結末



「すっかり落ち込んでると思ってた」
「……いつまでもうじうじしているわけには行かないもん」

私は筆を走らせながら背中でユーリの声を聞く。
少し前に書いた話の修正をしていた。
しかしここはダングレストの宿屋でユーリの部屋だ。
私は彼のベッドを奪いそこに原稿を広げ、ただ間違いの修正だけをする。
白いインクで上から塗りつぶす。

「カロルはまだ帰ってないの?」
「あぁ……」

「そう」と小さく返事をする。
ドンの最期を見、それを自分と比べてしまった。
私やユーリからすればカロルはまだこれからで届かなくて当然。
思春期の少年が高い身長を求める程度のものだと思っていた。
でもそれは違う。
心の弱い人間が劣等感を感じ、傷を負いそれを向き合うことを恐れる。

「ちょっと俺、いってくるわ」
「いってらっしゃい……」

ユーリが席を立つと足音がひとつ、ふたつと落ちた。
私はそれが聞こえるたびに心に穴が開いていく気がした。

「お前な」
「……?」

もう部屋を出て行ってしまったかと思えばユーリは私のすぐ後ろにいた。
私の髪を乱暴にわしゃわしゃと撫でる。
「何をするの」と手を振り払おうとしたら「無理すんな」とユーリは笑った。

「前に言ったろ、もっと周りを頼りにしろって」
「……でも」
「カッコウつけすぎなんだよ」
「ん……」

私の頬に手を当てるユーリ。
冷たい手の感触と自分の体温が火照るのだけど、雫が体を醒めさせる。

「今がそのときなのかな……」
「ん?」
「……ちょっとだけ、泣かせてくれないかな」
「ああ」

船の上で約束したっけ。
ぼんやりとそんなことを思い出すと、私の涙腺の枷が外れ、ぼろぼろと止められないしずくが落ちる。
「今は泣かなわ。だけどいつか泣きそうになったときに」「そのときは支えていて欲しい」と。
言葉通りにユーリは私の肩を抱いたまま引き寄せてきれた。
「ひっく、ひっく」と呼吸を引きつらせるとユーリが背中をさすってくれた。

「うわぁぁぁあ!」

叫び、泣き、力いっぱいにユーリの肩をぎゅっと抱いていた。
なんで、ドンが死ななきゃいけない。
私がベリウスを殺したのに。
なんで誰も助けない。
自分だって助けられないくせに。
結局私も誰も変わりはなくて口先だけの自分を軽蔑する。


でも、目の前でじっと黙って私にぬくもりを分けてくれるユーリがいて。
こんな私でも、家族だっていってくれたドンがいて。

泣きそうになる、もう泣いてるいるのだけど。


私がどんなに泣いたって手を差し伸べてくれはしなかった。
どんなに甘えたくても決して甘えさせてくれなかった。
一人が怖いと思っても一緒にいてくれることもなかったのに。

「エル。じじいに最期なんていわれたんだ」
「……」

ハリーのその問いを無視してしまおうか、それとも悲しみにくれて聞かなかったことにしようかとも思ったけど腫れた頬と青あざのようなくまを見、私は口を開く。

「お前はちゃんと俺たちの家族だって」
「そうか……」

私は壁の汚れの数を数えるように壁に向かって話かける。
結論ドンはハリーを、私をかばって死んだのだ。
あのときはハリーをただ責めてしまったが、ドンの最期を見、その権利がないと思い知った。
ダングレストは息を止め、死んでしまったみたいだ。
私はドンが寿命で死んでしまったら権力争いで騒がしくなると思ったが、真逆になってしまっている。
ギルドユニオンは機能してなく、たくさんのギルドが悲鳴を上げているだろう。

ドン亡き後、私はハリーに呼ばれてユニオン本部を訪ねると門前払いを食らったというのにまるで私の件が忘れたかのように顔パスで通ってくれなんていわれた。
私がドンの私室で昔のことに浸りながら待っていると、ドンが急に声を掛けてきた。

「ドンにとっての家族はギルドの人間全部なんだね……」
「俺はそんな大家族願い下げなんだけどな」
「いいじゃない、にぎやかで」
「……って昔の俺なら思ってただろうな」
「あら、もう変わった気でいるの?」
「じゃあ、俺はどうしたらいいと思う」

それは私にとってはとても簡単な答えで、ハリーにとっては一生を掛けたものになるだろう。

「……そんなこと自分で考えなよ。どうしたらいいかなんて他人に聞くものじゃない」
「……そうだな」
「ドンの言葉、今となっては重いね」

ドンの背はとても重かったに違いない。
責任、首領としての重圧、他人の負を飲み込んで、それは死ぬまで降ろせなかった。

「……とりあえず今できることは足腰を鍛えることじゃないかな」

それだけ言うとハリーは「はは」と苦笑いをすると「なんだよ、それ」と自嘲気味にはいた。

どんな荷物を持っても立ち上がれるように、鍛えればきっと彼はこんな黒い光ではなく、前を照らせるはずだ。


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