交渉


「おら!邪魔なんだよ!」
「いたっ……!」

急に男が私たちの中に割ってきて私を片手で突き飛ばしたのだ。
体も反応できず受身も取れなかった私は地面に叩きつけられる。
「何をするのよ」と声を上げて抗議しようにも数人の男たちは何か猛獣にでも追われているように血相を変えて逃げていく。
私が呆然とその光景を見ていると、エステルこそあわてて「大丈夫ですか?」と手を差し伸べてくれる。

「何だ、ありゃ」
「怪我はねぇか?」
「一応」

後ろ姿を追えば、どこかのギルドの人間だろうが、何であんなに引き腰なのだろう?
不審に思いながら、埃を払っていると男が来たほうから張り裂けるような声が響く。

「こらー!待ちなさい!金の分は仕事しろ!しないなら返せ!」

さっと血の気が引くような音が聞こえて私はエステルの背中にとっさに隠れた。
現れる朱色の髪の美女、そして彼女から発せられる当然とも錯覚してしまう、金という単語。

「カウフマン……」

そう、今のギルドの男たちを追って現れたのは、同じギルドの人間にも美人社長と呼ばせるギルド、幸福の市場の首領であるメアリー・カウフマンだった。
尻尾を巻いて逃げるギルドの男たちの背中を目玉が飛び出るのではないかと思うほど、忌々しい瞳で見つめるカウフマン。
お金が絡むと、化けの皮が剥がれるカウフマン、むしろこっちの方が自然体に感じる、私は。
傍に控えていた男に「ギルド、蒼き狼、ブラックリスト追加ね」と容赦のない一言。
確かに、ギルドユニオンの重鎮であるカウフマンから直々に依頼を受けて逃亡を図るなんて信用問題以前の話だ。

そして、息を落ち着かせたカウフマンがその光景を見届けていたユーリと目が合う。




「あら、あなたはユーリ・ローウェル君……良い所で会ったわ」
「手配書の効果ってすげぇんだな」

わざと、か私に触れないのは。
実は私、ハルルでカウフマンに捕まって、原稿の続きは追って渡すだなんて言ったけど、あれから連絡を避けている。
なぜなら一連の騒ぎでまったく手をつけられなかったから。
そんな嫌な汗をかいて、不審がるエステルの背中に隠れている私をよそにカウフマンはユーリに近づき、顎を撫で言った。

「ねぇ、貴方にピッタリの仕事があるんだけど」
「即ち荒仕事って訳」

そう、今の光景を見る限り、誰でも察しがつく。
今男たちが逃げていった仕事を変わってくれないか、とそんな所だろう。
デイドン砦でも似たようなことをお願いされたし。

「察しの良い子は好きよ。聞いてるかもしれないけどこの季節、魚人の群れが船の積荷を襲うんで大変なの」
「あれ?それっていつも他のギルドに護衛を頼んでるんじゃ……」

カロルが思い出したように言った。
確かに、幸福の市場ともあればあんな腰抜けのギルドなんかに任せる真似はしないだろうし、さっきのあおき……?なんてギルドの名前初めて聞いたし。

「それがいつもお願いしている傭兵団の首領が亡くなったらしくて今使えないのよ。他の傭兵団は骨なしばかり。私としては頭の痛い話ね」
「誰かさんが潰しちゃったから…」
「皆同罪だろ……生憎と今、取り込み中でな。他をあたってくれ、じゃあな」
「え?ユーリ、船のことお願いするんでしょ?」

踵を返したユーリを止めるカロル。
二人でそんなことを話していたのか、でも絶対やめておいたほうがいいと私は口には出さないものの、目でユーリに訴えていた。
「船ねぇ」と含み笑いをするカウフマン、嫌な予感しかしない。

「じゃあ、あなたはどう?ティアルエル」
「あー……」

やっぱり隠れるのは無理があったか、エステルの背中から顔だけ出した私に一斉に視線が集まる。
「あ、ティアルエルさん、お久しぶりです」だなんてカウフマンの連れの男が緊張感のない挨拶をしてくるけど、どう切り抜けようかで頭がいっぱいで名前が出てこないです、ごめんなさい。

「あなた、聞いたわよ。天を射る矢、首になったんだって?」
「うわ、直球……」

レイヴンの呟きも私にとっては胸にぐさっと刺さるようなものなんだけどな。
どうせ、今度あったときはそれでいじられるとか考えていたから、そんなには傷つきはしない、カウフマンに悪気とかいい意味での遠慮がないのは知っているし。

「どう?この際、幸福の市場に来る?それで全部解決じゃない、どうせ貰い手、ないでしょ?」
「……、私。魚人なんかと戦わないよ」
「あぁ、そう。あ、そうだったわね」

思い出したのか、声だけは平静に言う。
そんな中、ユーリが

「悪いな。天才作家様は俺ら凛々の明星が勧誘中なんだわ」
「あら?凛々の明星って?」
「僕たちもギルドを作ったんです」
「素敵、それじゃ商売のお話しましょうか。相互利益は商売の基本、お互いのためになるわ」
「あー。」

と、新しい獲物を見つけたかのか、カウフマンの瞳が輝いた。
ユーリがギルドの根本的なこと、仕事は多重には受けられないと断ろうとするが、確かに凛々の明星とすれば幸福の市場に名前と信用を売るまたとない機会というのもある。

「それなら、商売じゃなくてギルド同士の協力っていうことでどう?それならギルドの信義に反しなくってよ。それにうちと仲良くしておくと色々お得よ〜?ね、エル」
「さぁ……?」
「あ…うー、えと」

確かに幸福の市場の名前だけで特をすることがあるはあるけど、私的には失うものの方が多いと思う。
決めかねるカロルはユーリを見上げた。

「分かったよ、けど俺達はノードポリカに行きたいんだ。遠回りはごめんだぜ」
「構わないわ、魚人が出るのはここの近海だもの。こちらとしてはよその港に行けさえすればそれでいいの。そしたら、そこから幾らでも船を手配できるから」
「ちょ、本気なの、ユーリ」

本当にこの場から逃げ出したくて仕方ない。
カウフマンと一緒にいると、必ず仕事しろとかどやされるし、それに船の件だってあるのだ。

凛々の明星には悪いけど、私は反対させていただく、

「幸福の市場のいい話だよね。報酬がついでで手に入るんだもん」
「生意気なこと言うようになったわね。でもいいわ。あなたがそう言うと思ってもう一ついい話をつけようと思っていたのよ」
「え?」
「無事についたら使った船を進呈するわ」
「ほ、ほんと!?」

私を押しのけて、カウフマンに詰め寄ったカロル。
カウフマンの性格がどこで変わったのか、と聞きたくなるほど破格なものだった。
けど、

「どうだかな。それだけ魚人ってのが厄介だってことだろ」
「まぁね、あとこの話には一つ条件があるわ」
「条件?」
「その子の同行させること。100%あなたたちを信用したってわけじゃないの。それはいいわね」
「な、なんで私?」

カウフマンが指差したのは私だ。
確かに彼女と何度か仕事をしたことだってあるし、難なく一人でこなしたことだってある。

「決まり、だな」
「えぇ」

満面な笑みでジュディスはこちらに歩み寄ってくる。
脇はリタとエステルに挟まれて、完全に逃げ場を失っていた。
私の、
声にならない悲鳴がトリム港に木霊した。




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