星を喰うもの
「……リリィナ」
ふと、涙がこぼれた。
ミョルゾの門をくぐれず、ふと空を見たときに彼女が笑ったような気がしたから。
まるで雲を掴んだような思い出を掴んだ気分だった。
でも、なんでこんな大切なことを忘れてしまっていたんだろうと。
「……エルちゃんおっそーい」
ミョルゾの街は時が止まったようだ。
使わず放置された魔導器。
それは、無造作に捨てられていることをあらわす。
これがクリティアの言う始祖の隷長との共存なのだろうか。
ありのままの建物と文化。
罪を伝えるというのはこういうこと?
罪を忘れ生きる人と別の道を歩むこと。
しかし、人に対してはとても親切だった。
私がユーリたちの居場所を訪ねれば長老の家の近くの空き屋だという。
じゃあその空き屋はどこ?と訪ねれば案内してあげるよという。
かくして、迷うことなく私はユーリたちと合流ができたのだけど、扉を開けて待っていたのはレイヴンの出迎えだった。
両手を広げて「さぁ、この胸に飛び込んでおいで」というレイヴンのお決まりのポーズ。
……とても沈んで、考えにふけっていた私の気持ちは台無しだ。
顔は引きつっていると思う。
目の前のレイヴンをどう排除してやろうかと思っていたら、「うぐお!」なんて苦しい悲鳴を上げてレイヴンが背中から崩れていく。
「なぁに、くだらないことしてんのよ」
「エルちょうどよかったわ。迎えにいこうとおもっていたところなの」
「……あの、レイヴンは」
「何のこと?知らないけど。さぁ、あんたも長老のところに行くわよ」
といいつつ硬い靴底でレイヴンを再び踏みつけるリタ。
レイヴンは「痛いよ、リタっち」なんて言っているけど本心ではどうだか。
お互い、同意の上?だからいいのだろうか。
「長老って何をしに?」
「ミョルゾの伝承を聞きに」
「行くのじゃ」
私の腕を取り、ガッツポーズをとるパティ。
説明しようとわざわざ口を開いたユーリもあきれている。
「なんでも、うちらが普段使っている魔導器の魔核のは聖核を砕いたものだったらしいのじゃ。それで」
「……大丈夫、知ってるわ」
頭をなでて、笑って言えばパティは「誰からか聞いたのかのう」と一人で語る。
そう、聞いた。
聞いたんだ。
「……あなたも感じた?あの子の違和感」
「ああ」
他人に気づかれているなんて知りもしなかったんだ。
「ほんとに勝手に入っていいんでしょうか?」
まるで、泥棒のようにそろりという効果音が似合いそうな抜き足で部屋を覗き込むエステル。
そんな彼女の遠慮を無駄にするようにリタが扉を殴るように勢いよく開ける。
「本人が入って待ってろって言ったんだから良いでしょ」
「……本当にクリティア族の人ってなんか変わってるよね」
「のほほんって言うか、マイペースというか」
「世捨て人みたいだよね」
なんだっけ、仙人とでも言おうか。
とにかく達観的で、楽観的な視点で物事を見ることができるんだから。
「おかしな人たちでしょう?」
「ジュディスもなんとなく似ているけどね」
「おかしいわね。ずいぶん違うとおもうのだけど」
「パティもノリが合いそうだね。エルも」
「私?ずっといたら疲れそうだわ」
「それじゃあうちはここに住むのもいいかもの……」
「……船に乗る心配がなさそうね」
海がないのが私にとって唯一の救いかもしれない。
玄関先でがやがやと話をしていると私たちが入ってきた扉が開かれる。
そこにはひときわ派手な格好と髪型のクリティアの長老様。
まるで、家族のように「ただいま」といって手を振るのだから。
「あ、おかえりなさい」とご丁寧に出迎えるエステル。
「待たせたの。それじゃあその奥に行くとよい」
と居間の隣にある広間に私たちを通す。
そこは明かりがなく、丸型にくりぬいたような部屋だった。
部屋の一部の壁の色が違うというところだけは気になるけど、それ以外では集会を開くような部屋だった。
「……?」
「ユーリ?」
「んや、ちょっとな」
急に立ち止まって、辺りを見渡すユーリに声をかければなんともないような返事が返ってくる。
部屋に招かれた仲間たちだけど、部屋にはミョルゾの伝承を伝えるというのだから古い本や、魔導器でも眠っているものだと思ったのに、ただの変哲のない部屋だったので鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしている。
「これこそがミョルゾに伝わる伝承を表すものなんじゃよ」
「でも、たたの壁だぜ?」
レイヴンの言うとおりなのだけど、なぜか不思議な感じがする。
そう意思を持ってるというのだろうか。
クリティアの長老はジュディスに微笑みかけると
「ジュディスよ、ナギークで壁に触れながらこう唱えるのじゃ。……霧のまにまに浮かぶ夢の都。それが現実の続き」
「霧のまにまに浮かぶ夢の都、それが現実の続き……?」
半信半疑ながらジュディスが壁に触れ、まるで魔法の呪文のようなそれを唱えると壁がいきなり光を持つ。
それは壁全体を包むようにして、まるで青い火で紙をあぶりだすように、壁に絵が刻まれていく。
「やっぱり……」
その絵に描かれるもの。
私の記憶を確信へと変えた。