光導く者

「エル姐どうしたのじゃ!」

私は胸を抑え、立ち上がる。
そしてパティに大丈夫と告げるが、パティはおかしなことに明後日な方向に語りかけているのだ。
私の体はとても遠くに飛ばされて一瞬死んだかと思い違うほど。

「……?」

体を起こそうと地面に手をついたときだった。
体には確かに痛みが残っているのに、まるで羽根が生えたかのように軽い。
そして、地面についているはずの手に色がない。

「……、何これ……それに」

仲間は私のほうなんて向いていない。
視線の先は相変わらずフェローの方に向かっている。
そしてフェローとじっと対峙する、ワタシがそこに居る。

「なんで」

何一つ風景は変わっていない。
ワタシと私、ただ違ったのは彼女は瞳の色が幻想的な金色を帯びているということ。

仲間の方へ振り向いたワタシ。
そしてすべてを見知ったようなように仲間を見て頷くと、すました表情でフェローに言う。
フェローはもう私ではないと察しているように思えた。

「……随分と横暴な考えをお持ちなのですね。今の始祖の隷長の盟主は」
「……何者だ」
「わたくしは」
「おい!エルお前何を言っているんだよ!」

ユーリはワタシの肩を乱暴につかみ振り向かせる。
ユーリの瞳と黄金の瞳が交差して私ではないと分かってくれただろうか。
彼女は私に見せる、大人な表情でユーリや仲間に笑いかける。

「……エル姐ではないのか」
「まさか」
「そんなこと、あるはずがないわ」
「……」

仲間も私ではないことに気づいたらしく、きっと仲間の脳内に浮かぶのはガスファロストでの一件だろう。
あの時の私には明確な意識はなかったが、確かに何者かに支配されていた。
体のだるさと嫌な感じはしないものの、幽霊になって外から世界を見ている。

「……わたくしの名前はレム。この子とは……そうね。保護者みたいなものだわ」
「レム……」
「わたくしたちの言葉で光導くもの、この子がつけてくれた名前だわ」

と胸に手を当てて、うれしそうに語るワタシ?いやレムと名乗る天使。
しかし、表情を一変させフェローを睨み付けるとレムは訴える。

「わたくしは……いいえ、この子は世界の毒といわれるような存在ではないわ。証拠に遠い今、わたくしと満月の子は分かり合い手を取り合ったことだってあるわ」
「……!」
「わたくしたちって……まさか」

レムと呼ばれる女性、そしてガスファロストでの彼は始祖の隷長だったのかと。
仲間もフェローもそれを察したようで、ワタシの言葉を待っていた。
しかし、フェローはそれがどうしたといわんばかりに

「それがどうした!そのようなことがあったという事が事実だとしても現状を見て何を言う!この地も世界も……エアルの乱れは確実に世界を蝕んでいる」
「わたくしもこの世界に来て驚いたわ。相も変わらず滅びの一途をたどり、沢山の魔導器が溢れる」
「それでは」
「それでも世界の行く道を決めるのは始祖の隷長だけではないでしょう?それに満月の子に押し付けることではないわ。満月の子は始祖の隷長に悪く働くわ。エアルを大量に消費するかもしれない。それでも悪いように働くわけではない。満月の子は始祖の隷長にとっての脅威だとしても世界にとって一概にはそういえないと思うわ」
「これは世界全体の問題だ。そしてエアルの乱れはそのものたちも原因。座視するわけにはいかない」
「……俺たちの不始末なら俺がやる」
「お前たちは事の重大さが理解できていなのだ」
「じゃあ聞くが、こいつらが死んだからって何か解決するのかよ?」
「少なくともひとつの問題は解決することが出来る。エルと言ったか」
「えぇ」

フェローはユーリを視線からはずすと今度はワタシに向かって言う。
彼女にとって予想していた展開らしく、落ち着いた口調で応じる。

「そなたは取り込んだエアルを別のものへと変換をしている」
「えぇ、わたくしたちの影響でしょうね」
「満月の子とは違う脅威を宿しているのだ。それを見逃せるか!」

フェローがほえると、空気が恐怖を持ったかのように揺れた。
ワタシの髪が舞い上がり、空気が肌を切り裂くが彼女は余裕の笑みを浮かべていた。

「もしそれが世界にとっての悪影響だとあなたが言うならば、わたくしたちにも考えがあるわ。……予想外のことだったもの。話を戻すと、それでこの子と……エステルといったかしら?満月の子を殺すのは盟主様としてはとても早計なんじゃないかしら?努力が認められないわね」

