アイフリードの孫

アスピオの街は何でこう昼夜の区別がしにくいのだろう。
それは日が差さない洞穴の中だから当然といわれればそうなんだけど。
本日みんなが目覚めたのは昼になってからだ。
朝早くに出発しようって言ったけど光がないせいか仲間全員で遅刻をしてしまったという。
フェローのことがあってみんな張り詰めて旅をしていたから。

「それでパティ、麗しの星の手がかりは見つかった?」

いつの間にかアイフリードのことを求めてアスピオで行方不明になっていたパティを回収し、街の中央を経由し出ようとしていた。

「うーむ。本は多いがアイフリードの話はどこにもないのじゃ」
「当たり前でしょ?この街は魔導器関連の本しか置いてないのよ」
「……リタの部屋には絵本とかあったけど」
「それは違うのよ!」

本棚の難しそうな専門書の間に挟んであったのを私は知っている。
その内容を思い出したのか、顔を赤くしてリタは私につかみかかって服をぶんぶん振るので話に興味がありそうなジュディスの視線をはじく。

「しょうがないのじゃ。もう少しユーリたちと旅をして手がかりを探すのじゃ」

とか言ってるけど本当は一人で旅をするのは寂しいくせにとみんな思っていると思う。
パティをどうからかおうと考えているときに、私たちに向かってくる見覚えのない顔。

「今アイフリードって言ったか?」
「えっ……」

姿からすると発掘専門の作業員といったところ。
帝国直属の魔導器の研究施設に出入りできるのは、発掘専門ギルド遺構の門の人間だ。
とても道を聞きたいとかそういう雰囲気じゃなくてどちらかと敵対心というより嫌疑を向けられている。

「おい、そっちの。あんた最近うわさのアイフリードの孫なのか?」
「……」

首でパティを示した遺構の門。
パティは私の後ろに隠れてじっと口を閉ざす。
答えたくない、明確じゃない意思を示す。

「否定も肯定もしないってことはそうなんだな。なるほどね、あんたがギルドの面汚しの孫か……なるほどな」
「…………エル姐」

ぎゅっっと強い力で私の袖をつかむパティ。
アイフリードはホープ号事件のときにギルドの信用を下げたとギルドの人間は快くないどころか敵意を抱いている人間も少なくない。
特に帝国と商売をしていたギルドからしてみると死活問題にもなったのだから。

「なんとか言ったらどうだ?じいさんを弁護する言葉とかないのか?」
「あのねぇ。面白半分で言ってるなら消えてほしいんだけど。迷惑だわ」

そんなギルドの人間の気持ちがわからないわけじゃない。
アイフリードが帝国の人間をたくさん殺したのが事実だとするならば許されるものではない。
しかし、パティは子供で、いくら親族だとしても責められる理由がない。
親が人殺しだからって子供が人殺しのわけがない。

「そうか、かばえる事実でもないか。あれだけのことをやってれば」
「……あなたたちね。いいかげんに」
「お前は黙ってろよ。作家のティアルエルさんよ。ギルドをクビになった気持ちはどうなんだよ」
「……なんで」
「なんでお前みたいな中途半端者がギルドやってんのかしらねぇけど、本当にギルドの嫌われ者どうしお似合いなんじゃねぇの」
「………」
「お前の小説もどきも中途半端らしいな。誰も読みやしねぇけどな」

どこまでも下衆なのだろう。
それでも自分の、小説についてこんなに貶されたのがはじめてでうまく言葉が出ない。
動揺しているんだ。
うまく呂律が回らなくて言い返せもしない。
なんで、自分に対する悪口にこんなにも弱いんだろう。

「あなた、どうしてそんなヒドイことが言えるんですか……」
「どうしてって事実だしな。お前らがこの半端もの新しい貰い手か?それとも海精の牙のギルド員か?」
「ぼ、僕らは凛々の明星だっ!」
「凛々の明星?うさんくさいな。何をするギルドなんだ」

勢いよく言ったカロルだけど、遺構の門にそう言い返され言葉につまる。
凛々の明星は本人たちも言っているけど、何をするか、これからどうするが決まっていないと本人たちがわかっていないから何も返せない。

「言えば何かいい仕事を紹介してくれるのか?」
「お、お前らみたいにアイフリードの関係者とつるむ怪しい連中にゃ仕事はねぇよ。凛々の明星ね。またギルドの品位を下げるろくでもないギルドが増えたってわけか」
「品位を下げているのはどっちだか」

部外者だからと黙って見守っていたリタもついに堪忍袋の緒が切れたか、ユーリを押しのけ遺構の門を軽蔑の目を向けている。

「またあたしがいない間にこの街にもずいぶんと下卑な連中が増えてんのね。あーあ。同類と思われたらこっちはいい迷惑。さ、行きましょ。ほら、あんたも」
「あ……うん」

リタに背中を押されて私はやっと凍っていた体が動く。
仲間たちもぞろぞろとリタの後に続く。
こんな連中興味がないと、こんな往来で下衆な言葉を出していたら、こっちまで同族扱いだ。

「ちょ、ま……」
「まだ何かいい足りないのかしら?」
「い、いえ……」

ジュディスの威圧に押され、遺構の門のギルド員は黙って私たちを見送る。
私とパティの背中をたたくユーリ。
大丈夫か?そう瞳は訊いていて私はただうなづくことしかできない。
絶対の自信を持っていたのに。
私を怒らせたくてわざと言ってるのはわかっているからこそ、悔しい。
悲しいというより、いらいらとふつふつと湧き上がる怒りをこらえるのに必死だった。

アスピオの街の出口に差し掛かってときにカロルは振り向き、

「でもどうしよう。あの人たぶん言いふらすよ」

そう、人の口はうそつきだ。
今回の件だって凛々の明星に喧嘩を売られたとか、暴力を振られたとか。
遺構の門のギルド員かまだ駆け出しのギルド凛々の明星と、一方的に話を吹き込まれたらどちらを信じるかなんてわかっている。
ユーリはそんな簡単な事はわかっていて彼らに喧嘩を売ったのだろう。

「かまわねぇよ。そんなことで潰れるようだったらとっくに潰れてるぜ、俺ら」
「そうね。言いたいやつには言わせておけばいいわ」

騎士団に逆らい、ギルドの中でも過激な魔狩りの剣と真っ向から対立している、できたばかりの小さなギルド。

「うち……」
「パティ……その」
「ピピオニア大陸の赤い花が咲き誇る場所だっけか?」
「あ、うん」

パティが何か言いかけるのをユーリが遮り、また歩き出す。
「一緒についていっていいのか?」パティの口はそう言いたげだったから、そんな当たり前なことを訊くなといいたいのだろう。

パティはただ目の前にあるぼんやりとしたものを掴めそうで掴めない。
だから不安になって、自分の場所を探したくなるのだろう。



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