光と闇と

光を纏うような、闇を背負うような、
日のまたたきが遠く感じた。

「……私はなんでここにいるの」
『あなたは落ちたわ。』
「どこから」
『あの星から』
「なんで」
『助けようとしたんじゃない』
「誰を」
『家族とあなたの親友』

天使が答えた。

「レム、ジャドウ……私」

誰にも、会いたくなくて、かかわりを持ちたくなくて、一人になれる世界に逃げ込んだ。
といっても、ミョルゾの出入り口には誰も近づかないって来てから気づいたことだから。

『当の本人は責任を感じて出てこないみたいだけど』

神秘とも言えるミョルゾの都が彼女には似合うかもしれない。
レムの背に隠れ、黒い服を纏った顔色の悪そうな青年が立っている。

「シャドウ……?」

無言で彼は頷いた。
レムは「やっと思い出したのね」と私に微笑みかける。

「私はこの世界の人間じゃない……この時代の人間じゃないってことだったんだね」
『そう……あなたはあそこから落ちた弾みで、力の使い方を誤った』

ふと、目に浮かぶのは雲のうえの景色だ。
何かを決意したように、世界を眺め、そして

『星喰み……あれを助ける……いえ、倒すためにあなたは空に上ったはずだった。』

記憶は鮮明になって帰ってくる。
光の瞬く空間、空にかかる虹の色をした竜が空に立ち上ったと錯覚したあの日。

「『今』が私の世界の1000年もあとの世界だとしたら、星喰みは倒されたの?それに……」

私の大切な人たちはどうなったのか、その質問は胸につっかえて、出なかった。
忘れたくなかった記憶じゃない、きっと逃げたくて自分の中からこぼれていったのだろう。

昔、というのもおかしいだろう。
王族のエステリーゼほど裕福な家ではなかったけど、執事も家女中もいるようなそんな家だった。
上にはできのいい兄が一人と嫁いだり、養子で出て行った姉が三人いた。
得に目立った功績があったわけじゃなく、財力があったわけじゃない。
ただ、普通の人間とは違う他人からは『満月の子』と呼ばれる力があった。

私にとってはただそれだけだったのに。

『私たちにも忌み嫌われ、人からも利用されたあなたたちの力、今はすっかり薄れたみたいだけどエステリーゼ?あの子にはあなたと同じくらいの濃い力が宿っている。そして』
『……その力を利用しようとしているものがいる』

レムの影に隠れたシャドウが重く語る。

「それは……」
『分からないわ。でも、エアルの乱れ、始祖の隷長の盟主のあの様子。いやな予感がするわ』

『あの子から目を離さないで。そしてあなた自身も』

レムに強く抱きしめられて、泣きたくなった。
彼女たちにだけ残された懐かしい香り、今私が立っている場所、その空気が異質に感じて、息を吸い込むだけで胸が締め付けられるようだった。




始祖の隷長であった、彼女たちは死んだ。
いや、私が殺した、私のせいで、友達といった始祖の隷長たちは死んだはずだったんだ。
銀色の体を持つ、始祖の隷長と呼ばれる彼に助けてもらった。
私は彼に約束した。
「助かるはずのない命を助ける」と

「そう、守らないと……じゃないと」
『し』
「?」

独り言が口に出てしまっただろうか。
レムにとがめられたと勘違いして口もとを抑えていれば、レムは「違うわ」と首を振る。
レムが疾風のようにかけだすので、私もそれを追うと、家と家の間をすり抜けていく。

「ちょっと……レム」

まるで子供のように鬼ごっこでもさせられているのか。
でも、それはレムにとって最短の距離だったのかもしれない。

彼女が案内したのはさっきまで私たちがいた、ミョルゾ唯一の出口。

「なに、忘れ物でも」
「いえ、彼女は」
「……?エステリーゼ?」

そこには、ミョルゾの長老の家から駆け出した彼女がいた。
そうか、彼女は私にとって……
同じものを抱えてしまった薄幸の満月の子。

「あれは、騎士?」
『まずいわよ』
「まさか!」

言うとともに、私の身は乗り出していた。
エステルは騎士の男に詰め寄られているように見えた。
赤いマントに、橙色の装飾をされた鎧。
漆黒の髪、顔は前髪で隠していてよく見えない。

