記憶の断片

「だから……私はいやだっていったの」
「あんたいつもいやいや言えば逃げられると思ってるの?ほら、やんなさい!」
「……」

お宿題という面倒を顔に押し付けられてしぶしぶと受け取ると、満足げに笑みを浮かべるあなたがねたましい。

「……どうせ私が何をしたって無駄だわ。時間の無駄。リリィナが書いたってばれないもの」
「このひねくれ者。兄さんに言いいつけよ」
「家庭教師とは思えない発言だわ」

机の前に伏して話しを聞き流していると、私のシャツを掴んで無理やり起こさせる。
赤い髪に赤い瞳、赤い服が好きな、私の親友。

「……外はどうなの」
「外?」
「私が文学のことでも、歴史のことでもあなたに聞いたことがある?」

まるでとぼけたように聞き返すから私はイラついて、リリィナに言い返す。
「ああ」と技と相槌をつく、家庭教師の真似をした本職は騎士のリリィナ。
本当はこんなところで、わがままな自分をかまっているような人間じゃないことは本人よりも私が一番わかっている。

「あなたに余計なことを吹き込むなってこの間釘をさされたのよねー。だからいえない」
「……釘が刺さるようなたまかしら」
「あれ?私だってとっても繊細なのよ。……まぁ、芳しくないね」
「……始祖の隷長は」
「西ね。近い。……二匹の始祖の隷長が暴れているらしいわ。私の部隊にもお呼びの声がかかった。あなたのお兄さんにもね」
「……始祖の隷長か……」
「ほー。興味深々って顔をしているわね」

素直に言いたいといったら、リリィナは受け入れてくれるだろうか。
始祖の隷長、獣の姿をし、人を導くもの。
その知識に人は助けられ、そして今の魔導器の発展があるという。
魔導器はここ十数年でとても発達した。
私が生まれる少し前は、マッチの代用ができる火を灯すその程度のものだったらしい。
それが今では、家事に使う洗濯乾燥魔導器か写映魔導器、そして今戦争で使われている兵装魔導器。

「……始祖の隷長がなぜ人間を襲うようになったか。少し考えれば分かることなのに」
「それはあなたたち貴族の特権でしょ。市民は始祖の隷長の存在も知らない。ただの魔物が街を襲っているとしか思わない」
「……それはリリィナの言う片側だけの主観でしょ?……でも、私はそれしか見ることができないでいるのね」

ため息、それは自分の無力に吐く。
机に頬杖をつく私の頭をなでるリリィナ。
そして言う。
「あなたが好きなようにすればいいわ」と。

「……本当にそんなこと言っていいの?お咎めは」
「ただし、一人でやってね」

突き放したんじゃなくて、彼女は本当にこんな性格。
真剣になったかと思えば、いつも煙に巻いたり、でもふざけていっても周りの空気を換えるムードーメーカー。

「リリィナ。みんないつか分かりあえるのかしら。人と、人同士。人と始祖の隷長が分かりあえる日が」
「……いつか、あなたが書く物語じゃない日が来るといいね」


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