お互いのことを思って

「パティ?大丈夫なの?」
「え?」
「……さっきからぼーっとしているけど、つまずくよ?」

エゴソーの森を早足で魔導器の元へ急ぐ最後尾でパティはおぼつかない足取りでついてくる。
前を歩く仲間たちはそれを気にしていながらも、今は目の前の魔導器が最優先だとわかっているからあえて口には出さなかった。
でも、石につまずく彼女を放っておくことができなくて。

「むぅ。大丈夫じゃ。うちは子供じゃない」
「そうかもしれないけども……」
「ユーリ、エル姐がうちを子供扱いするのじゃ」
「ちょっと、パティ」

いきなり駆け足で愛しのユーリ(パティ談)に言いつける。
ユーリは耳では私たちの会話を聞いていたらしく無言だけども目で「どっちも子供だろ」みたいな視線を投げかけてくるのが少し腹立つ。

「……何か言いたいことでも」
「いや」

大体、リタにもパティも私に対して言い方ひどい気がする。
姉といってもいいような年だし……それでもエステルとジュディスへの接し方を見ているとまだいいほうかもしれないけど。
私の不満はただの独り言で終わることになって、ぽつぽつと歩いていくといつの間にかと思うくらいの時間で魔導器の元へとたどりつく。
空に向かって突き出した槍のような形をした魔導器を見つけるやリタは空腹を耐えかねていたかのように食いつくが、市民を守るはずにあるはずの騎士が泣けるが、魔導器を守る騎士団が「何者だ!貴様ら」「かまわん!かかれ」なんて月並みの台詞をはいて私たちに向かってくる。
ジュディスがリタを守るように飛び出して騎士をなぎ倒す。
私とパティは離れ、銃とチャクラムで騎士を狙撃する。
私が放った扇状に迂回した術はよけられるが、パティの確かな腕の銃撃は騎士の左肩を打ちぬいた。
エステルやカロルが敵の攻撃を優雅に避け、背中から強い衝撃を与え騎士の意識を奪う。
エステルとカロルは出会ったころから本当に戦闘なれをしたと思う。

「さてと、これで撃たれる心配はなくなったな」
「まだよ。騎士団だけじゃなくてこの子も止めないと意味がないでしょう。この子……ヘルメス式じゃないけど術式が暗号化されてる」

リタが魔導器の操作を始めるけどかなりてこずっているようだ。
魔導器は知識を知る人間だったら大体の操作は可能だけど、魔導器を動かす術式を変えて他者が動かせないようにする。
前にダングレストの結界魔導器が消えたときに黒衣の男がやっていたことだ。
一般人やいたずらをできないように、魔導器の個人的なものに使うのには問題はないのだろうけど、今の私たちにとっては障害でしかない。
「どーいうこと?」と相変わらずの調子で聞くレイヴンにリタは早口で「早い話、暗号鍵がない限り動力を落とすことができない」と告げる。

「その暗号とやらを解くのには……」
「そう簡単じゃないわね。解くとしても時間が必要ね。ほかの方法は……ちょっと、あんたも手伝って」
「あ……」

リタに言われて初めて私の体が動く。
しかし、暗号鍵の解除なんてやったことがないのに私の知識が役に立つのだろうか。
私がバックからメモ帳をとりだしているとジュディスが急に冷たい視線を空に投げかけると矛を抜く。

「ちょっと……なんで!?」

リタが今のジュディスに重ねるのは竜使いの影だろう。
彼女にとって魔導器が目の前で破壊される光景はジュディスの信用を失うすべてだ。
私も声も出せなかったけどジュディスを制止しようとしたとき、ジュディスはいつもの妖艶な笑みで笑ってみせたのだ。

「あ……」

ジュディスがちょうど真上にあった木の枝を貫く。
戻ってきた槍とともに落ちてきたのは顔まで覆い隠すマントを羽織った魔術士だった。

「あんた……!?」
「ひぃ……!」
「この魔導器の技師じゃないかしらね」
「ち、違う!違うんだ!いや技師なのはそうなんだけど……ぼ、僕は命令されただけで、だ、だからこんな事するのはいやだったんだ!」

