クリティアの街ミョルゾ

「あ……あ……」
「なんだ、ありゃ」
「あ……」

唖然として空を指差すカロル。
指の先をたどってみると、そこには
まるで空に根を張る植物のような触手が空一面に広がっていた。
私たちを囲むように広がるドームのようなそれはひとつ簡単に呑み込んでしまいそうだ。


「扉が開いた、あれがミョルゾ、クリティア族の故郷よ」
「……」
「こりゃ、えらいもんだ」
「海底に咲くタンポポより……予想外なのじゃ」
「……あまり長いこと扉を開けていてもらえないみたい、急ぎましょ、バウル」

バウルの角を耳に当て、エゴソーの森の近くで待機していたバウルを呼ぶと、数分もしないうちに、バウルが到着した。
フィエルティア号に乗り込んだ私たちをミョルゾの元へと導いていく。
上空へと向かった私たちを白い光がつつんだかと思えば、その根のようなものの中心核から、街をぶら下げているように見える。
まるで、生きているように見えるあれはなんだろう?と自分の中で考えていると「始祖の隷長よ」と声が聞こえた気がした。

「まさか、飛んでいる街をはな」
「というより、運んでもらっている街と言ったほうが正しいかも」
「それ以前にあの馬鹿でかいのは、なに?!生物みたいだけど」
「ふわふわのくらげさんなのじゃ」
「……始祖の隷長じゃないの?」
「よくわかったわね。エル。私は話をしたことはないけど」
「……」

私はただただ、教えてもらったことを口にしただけで。
でもそれは、たぶん、レムが教えてくれたのだと思う。
まるで吸い込まれるように触手からめ丸く縮んでいく。
それは先ほど思った木というよりクラゲのように見えた。
そして、ミョルゾというクリティア族の都、石畳の橋が続いて交差するように街の中央に続いている。

「始祖の隷長がなんで、街を丸ごと呑み込んでんだ?」
「さぁ、そこまで知らないわ」
「こんな街があったなんて知りませんでした」
「気が遠くなるほど長い間、外界と接触を絶ってきた街だからね、ミョルゾは」
「……罪を受け継ぐものたち」
「え?」
「フェローが言っていたこと……気になるなって」

それはクリティア族に言ったものなのか、ミョルゾに住むクリティア族に言ったのか。

「……このまま近づいても襲ってきたりしないよね?」
「大丈夫、バウルがいれば中に入れてくれるはずよ」

「ね」とジュディスは念を押すように言うと、バウルがもちろんと言いたげにほえた。




「……やっぱり」

クイティア族の神秘の都、ミョルゾ。
私たちはまるで時代に取り残されたようにぽつんと立っていた。
遺跡の街をそのまま再現したかのような街だった。
遺跡マニアや、それを専攻とする学者がここの降り立ったとするならば、さぞや興奮をしただろう。
でも、私は別の感想を持っていた。

「この風景……なつかしいような」

覚えているわけじゃなくて、ただ風の匂いが懐かしいとか雰囲気を感じるというか。

「おい、エル離れるなよ」
「あ……ごめん」

急に肩を掴まれて体が飛び跳ねた。
逆にユーリが驚いたように顔を覗き込む。
歩き出すつもりはまったくなかったのに、まるで風に呼ばれた気がしたのだ。

「なんか、不思議な景色よね」
「ちょっと、あれ!」

リタが街続く、見たこともないような紋様が刻まれた石畳の階段から数十人、井戸端会談をしながら降りてきたのは数十人のクリティア族だった。
クリティア族は希少で、ジュディスとアスピオで見たトートを含めて指で数えるほどしか見たことがない。
今目の前で起きているのは、猫が二本足で立っているのを見るのと同じくらい奇跡の光景だ。

「こりゃ驚いた。本当に外から人がやってきたよ」
「あら、まぁまぁ。ミョルゾを呼んだのはあなたたち?」
「おや?これはまた変わった飾りをつけているね」

私たちを取り囲んで、みな一斉にしゃべり出し、体をペタペタと触ってくる。
ユーリのお気に入りの剣を触ったり、リタの飾りのリボンを引っ張ってみたり、私のショルダーバックの中を覗こうとしたり。
自由で、マイペースなクリティア族たち。

「この魔物ってひょっとして始祖の隷長?」

クリティア族の男性が、ミョルゾ近くの空を漂うバウルを指差し、つぶやいた。

「バウルよ、忘れてしまったの?」
「あら、あなた何年前に地上に降りた……」
「確か、名前はジュディス。そうジュディスよ。何かすることがあったのよね。それで……」

記憶力が乏しいというより、覚える気もないだろう。

ジュディスが慣れたといったように受け答えをしているけど、右から左に流れていってるのが見て分かる。

「もういいかしら?長老様に会いたいのだけど」
「そりゃ、もちろん。好きにするといい」
「また散歩しているかもしれないけどね」

そういってクリティア族は口々に「いってらっしゃい」「長老様はどこにいるのかしら」「そういえば、ジュディスは」なんて好き勝手感想を述べて、街の方へ行ってしまった。
率直な感想を述べるなら付き合いづらいだろう。
一緒にいるだけで肩がこりそうだ。

「なんか、おかしな連中だな」
「ああいうのは失礼っていうのよ」
「リタが言うんだ」

すかさずカロルが言うとリタのチョップが彼を襲う。
「基本的にああいう人なの」とジュディスがフォローにならない一言を述べる。
「明るくて物怖じしない。楽天的で楽観的。よくも悪くてもね」とジュディスは鼻で笑うように言った。

「もし、ミョルゾに来た人間が強盗とかだったらどうするんだろうね」
「その時はその時じゃないかしら?」

やっぱりジュディスもここで育ったクリティア族だ。

「それよりあなた、本当に平気なの?」
「私?」
「えぇ、ほら」

ジュディスがポケットから取り出したのは花柄の真っ白なハンカチだった。
どこから取り出したというか、なぜ?と私が首をかしげると「必要でしょう」とジュディスは押し付ける。
なんだろう、鼻がかゆいわけでもないのになんて首をかしげるとジュディスは耳元で囁くように

「あなた、泣きそうな顔しているわよ。どうしたの?」
「私?え?」

演技でもなんでもなく、私は戸惑っていた。
だって、そんな顔をした覚えもないし、涙が出てくるわけでもない。
悲しいわけでも痛いわけでも、ましてミョルゾに来て感動の涙を流しているわけじゃない。

「あの、ジュディス」
「洗ったら返してね。……みんなせっかちなんだから」

いつの間にか、みんな街の方へと向かっている。
ジュディスも私にハンカチを渡すとみんなの後を追う。
私はなかなか、一歩前へ歩き出せない。
まるで、壁があって阻まれているような気がする。

「……私らしくない……こんなの」

何にこんなに恐怖しているのだろうか。
うろたえて、前に進めなくて、みんなについていけなくて。
きゅっとハンカチを握り締めるとそこに一粒の涙が落ちた。

「……なんで私が」
『そう……あなたらしくないわ』
「…………」

レムの声が耳に聞こえて、私はまた身震いをした。
みんなには聞こえて、私には聞こえない。
それだけの決定的な違い、ミョルゾの景色。
懐かしさを感じる、その恐ろしさ。

ジュディスにもらったハンカチを握り締めると涙が一滴落ちた。


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