アイフリードの正体

ユーリたちが洞窟の奥へと向かってからどれくらいの時間がたっただろうか。
ラピードの頭を撫で、私は立ち上がる。
それまで聞こえていたパティの声が急に聞こえなくなって、ただ私の足音だけが、洞窟に木霊し、不気味に感じた。

「……うち、間違ってたんじゃな」
「わうー……」
「……本当は悪くなかったんじゃ……。海精の牙は」
「パティ……?」

パティの声色はとても落ち着いて、先ほどまで泣きはらしていた彼女を子供だと表現するなら、今の彼女は私なんかよりよっぽど大人に見えた。

「……思い出したんじゃ。うちは助けられたんじゃ」
「……アイフリードに?」
「違う。うちがアイフリードじゃ」
「……」

それは自然と水を飲み込むような感覚でパティの言葉を理解している自分がいた。
驚きも、戸惑いもなく「ああ、そうだったんだね」と落ち着いて彼女に返せる。

「……。アイフリードと呼ばれた男はサイファーという。うちがずっとじっちゃんだと思っておった男だ」

墓の上に置かれた海賊帽をいとおしむように抱きしめたパティ。
パティは昔に話をしてくれたっけ。
記憶もない昔に怪我を負ったところを、自分の祖父であるアイフリードに救われてトリム港にいる知り合いに預けられたと。
アイフリードが追っていた麗しの星と、その面影をおって、今まで旅を続けてきたと。

「……それじゃあ。パティがアイフードって……」
「……なんでこんなことになったかわからん。……ただ。すべては仕組まれていたんじゃ……」
「それは」
「……エル姐はうちの言うこと、信用してくれるんじゃな」
「……正直、とっても混乱してる……」

パティがアイフリードだって話。
だって彼女はどう見たって私より年下だ。
ここでか、それともよその存在のサイファーとパティが言うヒトのこと。

「ホープ号はうちらがやったのではない。……仕組んだ連中がいるのじゃ。そいつがうちにおかしな薬を飲ませてこんな姿にしたのじゃ……。そしてその連中がホープ号……そしてうちらの船に何をしたかはわからん。ただ、……地獄じゃった。そいつらがやったことは」

「ヒトを魔物に変える」
その言葉に私は凍りつたと思う。

「それがどういう原理だかうちにはわからん」
「……私はわかるかもしれない。エアルの実験……?」

昔一度目の当たりにしたことがある。
帝国のとある人間によって濃いエアルが体に結びついて、自我も忘れる化け物に姿を変えたこと。
それは高濃度のエアルが人体に影響をもたらしたせいだと思う。

「そして。おそらくそれをやったのは……帝国の騎士団長」
「……アレクセイ……?」

それだけは思いもよらない人物だった。
ヘリオードであったその人物の裏の顔が今はとても信用できない。
パティがいった事実。
パティはアイフリードであり、彼女が祖父だと信じてやまなかったヒトはサイファーといい、ホープ号の真犯人は騎士団長であること。

「パティ、もういいよ」

もうそんな辛いことを語らなくていい。
その証拠に、また泣きそうじゃない。

「……私はパティのいうこと、無条件で信じるよ」

誰も信じてくれそうにないなんていわせない。
私は、知らないからこそ、パティを信じる。

「うえぇええん……!エル姐!」

ぼろぼろと大粒の雫を流すパティを抱きとめることしか今はできないかも知れないけど、
それでも、パティがなんて言おうが、私も信じてもらいたいから。

「サイファー……!サイファー!うわぁぁぁあ!」

精神の糸が切れたのだろうか。
ただただ「大切なヒト」の名前を呼んで、私の胸でなくパティの悲しむを少しでも埋められることができるだろうか。
大切なヒトを失った悲しみ、今ここにいる悲しみを、いつか私も知ることになるのだろうか。



「……エル姐にお願いがあるんじゃ」
「なに?」

バックから取り出した私のハンカチで顔をぬぐいながらパティは小さな声で言う。
私はパティからハンカチを受け取り、彼女の赤くなった頬を強い力でこする。

「ユーリたちにはこのことはまだ言わないでほしいのじゃ……うち――」
「わかっているよ、自分の口で言いたいもんね」
「……うん」
「もう大丈夫?」
「……うじうじしていられないのじゃ。……エル姐も……」
「……そうだね、そうなんだよ」

ミョルゾに行くのがとても怖くなってきた。
私は、いまただどうしようもなく逃げたいのだ。
それをとめてくれているのがきっと、ユーリの強い意志と気遣い、そしてパティの強さなんだと思う。

「それにしても……アレクセイか」
「……」

アレクセイと前にヘリオードであったときは結界魔導器の暴走があった。
その後はダングレストでフェローが襲ってきたときヘラクレスを出すことを指示していた。
どちらも騎士団長としては冷静な判断だったのだろうか。
でもパティが私に言ったのはホープ号の乗員に何かをしたのはアレクセイ。
そして、フレンに聖核を集めるように指示を出したのはアレクセイなのかもしれない。


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