エゴソーの森

「うえぇ……」
「あなた、航海が怖いだけじゃなくて船酔いもするのね」
「ほら、水よ」
「リタ、投げないでよ」

エゴソーの森へは赤い花が咲く洞窟からは遠くない距離にあったので航海でいこうと言い出したのは誰だったっけ。
ジュディスが「バウルも成長したばっかだし……少し休ませたいわ。近い距離だし」という私に対する死刑宣告を下してくれて、歩いていくといった私を無理やりに船に突っ込んだユーリたち一行は……なんて話。
エゴソーの森について早々水を催促した私に水が入ったボトルを投げつけたリタを睨み付けながら私は立ち上がった。

「思っていたより気持ちのいいところじゃない」

森というと私が一番最初に連想させるのはダングレストから近いケーブモック大森林だ。
あそこは魔物がいる上に空気もにじんでいて、足場も悪い。
エゴソーの森は手入れされているのか、獣道を掻き分けていくなんてことはしなくてすみそうだ。
クリティア族の聖地だというし、クリティア族が舗装をしているか、神秘な彼らの特別な力があるのかもしれない。

ユーリたちの話ならばこのクリティア族の聖地に魔導器を持ち込み、よからぬことを考えている不審者がいて、それを退かせることを約束していたとかさっきになって聞いた。
リタとレイヴンは反発したけど、ここまで来てしまったのなら仕方ない。
その不審者とやらは、森の奥地に兵装魔導器の設置をしているという。
森の入り口から高台になっている奥地を見てみれば緑とは調和しない機械的なものが鎮座しているのがわかる。

そして私たちが奥に進むと、呼び止める男の声があった。

「止まれ!ここは現在、帝国騎士団が作戦行動中である」

それは銀の甲冑と、赤い装飾の施されたマント。
レイヴンが私たちに耳打ちで「親衛隊。ありゃ、騎士団長直属のエリート部隊だよ」と告げる。
ユーリは逃げも隠れもしないと言う様に、騎士に向き合い

「その騎士団長様の部隊がこんな森に兵装魔導器を持ち込んでいったい何をしようってんだ」
「応える必要はない。それに法令により民間人の行動は制限されている」

それは、これ以上進むな、詮索をするなという警告だった。
騎士団としてもこんな人のすまない大陸の森に民間人が立ち入ることは想定外だっただろう。
もし来る人間がいるとすれば、最近の騎士団の不穏なうわさを聞きつけたギルドの人間か。
どんな偶然でも私たち当てはまるようになるかもしれない。

「ふーん」

興味のないふりをしてユーリは軽い返事をするが、騎士が仲間を呼ぶように目配せをする。
どうやら私たちはその「目的があるギルドの人間」と認識をされたらしい。

「……それはいいとして、その刃、どうして俺たちに向いているんだ?」

やり取りの中、左右、後ろと十人くらいの騎士に囲まれている。
剣を抜き、その切っ先を向ける。
それが合図というばかりに私たちも武器を抜く。

剣を持った騎士が5人、残りは数人の魔術士と槍を構えた後衛だった。
ジュディスが私に襲い掛かってきた騎士ととめると、私は3歩、後ろに引き詠唱を始める。

「慈悲なき、氷結の女王、フラッシュティア」

敵の足元に術式が刻まれ、零度の空気が術式から巻き上がり魔術士を襲う。
上級術、範囲も広く逃れられるようなものではない、本来ならここで勝負が決してもおかしくない。
なのに、器用にも自身を包む、シャボン玉のような障壁を作ってそれを防いだのだ。
眼前では騎士を抑えるジュディスとエステル。
無駄な攻撃に終わるのだったら、先にこちらを狙うべきだと少し後悔をした。
魔術士と魔術士同士がぶつかれば、攻撃の強いものより、応用の利くほうが強いのかもしれない。
魔術士が放つ水の魔術、地面から飛び出る水しぶきに触れれば爆弾のようにはじけるだろう。
レイヴンが後ろから矢を射り、ジュディスをけん制していた騎士の気を引くとパティも容赦もない散弾を浴びせる。

その間を縫ってジュディスは魔導士の懐に飛び込んでその視界を奪う。
私も気持ちを取り戻して術式を描く。

「重力の楔に悶え、救いを求めるがいい!グラビティ!」

巨大な黒い塊がゆっくりと降下してくると、地面がえぐられる。
人間がそれに触れたとすればただですまないだろう。
ジュディスは華麗ともいえるステップでそれを避ける。
ぎりぎりまでひきつけてくれたジュディスとレイヴンのおかげで騎士を巻き込むことができた。
巨大な力に引っ張られ、そしてはじき飛ばされる騎士。
意識を確認したところ、飛んでしまっているようなので、これ以上の追撃は相手を殺しかねないものだ。
前衛で戦っていたユーリは回りに敵の気配が消えたことを確認し、武器を収めた。

「やれやれ、ついに騎士団とまともにやりあっちまった。腹くくったそばから幸先いいこった」
「謎の集団って騎士団のことだったんですね」
「でも、なんで僕たちを襲ってきたのかな?」
「知られたら困るようなことをしてたからでしょ」
「口封じかぁ……」

