「ふぁああ!」

両手を広げ、空を仰ぐと上空で舞うように影を落とすバウルの姿が目に入る。
彼はまるで自分のものといわんばかりに空を駆け回る。

「おはよう、バウル。気分はどう?」

私の挨拶に応え、バウルがほえる。
昨日ぐったりとしていた面影はもうなくやんちゃな子供だ。
私が甲板から手を振るとバウルと目があったような気がする。

清々しい朝日の日を浴びていると後ろから誰か気配を感じる。
そこには桃色の花が一輪咲いていた。

「おはよ、エステルも早起きだね」
「えぇ、というよりなかなか寝付けなくて」
「まぁ……そうだよね」

私たちが決断を下したこと。
それは満月の子の真実を知るためにフェローと会うということ。
その前哨戦というのだろうか、私たちはジュディスから私たちを狙ったことの真実をこれから聞き出すことになる。

ジュディスはヘリオードで私たちを狙っていた(偵察とでも言おうか)
ダングレストでフェローは他人を巻き込んででも私たちを殺そうとした。
ベリウスは満月の子が狂わせ、殺した。

始祖の隷長からすると自分たちの命を脅かす満月の子という存在自体が毒なのかもしれない。

「もし、私たちが本当に世界を脅かす存在だとしたら」
「治癒術を使わなければいいって言ってくれたら……楽なのだけどそうはいかないよね」
「……」
「エステル。私はね」
「はい」
「満月の子の力とか治癒術とかどうでもいい。誰かにお前はそうだって言われたとしても、それはそれだし。私が自分の記憶を求めようとすることを誰かに咎められるのはおかしいもの」

私の横に並び、私の言葉を待つエステル。
エステルとは価値観が違うと今までにずっと思っていたが、こうして一対一でそれを口にするのは初めてかもしれない。
大丈夫だろうか。

「エル、治癒術が咎められるとしたら。もし目の前に助けを求めている人がいるとしたら?助けられるのは自分の治癒術だけで」
「エステルが例えの話をするなら私もひとつ聞きたいのだけど、誰もが100%助けを求めたらエステルは助けるの?もしその人間が罪を犯した人間だとしたら?……傷を治して、もし私たちの知らないところで傷をつく人間がいたとしたら?」

それは極端な例え。
少し察したことがある。
エステルが治癒術を使うたび、エアルの乱れを感じるようになった。
それはあくまで私の感覚で、ジュディスが言ったヘルメス式魔導器の影響なのかもしれない。
でも同じ魔導士であるリタが「もしそうなのであれば」で頭を抱えているのを私は知っている。
エアルの乱れは世界の害につながる。

「知らなかったじゃ、謝罪の言葉にもならないわ」
「……!!……そうでした」

今の一言はエステルの心をピストルで打ち抜いた。
言った私もとても歯がゆい。
自らの治癒術でベリウスを殺したと悩んでいるのも知っている。
でも、私ではなく、何も知らない第3者が見て心のない言葉をエステルに投げるかもしれない。
その度に一喜一憂をするより、あえて私が弾劾してしまったほうがいいかもしれない。
仲間の誰もがそれを出来ないし、綿に包んで流してしまっているのだ。
最初であったときからそれは気づいていたし、フレンにも伝えたつもりだ。
その素直さが悪い方向に持っていかれることはないかと。
口をぱくぱくとさせてエステルは何かを言いかけるがそれが私の耳に言葉となって届くことはない。
いざというときには行動を出来る子なのに、今私に何も言い返せない。
そんなところが彼女の世界を縮めてしまっている要因だと思う。