涼しい顔で言ったジュディスとは反対に魔術士はこの世の終わりのような顔をしている、当然だ。
本人たちは命令に従い動き、悪いことをしているつもりもない。
それを阻む私たちこそ、害悪なのだから。
リタは魔術士の胸倉をつかみあげると

「早く暗号を解いて!この子を止めなさい!」
「は、はひ!ただいま!!」

恐怖で呂律が回っていないのか、気のないような返事をしながらも、半分涙目で魔導器の制御盤をたたく。
ジュディスは「ふふ」と小さく笑い

「ごめんなさい、びっくりさせて」
「ふ、ふんだ。どうせびっくりさせるだけだってわかっていたわよ」
「……そう?」
「……リタの焦った顔撮っておけばよかったかな」
「外野は黙ってなさい」

リタは手の施しようのない魔導器をジュディスが無常にも破壊してしまうと考えたからなのだろう。
それほどまでに目の前で愛情を注ぐ魔導器を壊されたトラウマは消せないものなのだろう。
ジュディスと私はそれを素直に口で言えばいいのに、悪い病気が邪魔をしているリタをほほえましく見るしかない。

「でも、これで一件落着。晴れてミョルゾに行けるんだね」
「あとは……鐘を……。ラピード?」

ラピードが鼻を鳴らして立ち上がった。
「ちぃ」と舌打ちをし、ユーリも急に向かいの山に向かって走り出す。
向かいの山から電灯を照らしたような小さな光が見えた。
それはだんだんと大きくなり光の弾となって、こちらに向かってくる。

「あぶないっ……!!」
「お前もどいてろ!」
「ユーリ……!!」

防御結界を張ろうとした私を後ろに突き飛ばしたユーリ。
地面に突っ込んだ私の前でユーリは剣を胸の前に突き出し、光の弾を受け止めたのだ。
エアルの収束させたものを体で受け止めるなんて無茶すぎる。
それでも、力技で光の弾を受け止めている。

「少年、こっちに来て手伝うのよ」
「あ、う。うん!」
「ぁ……」

呆然としてしまった私もレイヴンの声で覚醒した。
私はすぐに防御結界をユーリの前に張る。
ユーリが受け止めてくれたおかげで光の弾の威力が減り、金属音のようないやな音がしながらも破られることはない。
カロルとレイヴンがユーリの腰をつかみ、引きずるようにして救い出す。
まるでタイミングを計ったかのようにバリアと力を相殺し、小さな爆発を起こして消えた・

「油断したぜ、もう一台あったとはな」
「エル!大丈夫です?」
「突き飛ばして悪かったな」
「平気だから。それよりもユーリ……」


「なんて無茶なことを」そういってやろうと思ったときに、エステルがこちらに駆け寄ってきた。
ユーリ、私を見比べて怪我がないことを確認する。
急に肩から胸と体中を触るので身じろいで何も言葉が出ない。
ユーリはどうやら利き手を少し痛めたようで、エステルがすぐに治癒術を唱える。

「ユーリ、わたしに力をつかわせないために?」

彼が飛び出たのはエステルの力を使わせないため
そしてみんなを守るためだって事はわかる。
ユーリのことだからだ

「どうしれそんな無茶するかねぇ」
「本当、あなた死ぬ気?」
「これくらいのこと、日常茶飯事だっての」
「ごめんなさい……私のせいで」

心のそこから心配だったのだろう。
目じりに涙をためている言うエステルにユーリは笑ってみせる。

「お互いかばいあったんだ。おあいこだろ?」
「でも……」
「エステル、ここはありがとう。じゃないかしら?」
「あ……ありがとうございます」

桃色の花が咲いたみたくエステルは笑顔になる。
ユーリもそれを見、口元をほころばせていた。

「……っ」
「あら?どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ」

足に少しばかりの痛みが走ったけども、気にするようなことでもない。
エステルに大丈夫といった手前、口に出すわけにもいかない。
ユーリがなんとも思わないわけないし。
うん、立ち上がるのも問題ない。

「っと。あっちの魔導器どうにかしようぜ」

とユーリが首で示したのは、向こうの山の頂上に見える、同型の兵装魔導器。
入り口からは死角になって見えなかったけど初めから兵装魔導器は二つあったのだ。
騎士団の影もちらほらと見える。

「あんた、向こうの……って!」
「どけ!!!」
「ふぎゃん」
「パティ」

パティを突き飛ばして走り出した魔導器の技師。
目で追うのがやっとで言葉も出ない。

「逃げ足のはえぇえ……早くつかまえましょ」
「待ってください。パティが!

