フェロー

フィエルティア号を持ち上げて空を自由に駆けるバウル。
バウルの姿は鯨にとてもよく似ているので、駆ける姿もどちらかというと泳いでいるようにも見える。
どこまでも続く青空をバックに見る姿はとても違和感を覚える。

バウルが送ってくれたのは乾いた空気が漂う、コゴール砂漠の中央。
禿げた木の枝が突き出したような岩場。
少し離れた場所に船をつけたバウル。

「……ここにフェローがいるんだな」
「おそらくね。砂漠では会えなかったここでは会えると思う」
「大丈夫かなぁ……いきなり襲ってきたりしない?」
「保障は出来ないわ。私たち次第じゃないかしら」
「そうならないように頑張ろうってことなのじゃ」

地面に降り立った仲間たちは口々に思いを口にする。
リタだってカロルだってレイヴンだってフェローと出来れば会いたくないと思っている。
カロルなんて緊張か畏怖か口元を押さえて吐き気を訴えている。

「カロル。大丈夫か?」
「大丈夫じゃないけど……行かなきゃ」

表情を引き締めるカロル。
少し前の彼ならば、カルボクラムのように逃げて、フィエルティア号を降りることもなかっただろう。
でも、ドンの刻み付けた強さと彼の成長がここまでカロルを立派にしたのだろう。

「それにしてもずいぶん殺風景なところに住んでいるのねぇ。フェローは」

緊張感を一気に吹き飛ばすレイヴンの一言。
彼の本心から出た質問でなく、膠着した場の雰囲気を吹き飛ばすために出た言葉なのだろうけど、ジュディスは丁寧にも説明を始める。
このコゴール砂漠一帯は昔エアルクレーネが存在し、美しい森が広がっていたらしいが人々が魔導器を多量に使うあまりにエアルの状態は崩れ、こうした荒野に姿は変わったらしい。
それだけでもフェローが人を拒む理由が分かる気がする。
そんなフェローと心を通じることが出来るのか?
疑問がいっそう深いリタはエステルに「本当にいくの?」と念を押す。

「殺されちゃうかもしれないのに」
「はい。もう……覚悟は決めていますから」

もういくら押し問答をしても無駄だった。
結局はリタが折れて、私たちはこうしてフェローの岩場にいるのだ。
私たちがフィエルティア号から離れ、見晴らしのよい崖に向かう。

「フェローいないね。お休みなんじゃない?……なんて」
「フェロー、いるんでしょ?」

ジュディスが蒼穹に向かいそう叫ぶと遠くから何かが羽ばたく音が聞こえる。
遠くから、鳥?が私たちに向かってきた。
近くになるにつれ、それはとても巨大なだと分かった。
すると喉を詰めたような金きり声が響く。
黒い巨大な鳥、そして声。
ダングレスト単騎で襲ったフェローに間違いなかった。
フェローは私たちを血の通った目で見下すと、頂上の岩場に足をつけた。

「忌まわしき毒よ!遂にわが元に来たか!」
「……お出ましか。現れるなり毒呼ばわりとはずいぶんな挨拶だな。フェロー!」
「……ユーリ」

ユーリが私の代わりに怒ってくれているのだろうけど今は冷静になって欲しい。
私は彼の前に立ってフェローを見つめる。
ジュディスは言った。
心で分かり合えるかもしれないって。
そんな私を見てか、フェロー荒々しい口調だが私たちの言葉に応じた。

「何故我に会いに来た?我にとっておまえたちを消すことは造作ないことだと、分かっておろう?」
「……こころ」
「……?」
「いつまでも逃げていたって前に進めないって教えてくれた人がいたから。……私には少し前の記憶がないわ」
「……」
「あなたが満月の子かもしれないと教えてくれた。だから私はここに来たわ。自分の正体を知ることが自分にとってもヒトにとっても大切だってわかったから」

私の言葉はフェローに通じただろうか。
白い姫君は私の隣に立ってフェローにココロを述べる。
深く息を吸ったエステルをそれこそ不思議そうに見つめる。

「死を恐れぬのか?小さき者よ。そなたの死なる我を」

それは私にも向けられた言葉だった。
小さく首をかしげたフェローを見て、なぜか怖いという感情は始めから消えていた。
なぜかその姿は私たちと同じような気がして。
怖いと恐ろしいと思っていたフェローは私たちと同じようにココロが会って、悩んで、苦しんでいるんじゃないか。
エステルは一言をかみ締め、言う。

「怖いです。でも自分が何者なのか知らないまま死のぬのもっと怖いです。ベリウスはあなたに会って運命を確かめろといいました。私は自分の運命が知りたいんです。私は始祖の隷長にとって危険だということは分かりました。でもあなたは世界の毒と……。私の力は何?満月の子とはなんなんです?本当に私が生きていることが許されないなら……死んだっていい。でも!せめてどうして死ななければならないのか。教えてください!お願いです!」

死ぬのを前提に言ったエステルの言葉はとても呑み込めないけどエステルの本心をつぶすつもりじゃない。
フェローはがけ下を覗き込み語る。

「かつてはここもエアルクレーネの恵みを受けた豊かな土地であった」
「ここにエアルクレーネがあったのね」
「でも、それが何故こんなことに」
「エアルの暴走とその後の枯渇がもたらした結果だ」

『……同じようなことがおきたのね』

「え?」

真後ろで女性の声が響く。
聞きなれない声だったけどジュディスかと思ったら彼女は真剣にフェローの話に耳を傾けている。
私は首をかしげながらも空耳だと、話に戻る。
フェローは満月の子の本質をそして重大な問題を提示する。

「満月の子とはどの魔導器にましてエアルクレーネを刺激する」
「どういうことだ?」

ユーリ質問の先はリタに飛ぶ。
リタは唇を噛み、少しは予想をしていただろう仮説を述べる。

「魔導器は術式によってエアルを活動源に変えるの。なら、魔導器を遣わずに治癒術が使えるこの子たちはエアルを力に変える術式をその身に持っているということ……ジュディスが狙っているのは特殊な術式な魔導器……。つまり、その身に持つ特別な術式で大量なエアルを消費する。そしてエアルクレーネは活動を強め、エアルが大量に消費される。あたしの仮説間違って欲しかった」
「わたしは……」
「つまり私たちの治癒術はヘルメス式魔導器と一緒ってことね」
「その者の言うとおりだ。満月の子は力を使うたびに魔導器などとは比べ物にならぬほどエアルを消費し、世界のエアルを乱す。世界にとって毒以外の何者でもない」
「……それは違うわ」
「……?」

あれ?
……痺れた口の感覚、まるで自分のものじゃないように動いた。
私の急に投げた言葉に当然、仲間たちの視線と、フェローの怒りの矛先が向く。
自分で出したはずじゃない言葉。
体が急に重く感じて、全身に甲冑をまとっているかのよう。
そして私が顔を上げるとそこにはフェローが居るはずだったのに、

「……あ……」

白い天使が降り立っていた。
マンタイクで見、私に訴えかけたヒトならざるもの。
彼女?はゆっくりと振り向くと、花のような笑みを浮かべて有無を言わせない声色で言った。

『少し、声を借りるわ』

その瞬間、銃弾ではじかれたように私の体ははじけとんだのだ。



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