「ベリウスの件で……よく理解していると思うけどもう少し慎重にならない?」

とても一言一言が重い。
エステルは俯きただ首を振って言葉を聞く。

「誰かのために何かをしたいと思うのは当然だよ。でもやっぱり他人の出来ないことするってことは世界にとって異質なことなんだよ。フェローの言ったこと、理解するつもりじゃないけど……少しだけ分かる気がする」
「そうですね……」
「でも今のは私のことだわ」
「……?」
「今のはあくまで私の勝手な提案。どうするか選ぶのはエステルだよ。私はエステリーゼじゃない。あなたもティアルエルじゃないでしょ?だから私の言葉を聞いてよいと思ったほうにすればいいわ。私はあなたが選んだことを否定したりしない。ユーリだって言っていたじゃない?」
「エル……みんな自分で考えているんですよね。これからどうなるか、自分の行動ひとつひとつに責任を持っているのに……私は」
「別にすべての行動に責任が絡み付いているわけじゃないわ。本当に選択肢を迫られたときにだけ……精一杯悩んで行動すればいいんだと思うわ」
「はい……。私ちょっと考えてみます」

今のエステルの表情には笑顔も苦しみもせつなさもすべて備えていた。
そんな彼女を私は小さく手を振ってこの場を去るしか選択はできなかったのだろう。

「エルちゃんきっついなー」
「見ていたの?レイヴン?」

私が冷たく言うのもおかしいけど、元々彼の居た場所で勝手に話を始めたのだ。
それでも、レイヴンが気を利かせてくれたっていいような気もする。

「嬢ちゃん、ちょっと泣きそうな顔していたよ」
「……知っているよ。それでも、前から言っているわ。もっと配慮ある行動をって」
「もしかして、ドンのこと、嬢ちゃんのせいとか思ってる?」
「それを言うなら私のせいだわ。知ってるでしょ?レイヴンも。ベリウスに手を下したのは私。もっと他に助ける術はあったかもしれないのに」

私が両手を突き出して強い口調で言い放つとレイヴンはぴたりと言葉をやめる。
ベリウスのこと、どんな困難な状況だってもう少し時間さえあれば何か考えられたかもしれない。
その可能性を摘み取ってしまった私が、ベリウスのことでも飛び火してしまったドンのことでも誰を責められるだろうか。

「……昔から思ったことを言ったの。それにほら、ダングレストで彼女の先生が言っていたでしょ?彼女の行動ひとつひとつが周りに大きな影響を与えることだってある。周りから期待される彼女にとってはとてもよくないことだと私も思うわ」

前にトリム港やダングレストでエステルの剣術の先生をしていたという人物と出会った。
私は直接話をしたわけでもなく、ただやり取りを見守っていただけだけど、彼が言ったことは至極正論であり、厳しい口調でエステルを正すものだった。

「あー。ドレイクのことね。言うことも確かにまともだけどさ。ちょっと融通の利かない頭してるんじゃないかとおっさんは思うよ」
「……まぁ、フレンと似ているところもあると思うけど……それは騎士がかかる病気というか……レイヴン?」
「ん?なに?」
「エステルの先生の名前、ドレイクというの?私、話をしていないし知らなかったんだけど」
「え?ああ」

騎士の特有の病気、の話よりレイヴンの不審な言葉を拾ってしまった。
前にダングレストを出るときにたまたまレイヴンと酒場を訪れたときにユーリとエステルが先生と話をしているところを目撃しただけで、直接話をした事はないし紹介を受けたこともない。
それなのにレイヴンは名前を言い当て、

「まるで、知り合いと話すみたいだね?」

性格まで文句を言って見せたのだから。
テムザ山で帝国の人間しか知らないような内容をぺらぺらと話をしているところでレイヴンのおかしな行動を少し疑っていたのだけど。

「ああ……性格のところはなんとなくかな。名前は嬢ちゃんから聞いたの」
「ふーん……」
「おっさん、朝ごはんの当番なの。そろそろいいかな?」
「私に紅茶淹れ忘れないなら」
「年寄りの使いかたが荒いんだから」

ぶつぶつと文句をたれながら上手に逃げていくレイヴン。
彼のおかしな発言は今から始まってなくて、前から私たちとは一線をおいたことを言っていた。
言及するのは簡単なんだけど、誰よりも私が知っていることがある。
過去を追及されるは辛いし、本当に心をおける存在にしか語ることが出来ないって。

「大人って大変なんだな」

それが今、私が思えることだった。


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