強く体を打ったらしく立ち上がれずにいるパティにエステルはあわてて治癒術をかける。
泣き出しそうな顔でパティは「リタ姐すまないのじゃ……逃がしてしまったのじゃ……」と謝罪の言葉を述べるが、リタは怒るどころか、吹っ切れた顔でこぶしを握り締め、決意を口にする。

「いいわ、ここは私がなんとかするから」
「え?でも……簡単じゃないって」
「騎士団さえいなくなりゃ、そんな慌てる必要もないでしょ。それにあたしを誰だと思っているの?天才魔導師のリタ・モルディオ様よ?魔導器相手なら死ぬ気でやるわ」
「死ぬ気でか……」
「リタに任せようカロル?私たちは私たちのできることをすればいいよ」

カロルの肩をたたくとふっと笑って「そうだね」というカロル。
リタも出会ったころのクールな性格からユーリ以上の熱血に変わっているし、確証もないことに悲鳴を上げていたカロルは大人になって構えられるくらいの余裕ができた。
どちらもユーリの影響だろうか?
それともエステルか、もっと大きなものか。
リタは魔導器の制御盤を再びたたく。
エステルが首をかしげていると「このままだと使えちゃうからちょっと、細工をね」と笑ってみせた。
それでもリタの友達にそんな手を下すことを本心では望んではいないようで「ごめんね」と囁くように言ったのをエステルと私は聞き逃せなくて、なんと声をかけたらいいかわからない。

「命を賭けるものがある若人は輝いているわね」
「一度死に掛けた身としては死ぬ気でってのはシャレにならないか?」
「なんの話?」

余計かもしれないけど、私が口を開くと、レイヴンは少し困ったように笑ったけど、ユーリが「人魔戦争のとき、死にかけたっていってたろ?」と私にというよりレイヴンに向かって言うと「ああ。その話だったか」とうなずく。
二人のやり取りを見て少ししてからテムザ山のことを思い出す。
人魔戦争の話をしていたら、思わぬ事実を掘り起こしてしまった話。
レイヴンが人魔戦争に参加し、死に掛けたという話。
掘り起こそうとすると苦い顔をして「大人の事情ってやつさ」と今と同じく苦虫をつぶしたような顔をしていた。

「まぁ……死ぬ気で頑張るのは生きているやつの特権だわな。死人には信念も覚悟も……」
「おっさん?」
「あーいやいや。おっさんちょっと昔を思い出しておセンチになっちゃった。ささ、いこいこ」
「……いけそうか?」
「もちろんなのじゃ」

ユーリが声をかけるとパティは笑うと、ユーリの腕に飛びつき、歩き出した仲間に続く。

「行こう、レイヴン」
「エルちゃんも損する性格だね」
「?」
「足、平気なの?」
「……よく見てるんだね。まさか」
「なんでそこで軽蔑のまなざしに変わるかな」

がっくりと肩を落としたレイヴンを見て笑う私。
それを見て遊んでいるように見られたのか、ジュディスが「遊んでないで行くわよ」と私の手を一方的に引っ張っていく。

「そんな腫れ物に触らせないようにするなんて」
「あら?そんなつもりじゃないわよ?」
「……あ、レイヴン」
「ん?」
「死人に口なしとはよく言ったものだけど。死んだからってすべて終わるわけじゃないよ。それに左右される人間がいることを忘れないことってどっかの小説に書いてあったよ」
「ん……ああ」

そんな空返事を片耳で聞き流しながらも私はジュディスに引きずられていった。
レイヴンは最年長ゆえの言葉回しか、人生に空虚的な、あきらめを感じさせる言葉を口にすることがあるから。
そんなレイヴンがとてもかわいそうだ。



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