彼女は淡々と言い切る。
フェローは何も言い返せずまさに舌を巻いていた。
身を乗り出してなおも言葉を押し付けようとするワタシの肩をつかみ、止めるユーリ。

「レムっつたな。それで、お前はどっちの味方なんだよ」

少なくとも私たちの側についてくれるようだが、その真意は分からない。
それを確かめるためにユーリは敢えて突き放すような口調で訊いた。
彼女の返答は

「わたくしはあなたの味方ではないわ。わたくしが信じているのはこの子だけだもの」

それは仲間であろうが始祖の隷長であろうが関係ない。
私だけを……?
それでも、レムが、彼女がなんで私を信じてくれるのか、もやがかかって思い出せない。
思い出そうとするとそれを拒むように頭痛に襲われる。

「……私が眠ればこの子は戻ってくるわ。心配は要らない」

と彼女が急に後ろで見ていた私に向かって歩いてくる。
小さな私にだけ伝わる声量で「ごめんなさいね」と苦い顔で語ると、背中を銃で撃たれた。


「……ぁ」

軽いめまいがしてたたらを踏むと、エステルの胸にぶつかる。
彼女と目が会うと「紫」と小さく呟かれ、私は思わず自分の目元を抑える。

「エル……?」
「うん……」

とても奇妙な感じだった、体の痛みというよりだるさは残っているのに頭が鮮明に働いている。
今あったことレムが言ったこと、自分が思い出そうとしていること、フェローの言葉すべてをつなげようとして失敗して。
とても、眠くなってくる。

「大丈夫なのか……?」
「平気……」

フェローも私の帰還に驚いたようで、それとも彼女ともう少し話をしたかっただろうか。
ジュディスは私の姿をしばらく見ていたが、張り詰めた表情を取り戻す。

「フェロー、ヘリオードでは私は手を止め、ダングレストではあなたを止めたわ。最初は魔導器のはずが人間だったから。次は私自身が分からなくなったわ。この子があなたが言うような危険な存在とは思えなかったからよ」
「そうだ。故に我はそなたに免じて見極めのための時間を与えた。その結果、我は同胞ベリウスを失うことになった。その力は滅びを招く」
「あ……」

私が口を開こうとするとレイヴンが口元を押さえ「しー」と私を後ろに隠す。
そしていつもの飄々とした態度で顎を撫でながら投げるよう言う。

「よくわかんないけど、力を使うのがまずいいんなら使わなきゃいいんじゃないの?」
「そのものたちが力を使わないという保障はない」

フェローの言うとおり、私も自分の身を守るために魔術を使ってしまうかもしれない。
エステルだって誰かのために治癒術を使うかもしれないんだ。
ジュディスはそんなエステルを見てふと笑った。

「……そうね。この子は目の前のことを見過ごせない子。きっとまた誰かのために力を使うでしょうね」
「……」
「エルだって他人のこと、放っておいたことはないわ。必ず行動で示す子だもの」

ね、とジュディスに言われると何故は心が火照る。
治癒術をヒトの前で使うことがいけないと分かっているのに、その衝動を抑えきれないときがあった。

「だけど、その心がある限り、害があるものと言い切れないはず。この子は魔導器とは違う。あなたもそれが分かると思うけど」
「……心では世界は救えぬ」
「おいフェロー。お前が世界とやらのためにあれこれ考えているのはよく分かった。けどな、なんでその世界の中にこいつらが含まれていない」
「より大きなものを救うためには切り捨てることも必要なのだ」
「……くそ食らえだな。その何を切り捨てるのか決められるほど、お前は偉いのかよ」
「……我らはお前たちの想像も及ばぬほど長きに渡り忍耐と心労を重ねてきたのだ。わずかな時間でしか世界を捉えぬ身で何を言うか!」
「……フェロー」