「エル」
「エステル、大丈夫」

騎士は剣を抜き、エステルを脅迫しているようにも見えた。
近くには人影はない、助けを呼ぶこともできないだろう。
騎士の堂々とした物腰、一人でミョルゾに乗り込んでくることから、実力のある騎士だと分かる。
エステルは帝国の姫であり、騎士の追っ手を避け私たちとついてきている。

「おとなしくしてもらおう」
「……聞けると思う?」
「エルやめてください!」
「エステル、何を言い出すの!」

私が杖を抜き、騎士の男をけん制するようにすると、エステルはまるでかばうように私の左腕をとり杖を下ろさせようとする。

「この人はシュヴァーン、アレクセイの側近です!」
「シュヴァーン、まさか」

私が騎士の男をまじまじと見る。
シュヴァーンといえば、ユーリがよく知るルブラン隊も所属する隊の隊長であり、10年前の人魔戦争を生き残った英傑と呼ばれる人。
しかし、表舞台で彼を知る人間はいない。
そんな大物がエステルをわざわざ連れ戻しに来たか。
帝国の姫だから、そういってしまえば簡単だけど、ノードポリカからフレン隊が私たちの動向を失ったから帝国も必死になったか。
『アレクセイの側近です!』
『おそらく、それをやったのは帝国騎士団長』
ヘリオードの魔導器の暴走。
いろんな可能性が絡み合いそうだった。
エゴソーの森で満月の力を発動してしまったエステル。
満月の子の力。

満月の子の力を何かに使おうとしている?

「エルこの人は!」

腰のホルダーに手を回した私に気づいたか。
違う、エステルの言葉をさえぎるように切りかかってくるシュヴァーン。
エステルは武器を持っていない、私が戦うしかない。
もともと騎士がこんな場所まで追ってこれるはずがないのだ、ここは空の上なのだから。

チャクラムを構えている時間はなく受け流してから、体制を立て直そうとした。

「うぐっ……」

急に胸が締め付けられるような痛みが走った。
胸を押さえてしまったスキを逃さずに、騎士は剣を向ける。
斬られる?!
背中にぞっと、悪寒が走った。
けど、その剣先は私に届くことはなく、シュヴァーンは柄で、私の腹を打ったのだ。

「つあ……」
「エル!エル!」

吐き気がせりあがってきて、思わずひざをついてしまった。
治癒術をかけようとしたエステルの腕を掴むシュヴァーン。

「エステル……」
「ごめんね……エルちゃん」
「その声……」

シュヴァーン、まるで泣きそうな瞳に声。
それは誰が疑ったとしても、レイヴンと重なったのだ。
「彼」の名前を呼ぼうとしたときに、また腹に鈍い痛みが走ったとともに、深遠の眠りへと落ちていった。


信じていたのに

信じていたのに?
彼を?
だって、ほら

誰を?



「……エル!しっかりして、エル」
「……」

ジュディスの声が間近で聞こえ、私の意識は覚醒する。
普段冷静な彼女が見せないような顔がとても近くにあって、私は彼女に膝枕してもらっているのだと気づく。

「……ジュディス……っ、エステルは?!」
「落ち着いてエル、エステルはみんなで今探しているところ」
「探したって無駄、彼女は!!」
「……エル落ち着いて……話してくれる?」

興奮して仕様もない私をあやすようにしてジュディスは先ず、私を見つけたときの状況を話す。
帰りの遅い私とエステルを探しに出たら、私がミョルゾの隅で、住居にもたれかかるようにして意識を失っていた。
ユーリとカロルが私を見つけ、今いる空き屋に運んでくれたこと。

「ユーリ、とても怒っていたわ」
「……でしょうね」

勝手に抜け出して、敵に負けて、

私から、エステルを街中で見かけたけど、騎士の男がエステルを誘拐したこと。

「伝えてくるわ。あなたはおとなしくしていてね」

一通り説明したけど、どうしても言えなかった。
騎士の男は、騎士団の隊長シュヴァーンであること。
そして、シュヴァーンはともに姿を消したレイヴンであること。

いや、鋭いユーリやジュディスはすでに気がついているかもしれない。

騎士団についても、降魔戦争に詳しかったレイヴン。
人とは達観した視点を持っていて
そしてギルドの重役だった、ドンの右腕と呼ばれる人だった。
私にも言葉でも態度でも、この仲間の輪に入れやすく振舞ってくれたレイヴンの裏切りを肯定するのが怖いだけだった。



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