」と私とパティが声を揃えて頷いた。
みんなもやっと大きく息をついて武器を収める。
そんな中、ただ部屋の中心に立って、手の中の紅の小箱を見つめるエステルの姿が目に入った。
カロルが「どうしたの?」と声を掛けると、凛々の明星の首領であるカロルに小箱を見せ、独り言でもぼやくようにいった。

「あの……わたし、澄明の刻晶をヨームゲンに届けてあげたいです」

段々とはっきりとした口調で言ったエステル。
だけどもカロルは眉をひそめ

「だめだよ、エステル。基本的に僕たちみたいなちっちゃなギルドはひとつの仕事を完了するまで次の仕事は受けないんだよ」

そう、カロルたちはギルドとしてエステルを護衛しているところもある。
もし、エステルがヨームゲンに向かうと言い出すならばそれこそ契約違反だし、これを受託すれば二重の仕事になる。
駆け出しのギルドはまず信頼を得るために一つに仕事を全力でなしえなければいけない。

「あら?またその子の宛てのない話でギルドが右往左往するの?」

ジュディスのきつい一言がエステルの胸を指した。

「ちょっと!あんた他に言い方あるんじゃないの?!」

「あ……」と何か言いたげにエステルは仲間を見るが、私たちからすると掛けられる言葉がない。
エステルは自分の前のことで精一杯なんだ。
私だって目の前に突きつけられることが多くて、目さえくらむ。
ただ、エステルみたく声に出せる立場でもないし、おまけに他人に対する情がないのかも知れない。
「リタ、待って」とジュディスに食いついたリタを止めるエステル。

「ごめんなさい、ジュディス。でもこの人の思いを届けてあげたい……待ってる人に」

そんなのここに居るみんな思っていることだ。
もちろん冷たい口調で言ったジュディスも同様だ。
でも、エステルは分かっていない。

ここに居る凛々の明星のみんなはエステルのことをきちんとフェローに会わせたいからこそ自分の感情を押し殺しているのも。
本当はジュディスもこんな役は買いたくないだろうに。
私は小さく息をつくと足元でパティが私の名前を消えそうな声で小さく呟くのを聞こえて「大丈夫だよ」と声を掛けた。

私はリタとジュディスの間に無言で割って入った。
そしてエステルの手から小箱を奪う。

「エル?」
「とにかく、ヨームゲンなんて街、あるかないかも分からないんだから長い話をしていても無駄でしょ。本当に千年前の話だったらすぐに届けなくてもそう大差ないでしょ。まずはフェローに会うまで保留にしよ。それまで私が預かっておくから」

「いいでしょ?ジュディ?」とジュディスに確認というよりかはいくらか高圧的な圧力を掛ければ「かまわないわ」と笑ったジュディス。

「……あたしが探す」
「リタ?」

じっと私とジュディスを見据え、

「フェロー探しとエステルの護衛。あんたたちはあんたたちの仕事をやりゃいいでしょ。あたしは勝手にやる……そしたら凛々の明星にも迷惑かかんないし、エステルの願いも叶う」
「そういうと思った」

リタのことだから私の言う、いつでもいいとか、諦めのニュアンスを含んだ言葉なんて聞いてくれないと思った。
私は紅の小箱をリタの手に落とす。

「なんで」
「だって、リタが探してくれるんでしょう?」

と私がにやりと効果音がつきそうな笑みで言うと「あんた、性格悪いわ」といまさら分かりきったことを言う。

「じゃ、僕も付き合うよ」
「暇なら俺も付き合っていいぜ」

と次に手を上げたのはカロルとユーリ。
そう、これが依頼者の優先したい事柄ではなくてただ旅に勝手についてくる天才魔術士様の気まぐれだとするならば、ギルドとしてではなく普通の仲間としていくらででも手を貸すことは出来るんだ。

「ちょ、ちょっとあんたたちは仕事をやってりゃいいのよ」

それはリタも同じだ。
エアルクレーネの調査のためだけに付いてきているのだから。

「どうせついてくるんだろ。仕事外の手伝いとしてなら問題ない」
「ありがとうございます」

でも最終的にほっとけないところを見ると、ユーリもエステルもリタもカロルもみんな似たもの同士かもしれない。
あ、ラピードもか。
パティがまるで孫を見守る老人のような笑みを浮かべて首を何度も振る。

「みんな仲がいいのじゃ。リタ姐、いいのう」
「あ、あたしはよろこんでないわよ」
「そうなのか?」
「素直じゃないのもここまでくれば立派だね」
「ちょっと!あんたそれどういう意味よ」
「そのまんま」

私が薄く笑って言うと、リタが不服そうに靴をならした。
今まで黙ってやり取りを見守っていたレイヴンが窓枠の外れた薄い空を見、「ん?」と体を乗り出す。

「どうかした?」
「外に煙みたいなものが」
「発炎筒か?駆動魔導器が直ったのかもな」

そう、ここを出るときにカウフマンに、私たちが出ている間に駆動魔導器が直ることがあれば発炎筒を炊いて知らせてくれると。
みんなぞろぞろと部屋を出て、フィエルティア号に戻ることにする。

「腑に落ちないって顔しているね?」
「そう、見えるかしら?」

部屋に一番最後まで残ったのはジュディスだった。
あの場ではあれ以上は何も言わなかったけど、彼女がいつもの調子ならリタにもエステルと似たようなことをいっていたかもしれない。

私たちは横に並び、ゆっくり歩き出しながら、言葉を交わした。



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