私は重い腰を上げた。
フェローの言葉が突き刺さるように痛いが、彼の言葉の端々に隠されている思いというものを私なら拾える気がした。

「……長い時間、この世界を守ってきたあなたは誰よりもこの世界が好きだからでしょう」

本でよくある月並みの台詞。
愛は世界を救うとか、愛があればなんでも出来るとか、ばかばかしいと切り捨てられるかもしれないけど
彼らじっと黙ったまま、私を見下ろす。
私の心は通じるだろうか。

「……私も自分のこと、知るのは怖い。それで誰かが傷つけてしまったから。でも、死んでそれまでで逃げるのは嫌なの」
「フェロー、聞いて。要するにエアルの暴走を抑える方法があればいいのでしょう?まだそれを探すための時間の余裕はあるはずよ」
「……ジュディス」
「それにもし、エステルの力の影響とこの子の力が世界に対して有害なものならば……約束どおり私が殺すわ。それなら文句ないでしょう?」
「ちょちょっと。ジュディス、!?」
「私はそれで構わないわ」
「本気で言っているの!?」

カロルが私たちに飛びつく。
もちろん、私もジュディスも本気だ。
こんなことを言っては仲間たちに怒られるかもしれないが、私がフェローと同じ立場で世界の事を一番に思うなら、同じ選択を取るだろう。
そうフェローは正しいのだ。
ジュディスは悪戯にカロルに笑いかける。

「あら、そうならないように凛々の明星がなんとかするんでしょ?」
「え!?あ……そうか。うん、そうだよね!?」
「一本取られたな。そういう訳だ。こいつらのことも世界のやばさも、それが俺たち人間のせいだって言うなら俺たち自身がケジメをつける。それでだめなら丸焼きでもなんでもすればいい」
「私はミディアムでいただいて欲しいわ」
「お前、こんなときに」

もう、何がなんだか分からなくて私はただ笑うしかない。
またジュディスには黙殺されてしまったけど。

「……そなた変わったな。かつてのそなたなら」
「さぁ?どうなのかしら?でもそう言われて悪い気はしないわね」

ジュディスとフェローの会話。
推測するに、ジュディスも少し前まではフェローと同じように、満月の子にココロがなければ殺しておしまい。
そして世界の脅威は消え去ったで終わっていただろう。
沈黙。
重い口をそして苦々しく言葉を落としたのはフェローだった。
両翼を広げ、私たちにはっきりと告げた。

「よかろう。だが、忘れるな!時は尽きつつあるということを!」
「待って!術式がエアルの暴走っていうなら昔にも同じように暴走をしたことがあるはずでしょ!魔導器は古代の技術で生み出された技術なんだから!」
「罪を受け継ぐ者たちがいる。そやつらを探すがよい。彼のものどもなら過去に何が起こったのか伝えているであろう!」

リタの質問になんだかんだ懇切丁寧に答えたフェローは、飛び去っていく。
パティが「バイバイなのじゃ!」と両手を広げ見送るなか思いもしないのと、命がけで来た私たちは拍子抜けをし、フェローの後姿を目で追い続けていた。

長いため息が仲間の中で流行る中、ユーリは私の瞳を確認するように覗き込んだ。

「あの、レムってやつ、知ってるのか?」
「……たぶん」

ユーリが真剣に訪ねたのに対して私の曖昧な返事は怒りを買うかもしれない。
それでも嘘を言うよりぜんぜんマシだと思う。
ユーリは何も言わない。
仲間も何も言わない。
私は逃げるように目を背ける。
それ以上は何も追求しない仲間に、私は欲求不満にも似ている不安を覚えたけど、それ以上に許せないといった様子でエステルを捉えた。
エステルは重い重圧の中、仲間に頭を下げる。

「えっと……あの、ありがとうございます。ユーリ、それにジュディスもエルも。私をかばってくれて」
「……それはいいんだけどな」

ユーリの声はとても重い。
部屋に口を挟んだら喉を押しつぶされてしまいそうだ。

「え?」
「死んだっていい。ふざけてんのか?」
「……ごめんなさい」

フェローに言ったエステルの「生きていることが許されないなら死んだっていい」。
ユーリたち凛々の明星のみんなは私たちのために命をかけてくれている、裏切る一言だったかもしれない。

「二度というなよ……」
「ごめんなさい……」

エステルの泣きそうな声が胸に突き刺さる。
私も、エステルと同じ気持ちで同じことを口にしてしまいそうだったから。




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