人魔戦争
ふとユーリが立ち止まった。
相棒のラピードが見上ると彼の頭を撫でるユーリ。
あれだけ急かしていたユーリがとまるので、私が顔を覗き込み「どうしたの?」と声を掛けると彼は黙ってしまった。
浮いた表情をしているのでエステルも「どうしたんです?ユーリ?」と声を掛けるとやっと意識が返ってきたらしい。
「いや……ジュディが前に言ってた。バウルが戦争から救ってくれたってな。……それって人魔戦争のことだったのかなって」
「じゃあもしかしてあの女って人魔戦争のときにバカドラと一緒に帝国と戦ったのかな?」
「ジュディ姐が人間の敵だったら、うちはちょっと切ないのじゃ」
ユーリ、リタ、パティと憶測の話は続く。
私たち戦争を知らない人間にとってジュディスがそのころ、どこでどうやって生きていたか推測したってそれは真実にも近づかない。
「どうなんだ?レイヴン。人魔戦争に参加してたんだろ?」
「へ?なんで?」
「色々詳しいのは当事者だからだろ」
「そうなの?でも生き残った人が誰もいなんでしょ?」
さっきのエステルの説明を思い出せば、人魔戦争で生き残ったものはほとんどなく、その真実は闇の中。
レイヴンは腕を組むとなんとなしに応えた。
「ああ、さすがの俺様もあんときは死ぬかと思ったね。あーあんとき死んでりゃもうちっと楽だったのになぁ……」
「死んでりゃって……あんた……」
「それで戦争中にジュディスに会ったりしました?」
「いやいや、いくら俺様でも10歳にならない女の子は守備範囲外よ」
「あほか……」
リタがあきれたように言う。
「てことはジュディ姐は人魔戦争には参加しとらんかったみたいじゃな」
「そうだねー。だって10年前といったらジュディスは9歳だよ?僕より年下だもん」
「まーあのバウルっていうのも見かけなかった気もするしどっかに逃げていたんじゃない?」
「戦争の相手はやっぱり始祖の隷長だったのか?」
「そうなるんだろうなぁ。当時はとんでもない魔物としか思ってなかったけども」
まさか真実が蓋されたものが当事者からの口から聞けるとも思えなくて、みなマシンガントークでレイヴンを問う。
自身の歴史に蓋をしたいのはレイヴンも同じらしくいつもの口調で答えているけど、その表情は優れない。
自分の暗い過去はさらしたくない、詮索されたくない、その気持ちはいたいほどわかる。
「それくらいにしない?先に行かないと」
ジュディのこと、最優先なんでしょ?と私が念を押すとエステルが「そうででしたね」と口をつぐむ。
リタもしらけたらしく、頭に手を組んで先に言ってしまう。
それを追うユーリとカロル。
「でも、ほんとにレイヴン、戦争に行ってきたんだね。すごいね、そんなの騎士団だけかと思ったよ」
「大人の事情ってやつさ」
……騎士団だけ?
その言葉が気になって仕方ない。
私の横を過ぎたレイヴンが「ありがとね」なんていうからそれすらも聞けない。
歯がゆい。
さらに山を登ると遺跡群が並ぶ。
そこはひとつの町であったといっていい。
パティがきょろきょろと視線を泳がせるのでどうしたのかと聞くと「お宝はないかのう」なんて言うので私はあえて何も言わずに視線を泳がせた。
リタが聞いたら「遺跡荒らし」とパティに掴みかかりそうな気がする。
このテムザ山にあったクリティア族の街は崩壊した町と風化した空気、忘れ去られていく百年たっていそうで、たった10年前にここに町があったなんて想像できない。
「ジュディスはここに何をしに来たんだろ」
「故郷を懐かしんでってわけじゃなさそうだな」
「ぐるるるる」
「……あ!」
おとなしいラピードがうなるときは何かを感じたとき。
私とユーリが警戒をし、先に進むとそこから男が二人、突き飛ばされるような形で飛んできた。
私たちはぴたりと止まり、男を避けると地面にもろに衝突を頭から鮮血を流す。
風貌からしてギルドの討伐隊の連中。
「魔狩りの剣!!」
「ジュディス!」
エステルの声を聞き、私がふっと顔を上げると居たのは槍を構えた青の戦士の姿。
「……あなたたち」
私とジュディスの視線が交わる。
私はどんな顔をしていただろう。
驚いただろうか。
怒っていただろうか。
「くそ!」
「ティソンさんとナンに知らせろ!」
と、虚勢をあげる魔狩りの剣の下っ端だが、腰は上がらない。
