幽霊船アーセルム号


盛大なため息しか出てこなかった。
船に無理やり乗せられて、船室で休む……百歩譲って篭っていたら響き渡る轟音。
心配になって……心配して来て見れば魚人との交戦は終わってしまって……。
そして、ケープ・モックで見た光景、パティが魚人の胃から吐き出されたみたい。

「快適な航海だったのじゃ」
「そう……」

この子はどっから突っ込んでいいのか。
とにかく

「また危ないことに首を突っ込んだんでしょ」
「違うのじゃ。新たな旅立ちを」
「言い訳はおよし」
「あう……」

パティの額を小突くとなんとも情けない声が返ってくる。
カウフマンが遠くで「出発してもいいか」と声を掛けてくるが私は全身で首を横に振った。

「お前、大丈夫なのか」
「思い出させないで」
「何か事件があると大丈夫なんだな」

今、今ここに居るのも必死なのに、船の上だと忘れようと、ね。
あぁあ、思い出したらまた嫌になってきた。

「うわぁぁぁ!」
「?!」

パティに再び声を掛けようとした時、操縦を任されているトクナガさんの叫び声は響いた。
ユーリがとっさに向かう、私たちも急いで駆けつけると魚人の残党がトクナガを襲っていたのだ。
肩口をぱっくりと斬りつけられたトクナガは大量の血を流し、面舵に体を預けるようにして倒れている。

「エステル」
「はい!」

魚人の残りはユーリに任せ、私とエステルは治癒に掛かる。
二人でやれば血を止めて傷口を塞ぐことは出来るけど、傷口を塞ぐだけでは完全に直ったとはいえない。
怪我をしてからしばらくは神経が麻痺をしてしまう。

「このままじゃ、操縦なんて無理ね」
「困ったわね……」

少なくとも、手の力は入らないだろうし。
わざわざ操縦士を雇うようだからカウフマンたちも船の操縦の知識なんて知らないだろうし、私たちももちろん。
それに駆動魔導器の扱いは難しいのだ。

「うちがやれるのじゃ」
「パティ……大丈夫なの?」

「沈んだりしないよね」と念を押せば「当然」と胸を張って答えるパティ。
確かに、パティが本当にアイフリードの孫だとしたら船の操縦の知識を知っているかもしれない。
じゃないとパティの格好も意味ないし。

「世界を旅するもの。船の操縦くらい出来ないと笑われるのじゃ」

確かに、前に私に世界7大幻のことを熱く語ってくれた冒険家の人もかなりの博識だったはず。
私たちが肩を貸してトクナガさんを船室に運んで戻ってきたときにはパティは慣れたように舵を取っていたし、私は安心して……船室に戻ることにした。





「んー……」

船室の空気が嫌になったころ、私は体を起こした。

「ジュディ?」

このフィエルティア号は小さな船室が3つしかなく、1つは荷物を積んであるということで立ち入りを禁止されているし、もう一部屋にじは怪我を負ったトクナガさんがいるはずだ。

「あら、起きていいの?」
「具合が悪いんじゃないもん」

そう、寝ているほうが精神的に楽なだけ。
出来れば起きたらノードポリカでしたみたいな展開を期待していたのだけど。
ジュディスが肩ひざをついてこちらをじっと見ているものだから。

「まだ着かないよね」
「そうね」
「ん−……ジュディ?」
「何?」
「そんな見つめられると複雑かも」

にっこりとかわいいというより、もう整った綺麗な顔が目の前にあると、緊張する。
私は毛布を体に包んでずるずると後退するしかない。

「やっぱり違うのね」
「え?」
「いえ、こっちの話なのだけど。気になる?」
「少し」

そう聞かれたらいやでも聞いてくれって言ってるようなものじゃないか。
私は遠慮気味に声のトーンを下げて言うとジュディスはその返事を待ってましたといわんばかりににっこりと笑った。

「あなたが始祖の隷長じゃないかなって疑っていたのよ」
「えんてれ……けいや?」

ジュディスの口から発せられた耳慣れない単語。
私が聞き返すと説明しずらそうに視線を躍らせながら

「人でもクリティア族でもない特異な存在、と言っていいかしら。フェロー、バウル。あなた会ってきているわね」

私は小さく首を振った。
カルボクラムで会った、あの亀みたいな存在も、ジュディスも相棒の事たちも総称して始祖の隷長と呼ぶのだろう。
でも、ジュディスは私がそれではないかと疑ったってどういうことだろう。

