怖いもの

「ねぇ、ユーリ」
「なんだよ」
「もし、このまま二人で死んじゃったら、ずっと一緒にいようね」
「そうだな」

今ならば、分かる気がする。
愛とか、友情とか、人を思いやる気持ちが。
後悔をしてももう、遅いし私たちを救う手はない。
遠くに居たものを信じても何の意味を持たないことを、
信じられるのは彼一人だと。

「とっても甘い台詞でうれしいんだけど、そういうのは自分一人の足で立ってから言おうな」
「だって、もー!!いやぁ」
「うわぁぁぁ!ユーリ、冷たいものが!肩をすっと!!!」
「カロル、そりゃただの水滴だろ」
「ちょ、ラピード。引っ張らないで!」

早く歩け、そんな意思表示が私のスカートを引っ張るラピードから伝わってくる。
ラピードだけは私の味方だと思っていたのに。

「エル、いちいち足場確認してたらいつまで経ってもすすめねぇだろ」
「あのね、石橋は歩いて渡れって言葉知らない?」
「まぁ、知らないこともないな」

この言葉の意味はぼろい船の足場は必ず確認して渡れって意味。
幽霊船、アーセルム号は想像のとおり、何故海を漂っている疑問しかわかない。
当然、足場は安定していないしおまけにすっごく揺れる。
左右に持っていかれる体を震わせながら、私は何回も鬼畜二人組みに(ユーリ、ラピード)帰ると訴えてもしっかりと左右を固められている。
しかも、連れてきたカロルは水滴に驚く始末、確かに幽霊船というだけあってじめじめとして暗く、何かが出てきてもおかしくないのだ。
とりあえず、船の中を一週するのははずせないらしく、私たちは船内へと乗り込んだのはいいけど、やはり足元は抜けていたりして海水が染み込んでいて、苔が目に入るほどひどい状態なのだ。
いつ難破してもおかしくない、私にとっては地獄空間で他ならない。
人は当然いないし、不気味な雰囲気をかもし、混ぜ返すような演出までされている。
船内にの至るところに私の身長と同じくらいの大きさの鏡が設置されることだろうか。

「合わせ鏡は不吉だって言うしね」
「へぇ」
「もー。エルまでそんな話、しないでよ!」
「そうかな。鏡は幽霊、あと悪魔を呼び出す道具とも言われているし」
「もしかして、何か映ったりしてな」

ユーリが冗談半分で鏡を覗き込んだとき、曇りや汚れじゃないおかしなものが割り込んでいたのを私とラピードは見逃さなかった。

「ほら、なんともないだろ」
「ほんと、だ」

と、ユーリとカロルは振り向いて会話をしている中、私とラピードはそれをじっと目で追っていた。
ビニール袋みたく白く、ふわふわと大きく膨らんでいく。

「ね」
「ん?どうした」
「これ?」

私の人差し指は鏡を示していた。
くだらないやり取りをしていたユーリたちもやっとそちらを向くと、すでに鏡には私たちの姿は映っていなかった。

「うわぁああぁぁぁぁあ!」

カロルが声を上げた瞬間、その物体は鏡をすり抜けて迫ってくる。
物体をすり抜ける魔物の一種のようで、天井に登った魔物を見るとハロウィンに出てきそうな適当な仮装をしたような姿だけど、勢いよくカロルに向かっていく。

「待て、カロル!」
「ユーリ!」

カロルは断末魔の叫びを上げながら逃げていく。
長く伸びた廊下を一目散に駆けていく、この状況で一人になるのはまずいだろうけど恐怖に支配されていてカロルは何も考えていないのだろう。
カロルの姿が消えたのと同時にわらわらと鏡の中から同じ魔物が3匹、鏡からこちらに向かってくる。
ユーリが舌打ちをし、鞘を落とした。
私も杖を抜き、臨戦対戦に入ったときだった。

「わう!うー」

ラピードが足元で吼えた、刹那だった。
船体が大きく傾き、ぎぎぎと歯車がずれるような音がしたのは。
魔物はものともせず、迫ってくる。
術式を描がかなきゃいけないのは体では分かっているのに。

「いやいやいや」
「おい、エル」

体がいやいや言って聞かない。
頭を抱えてその場に座り込んでしまう、これだけの揺れがあった上にぼろい船だ。
事実、今の揺れで軋んでいた扉が外れているし、柱でさえ折れてきそうだ。

「うー!」

ラピードが魔物を切りつけると麻のような体の一部が地面に落ちた。
ユーリも私をかばうようにして前に立つと、魔物を一刀両断する。
私の出番はないらしく(実際体が動かないし)あっという間に敵を圧倒したユーリがこちらを見下ろして呆れを混ぜていった。

「あのなぁ、まだカロルみたく魔物を怖がってるほうがかわいげあるぞ」
「現実のほうが恐ろしいんだよ」

そう、幽霊だなんて非現実的なものは信じない。
子供にも大人にも夢を届ける作家が何を言っているんだとか言われそうだけど、それはあくまで紙の中の話だから楽しめるだけだ。
幽霊なんかより、自分が死にかけるほうがよっぽど怖い。

「さて、帰り道はふさがれちまったな」
「え?」

ユーリの下手を見つめて信じられない言葉を吐く。

「帰り道も塞がっちまったし、こうなったら進むしかないな」
「へ?」

地面にへたれこんだまま、後ろを向くとなんと柱の一本が倒れて道を塞いでいた。
帰り道がなくなったのと、こんな大きな柱が崩れたということは船にも大ダメージだろうと考えると何も考えられなくなった。

「さ、カロルを探しにいくか。本物の幽霊とやらが出たら大変だしな」

いつも通りに笑ったユーリがとても憎たらしかった。




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