ユーリはそんな男たちにゆっくりと歩み寄る。
その表情は何を考えているか何一つ感じない。
ユーリは剣を抜くと、その切っ先を下っ端たちに突きつける。
「おまえら!うちのもんに手を出すんじゃねぇよ!掟に反しているならケジメは俺らでつける!引っ込んでな!」
「我々は奥にいって魔物を狩りたいだけだ」
「邪魔をするな!」
「……もう面倒くさいなぁ……。ぶっ飛ばしちゃおうか!」
「それは同感、ね」
と私が杖を抜き、わざと笑っていうと、急に顔を青くする男たち。
「お、お前!エルか」
「な……」
ずるずると尻餅をついたまま、逃げていく。
レイヴンはぼそりと仲間とは思えない言葉を残す。
「エルちゃんどんだけ悪名高いのよ。本当に作家なの?」
「……すっごい心外、こんな清い心を持ってるのに」
いやいやいやと首を横に振るレイヴンをどつき倒したい……。
男が逃げた先にはパティが仁王立ち、懐からおでんを取り出し男に突きつける。
「話の邪魔をするやつはそこに倒れておけなのじゃ」
「消えとけ、ほんとに一戦やらかすか?」
一触即発、しかし実力差と数暴力で男たちはただ尻尾を巻いて逃げるしかない。
ぶつぶつと何かを言い合いながら走り去っていく。
しかし、張り詰めた空気はそのまま、再開したジュディスに向けられる。
「ジュディ……」
「追ってきたのね、私を」
すべてを理解し、察したジュディスは静かに驚いた様子もなくそういった。
彼女は、船で離別してからこの展開を予想していたのではないかと思う。
ユーリは剣を収めるが、瞳に宿る鋭さはそのままジュディスに言う。
「ああ、ギルドのけじめをつけるためにな」
それは決して助けるためじゃない。
ジュディスにも、そしてユーリたち自身、凛々の明星にとっての清算でもある。
厳しい口調のユーリとは逆に凛々の明星の首領は丁寧な口調で言葉を選ぶよう述べる。
「ジュディス、全部話して欲しいんだよ」
「なぜ魔導器を壊したのか、聖核のこと、始祖の隷長のこと、フェローとの関係。知ってること全部ね」
「事と次第によっちゃジュディスでも容赦はしない」
ユーリとリタは相変わらずきつい。
ふっと、ジュディスと視線が合った。
ジュディスは目で私に語りかけているようだった。
「あなたも同じ気持ちと」
だから私は覚悟を決めていた。
ユーリと同じ気持ちだし、もしジュディスの口から語られる真実が胸を裂くような結果だとしても。
「不義には罰を……だったかしらね。そうね、それが正しいことなのか正直わからないけど。あなたたちはここまで来てしまったのだから。来て」
と踵を返し、頂上に向かって歩き出すジュディス。
仲間たちはそれについていき、私も少し遅れて歩く。
カロルの瞳は前を歩くカロルの瞳はどこか淀んでいて、何かを考えているようだった。
彼はユーリを見上げる。
「ユーリ、ジュディスでも許さないって……」
「……ドンの最期を見てまだ甘かったことを思い知らされた。討たなきゃいけないやつは討つ。例えそれが仲間でも始祖の隷長でも友でも」
「フレンやフェローでもってこと?」
「……ああ。それが俺の選んだ道だ」
それだけを言い残しユーリはジュディスの後を追う。
カロルは一人「僕は……」と模索しているようだった。
ダングレストでは彼に残してきたのだろう。
それでも自分を奮い立たせてここに立っているカロル。
私とカロルは今、とても似ているような気がする。
だから
「カロル……」
「エル……」
「カロルは確かに甘いかもしれない。けど、ユーリみたく厳しくあるだけではいけないと私は思うよ」
「え?」「ドンは他人への厳しさを持っていたけどそれは信じることの裏返しだったよ。誰かを厳しくするのはとても難しいけど誰かを信じたりするのってもっと難しいんだよ?でもカロルなら」
「できるよね?」と私が押すとカロルはすぐに笑顔を取り戻し力強く「うん」と応えた。
首領として誰かを裁くのもきっと今のカロルにはまだ荷が重いのだと思う。
だからこそ、ドンがカロルに残した言葉は「信頼」であり、私は今その言葉を繰り返す。
飄々として何もわからない。
お茶を濁すときはいつも聞き返したくなる言葉を繰り返す。
それでも誰よりも気を遣って仲間を思いやる。
私もジュディスを信じているから。
再び前を向いたカロルの後を私は追う。