「彼らも人とは違う不思議な力を持っている。たぶん、あなたとは近いと思ったのだけどやっぱり違うわ」

目を伏せて首を振るジュディス。
寝起きで上手に頭が働かないのに必死にぐるぐると思考をめぐらせていた。
でも、違う、という一言が刺さってとても痛かった。
私は人でもクリティア族でもましてや正体も分からない種族でもない。


じゃあ、私は一体何なのか、


旅を始めて、私は自分自身がますます分からなくなる

この世界のどこかに親、兄弟がいるのだろう、
きっと自分のことを知っている人間がいるんじゃないかと必死になって探したりもした、


「私……」
「ちょっと待って。様子がおかしいわ」
「え?」

ジュディスが天井を仰ぎ見た。
そして、急に立ち上がって「外に出てみましょう」と私の手を引く。

様子がおかしいって、まさかパティが操縦をしくじりました、なんて笑えない冗談、ないよね。




「な」

甲板に出た私たちは視界の悪さに驚いた。
海のど真ん中で昼間にもかかわらず霧で深く覆われていて至近距離ではないと人の顔も分からない。
しかも、夜と疑いたくなるくらい、影が差している。

ゆっくりと影に向かって接岸するフィエルティア号。
パティが焦りの表情を見せている、船の操縦がまったく利かないらしい。
焦りたいのはこっちだ、

「これはぶつかるわね、エルどこに行くつもり?」
「この展開はよく知ってる……きっと氷山にぶつかって転覆なんていう」
「少し落ち着きなさい」

ぺしっと額を叩かれる。
これもデジャヴな気がするのだけど。
その黒い影は岩でも氷山でもなくフィエルティア号の何十倍の大きさを持つ船だった。
しかも、普通に通行しているものではない。

「アーセルム号って、読むのかしら?」
「みたい。だね」

カウフマンが私に確認を取るように聞くと私は深くうなずく。
私は古代語が得意だったりする、記憶を失った際、文字も読めないほどだったのに古代文字や歴史分野がするすると頭に入っていく。

かすれた名が刻まれた船、アーセルム号は見ただけでとても古い船で木造なのだけど表面はカビているし、ところどころはげている。
とても人を乗せているようには思えないのだけど。

「まるで呼んでるみたい……」
「ば、ばかなこと言わないで!?」

いつも覚めてると思えるくらい冷静なリタまでも取り乱しているし。
そう、パティが見ているが駆動魔導器の制御を失ったフィエルティア号は吸い寄せられるように近づき、そしてアーセルム号からは梯子が下ろされる。
しかも人影がなく、人為的なものもない。
本当に勝手に降りてきた、風とか、まさか
うんともすんとも言わなくなった駆動魔導器を私も一緒になっていじるが、本当に動かない。
原因はたぶん、魔核がまったく作用してないから、か。

「原因はこいつ、かもな……」

そんな私たちを覗き込んで、ユーリはアーセルム号を見上げて不適笑いそういった。

「うひひひ。お化けの呪いってか」
「入ってみない?面白そうよ。こういうの好きだわ、私」

私は絶対に嫌だ、と意思表示を見せる。
ただでさえ、こんなボロ船……フィエルティア号に乗っているのも必死な思いなのに足場も悪そうだし、いつ沈んでもおかしくなさそうな船になんか乗りたくない。
みんな知っているけど、非科学的ものが嫌いなリタは大反対。
お化けなんて単語を出したレイヴンに殴りかかりそうな勢いのリタ。

ユーリが長いため息をついて「原因も分からないし」とぽつりとこぼすと。

「いくしかないだろ」

と最もな事を言う。
私もここが船の上じゃなかったら私も同じ選択をしたかもしれない。

「お化けが本当にいるなら見てみたいし」

今まで作品の中で何度となく幽霊とか妖怪とか出したことあるけど、実際に拝見したことないし。

「ほー。立候補もあったし。エル、いくか」
「え?」
「ラピードもついてくるだろ」
「わふ」

冗談じゃない、そう叫びたくなった。
しかし、ラピードが足元で私のコートを引っ張る。
大人しくついてこい、そういわんばかりに。

「無理、無理、無理」
「何―。そんな怖がっちゃって」
「ち、ちがう」

ジュディスに縋って否定の言葉を繰り返すけど「隠さなくてもいいのよ」と誤解は解けないらしい。
しかし、ユーリは選別するように仲間を見渡すと。

「カロル、いくか」
「えぇぇぇぇぇぇ!なんで僕が!」

と、この中で最年少、プラス怖がりのカロルを指名したということはこの状況を絶対に楽しんでる……。
私が講義の声を上げようとしたとき、ジュディスが残念そうに「行ってらっしゃい」と肩を押されて危うくバランスを崩して倒れそうになる。
少し涙が出てきた気がする。




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