騎士団は市民の安全を守るため、治安を守るために本来あるべき姿なのだ。
人のいない地で暗躍をし、目撃者は排除といったところだろう。

「それがあの魔導器ってこと?」
「だろうな」

カロルの疑問は確証のない形でユーリが答える。
私たちはとにかくその魔導器に向かって歩くしかなくて兵装魔導器がどんなものか、どのような目的で置かれたものか、実際に言ってみれば疑問は紐解かれるかもしれない、誰がいうまでもないことだった。
しかし、魔導器とは別の問題でリタがいらいらしていることは私たちが指摘する前に彼女の怒りが落ちる方が早かった。
パティが無言のままおぼつかない足取りだったから。
さっきの戦闘で傷を負ったわけじゃない。

「あんた、自分でついてくるっていったんだから、しゃんとしていないさいよ!」
「……わかってるのじゃ」

エゴソーの森に入ろうとする際、はやり顔色のよくないパティに、船で待っているかと仲間は声をかけたが、パティは何が何でもついてくるという様子だったが、実際森の深部、いや兵装魔導器に向かっているとパティの顔は真っ青になっている。
リタだって心配しているからこそ、船で安全にしていたほうがいいといいたいのだろう。

「あれ……」

その光景だって痛ましくて見ていられなくて、私が辺りに視線を泳がせているとおかしな光が目に入る。
それは兵装魔導器からだ。
光の束がこちらに収束して、放たれた。

「危ない!」

私たちを突き飛ばすようにして飛び出たエステルの前に膜のようなバリアが生まれた。
胸に突き出たように宙を浮いた。
膜と同じ色の光がエステルを包んでいた。
エステル自体が電球のように見え、兵装魔導器からの攻撃をはじく……いや吸収をしているように見えた。

「エステル……!」

リタが飛び出しエステルに触れようとするが、その手ははじかれる。
やがて、光はエステルに解けていくようになる。

「い、今!何をしたの?」

再び手を差し出し、よろめくエステルを支えるリタに問うカロル。

「ヘリオードでエルがやったのと一緒よ。エステルの力がエアルを制御して分解したのよ!あんたまた無理をして!」
「ご、ごめんなさい。みんなが危ないと思ったら力が勝手に…」
「それって」

私がジュディスに確認するように視線を送ると彼女は肯定の意だろう、頷く。

「力が無意識に感情と反応するようになり始めているんだわ」
「……さっきの攻撃、あれの仕業よね・あたしたちを狙い撃ちしてた」

エコゾー森の高台に聳える兵装魔導器。
あれが光ったとともにエアルを圧縮した砲撃が放たれた。
大気中のエアルを圧縮し、放つ魔導器でエアルの装填に時間がかかるようで、すぐに何かしてくる様子はない。
だけど

「ということは撃たれるたびにエステルが力を使ってしまうということね」
「……そんな、わたし……どうしたら」
「落ち着いてエステル」

ジュディスの言葉に取り乱したように言葉を荒げる。
背中をさするようにして彼女に言えば本当に小さく「はい」と聞こえる。

「おいおい、お前は俺たちを助けてくれたんだぜ」
「そうだよ。まともに食らったらイチコロ間違いなかったもん。悪いのは撃ってきたやつだよ」
「エステルのことも世界のヤバさも俺たちがケジメをつけるって決めただろ。今やってることは全部そのためだ。細かいことを気にするな」

ユーリの言葉はエステルを支えるものになるだろうか。
エステルが力を使うたびに世界のエアルは乱れる。
エステルは治癒術を控えるようになった、それは仲間を信じているだろうから。

「でもこんな事、何回もやってたらフェローに怒られるんじゃないの?魔導器だろうとフェローだろうと丸焼きにされるのは勘弁よ」
「何、簡単なことだろ。要するにあの魔導器をなんとかすればいいってこった」
「そういうことね」
「……単純なんだね」

その簡単かつ、深読みしない性格をうらやましくも思う。
エゴソーの森に突然置かれた魔導器とそれを守る騎士をどうにかしないとミョルゾにも向うこともできないし。

「あのさ……なんでエルは満月の子っていわれたのに影響を受けないのかな?」
「……」
「い、いや。その変な意味じゃなくて」

カロルのなんともなしの質問だったのだろう。
急に振られた質問に垢抜けた顔をしてしまったのをカロルは気まずそうに話を変えようしていた。

「確かに。フェローが言っていたわね。別のものに変化させてるって」
「……たぶんなのだけどあれが干渉してるんじゃないかなと思う」

時折、渡すに語りかけてくるレム?とゼグンデュウス。
そしてガスファロストのもう一人か。
エステルのように力を操るのを制御……しているというより力を世界に及ぼさないようにしている。

「あれってあんたの二重人格ってわけじゃないのよね……」
「たぶん……」

違うとは否定できない自分が恥ずかしい。
私に語りかけてきた彼ら。
それでもその存在を証明……いや思いだせるようにならないと自分の幻想じゃないかという思いも捨てきれない。

「……仮に。そのエルの力があればエステルも制御できるってことかしら?」
「……たぶん……」
「……その話は結果が出ないんだろ?こんなところで立ち話をしてたら狙い撃ちされるぜ」
「まぁ、そうね。あたしも気になることだわ。あとでゆっくり話を聞くわ」
「……なんかちょっと怖い」

リタの追求は拷問を超えるときがある。
椅子をはさんで徹夜で尋問……話し合いなんて事あるから。



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